売られた花嫁(その3)
パトカーの警察官に事情を説明していると、所轄署の若い刑事が部屋に上がり込んで来た。
その若い刑事に同じ話を長々と繰り返して、やっと解放された。
「あの下着、返してもらえるのかしら?」
並んで歩いて家にもどりる道すがら、裸足で歩く女はたずねた。
それは警察に聞いてもらうしかないので、返事をせずに黙っていると、
「刑事さんに、あの下着泥棒と顔見知りかって何度も聞かれたわ」
女はしきりに首をひねった。
「そうなんですか?」
気のない返事をすると、
「下着泥棒に知り合いなんかいるわけないでしょ」
女は、小馬鹿にするように言った。
「それより、あの下着よ。・・・大事なお客さまからいただいたので、困るわ」
と同じ話をくどくどと繰り返した。
派手な白いワンピースと濃い化粧からしてそうだろうとは思ったが、これで女の仕事はホステスと分かった。
それにしても、若々しい熱気を闇の中で四方に放っているのがうらやましかった
家の前まで来ると、泥を拭ったタオルも可不可を借りた礼も何も言わずに、「じゃあ」と、女は手を振り、白いハイヒールを手にぶら下げて、すこし先のじぶんのマンションへすたすたと歩いていった。
小腹が空いたので台所でカップヌードルをすすると、またコーヒーが飲みたくなった。
煙草を片手に、マグカップになみなみと注いだコーヒーを飲みながら、
「ずいぶんと下着にこだわる女だねえ」
と話しかけると、
「痴漢のことはどうでもよいようですね」
と可不可も同じ考えを口にした。
「それにしても、押し倒しておいて、下着だけ奪って逃げるというのも奇妙だね。ハンドバッグも駐車場に落ちたままでした」
「こういうひとを何といいましたっけ、・・・オタク?」
「いや、この場合、フェチかな。真正の下着フェチ」
「でも変なことがあります。最近このエリアで頻発している下着泥棒の手口はふたつです。ひとつはベランダだか庭先に干した下着を盗む・・・」
「ああ、それはオーソドックスな下着泥棒だね」
「・・・もうひとつは、夜道を歩く女のひとを刃物で脅して、下着を脱がせてお持ち帰りする」
「『お持ち帰り』はおかしいだろう、この場合は『盗む』でいい」
「押し倒して強引に下着を盗むのは、第三のカテゴリーです」
「それは、刃物で脅す手口がエスカレートしたものかも知れないね。目の前を歩く女を見て、どうしてもこの女の下着が欲しいという衝動的に駆られてさ」
「衝動的に?・・・ヒトの行動は、どうにも理解不能です」
たしかに、殴り倒してまで下着を奪う痴漢の行動など、アンドロイド犬の可不可には理解不可能だろうが、それはこちも同じだった。
・・・しかも、あの下着泥棒は死んだのだ。
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