売られた花嫁(その5)
「浪人生は、部屋にもどるとすぐにズボンを下してオナニーをはじめた。そこへ、犯人が侵入した。・・・いや待てよ、いくらなんでも、オナニーをするときは部屋の鍵ぐらいは締めるよね」
オナニーの説明を求められたら、説明は難しかったが、可不可は何もたずねなかった。
そんなふうに言い出しておきながら、
「犯人が浪人生を殺してからそんな恰好にした、の方が確率は高いと思います」
可不可の言い分には、うなずくしかなかった。
「それと、われわれが見たとき、浪人生は仰向けに倒れていましたが、殴られたのは後頭部で、額ではありません。額だったら、われわれもすぐに殺人と分かったはずです」
可不可は、細かいところを見逃さなかった。
「ということは、犯人は部屋にいっしょに入ると、後ろから鈍器で殴った。こう言いたいのかな?」
「はい、そうです。でも、どうしてそんなことを?」
「殺した動機のこと?・・・犯人はモラルに厳しい正義漢なので、下着を盗むなどという下劣な犯罪は許せなかった。それで浪人生を鈍器で殴り殺してから、下半身を裸にして頭に下着を被せた。・・・これは辱めの儀式だろう」
犯人のプロファイリングには、あまり自信がなかったが、
「下着泥棒を罰するための見せしめの殺人ですか?ちょっとやりすぎでしょう?」
可不可が笑ったように見えたので、
「今どきの若者に怒りを感じている頭ごちごちの老人ならやりかねない。最近この辺で頻発する下着泥棒に怒り狂って、ひとりパトロールをしていた老人が、浪人生がホステスさんの下着を奪うのを見つけて、ついかっとなって・・・」
などと、あまり考えもせずに見立てを口にしたが、可不可が静かに首を振るのを見て、
「後頭部を鈍器で殴って殺し、ズボンを脱がせて下半身を裸にして頭に下着を被せてあわてて逃げた。いやあ、いくら正義感が強いとはいえ、老人にはちょっと無理かなあ・・・」
と言ってはみたが、最後はあいまいになった。
「あの女性が、助けを求めてここへやって来たのは、私の電源が入った午前1時10分です」
「駐車場からここまで速足で10分かな。とすると、午前1時前後にホステスさんはあの駐車場で浪人生に襲われて下着を奪われました」
可不可が、時間の話に変えたので、これ幸いとこの話題に飛びついた。
「われわれがここを出たのは1時20分前、駐車場に着いたのは1時30分ごろ。浪人生のアパートまで走って5分なので、われわれは1時35分にはアパートに着いた」
「はい」
可不可にしてはめずらしく素直にうなずいた。
「浪人生が下着を奪ったのが午前1時とすれば、アパートに帰ったのは1時5分。あとを追った犯人も同じ時刻にアパートに着いた。・・・とすれば、われわれが浪人生のアパートに着くまでに35分ていどの時間の余裕があった。犯人はその時間内で浪人生を殺し、下半身に細工をして逃げるには十分だった。たとえそれが老人でもね」
「でも、電気を消すのも、扉をちゃんと閉めるのも忘れていました」
可不可は、正義感あふれる老人のことは完全に無視した。
「ひとを殺したので、気が動転したのだろうよ。凶器は持って逃げたかどうか?・・・いや、下着泥棒をはじめから罰して殺そうとしたら、何かバットとか凶器を持っていたはずだ。だが、この場合は、部屋の中のその辺にあったモノで殴りつけた。それこそ、衝動的に」
われわれは、暇に飽かせて、そんなとりとめのない話をして夜を明かした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます