第17話 問題点は山のごとく

『アハハハ! ボーヤ、イイ子にしてる?』

「ひ、ヒジュラ、さん……?」

『その声色だと、無事みたいねー。ご機嫌いかがかしら?』


 慌てて周囲を見回すキョウタだったが、ヒジュラの姿は見当たらない。

「あれ? ヒジュラさん、どこに……」

『アンタに声だけ届けてんのー。「それ」付けてたら聞こえるってワケー♪』


 彼女の言った「それ」とは、たぶん骨の首輪のことだろう。キョウタは、ムザクを視認できる程度の離れた位置にいた。そして進むか退くかを考えている時、脳内にヒジュラの声が聞こえてきたのだ。


『ホントはアンタらをからかうだけだったけどー。気が変わったから、アタシが直々にアドバイスしてあげる』

「え? アドバイスって……。あ、もしかしてムザクさんについてのことですか?」

『そーそー。話が早いじゃなーい』

「あ、ありがとうございます……」

 ヒジュラの声はさっきまでと同じようにも聞こえるが、キョウタは微かな違いを感じ取っていた。さっきは「大した収穫ではないけど貰えるだけ貰っておこう」程度のものだったが、今回は「これだけ大きな獲物を取り逃すのはもったいない」といった調子である。


『でねー、ちょっとアンタには「ムザクくんを倒してもらう」必要ができたから。「ペット契約はそれまで継続」ってことでー♪』

「え? ……いや、あの??」



『――口答えするなら「消す」けど』


「ハイ分かりましたッッッ!!!」



 声色が一瞬で変化し、首へ微弱な電流が走る。それらを「身の危険」と感じたキョウタは、否応なしに即答した。


 そう、キョウタの生殺与奪の権は今、首輪を通じてヒジュラに握られてしまっている。なのでヒジュラの言うことに従う他はない。


『まー、そんなちぢこまんないでほしいわね。別に悪くするってワケじゃないんだからー』

「はぁ……。でもムザクさんを倒すって、本当にそのつもりなんですか? いったいどうやって……」

『アンタの「能力」を使えば、かなり有利に動けるハズよ。それでねー……』



 ……………。



『……ってコト。お分かり?』

「そ、そんなことでいいんですか?」


 ヒジュラの説明を聞いたキョウタは驚いた。それが本当なら、確かに実現可能だろう。しかし問題として……。


「でも、ムザクさんって『能力無効』ですよね? 最初は良くても、近づいたら俺の能力も全部無効になるんじゃ……」

『アタシをなんだと思ってんのー? 首輪がある限り、ボーヤはアタシの支配下よ』

「……え?」

『よーするに、「それ」付けてたらムザクくんの「能力を受けない」のー♪』


 キョウタが危惧していた問題への回答を貰えたと同時に、先ほどムザクと相対あいたいした時に自分が動けていたことを思い出し、納得した。

 ムザクに近づいても身体強化能力が無効になっていなかったのは、ヒジュラの首輪による恩恵だったのだ。

『(ま、ゲンミツには少し違うけど、ウソってことじゃないしー)』



「え、えっと……、ヒジュラさんは、なんでそこまで俺に?」

 魔力付与、アドバイス、さらには能力無効対策まで。よほどメリットが無ければここまで支援することはおかしい。なのでキョウタはそのことをヒジュラに訊ねた。


『さぁー? なんででしょーねー♪ アハハハ!』

「……」


 しかし声のトーンを一切変えず、ヒジュラは笑いながら、はぐらかした。

 キョウタの見立てでは、ヒジュラはムザクと同じ「玖の調停者ナインルーラーズ」。ならば同僚のようなもののはずで、戦闘好きなウェドメントの住民ということを考慮しても、わざわざ倒すためのアドバイスをするのは不自然である。


「……もしかして、俺がムザクさんに勝つと、なにか良いことが起きるんですか?」

『ふふっ。ま、そーいうこと♪ これだけで納得しときなさーい』

「し、信用できない……」


 ――バチィッッッ!!


「いってぇぇぇぇぇッッッ!!?」

 首輪から電気のような魔力が流れて、鋭い痛みが走った。



『「納得しなさい」。お・わ・か・り?』

「は、はい……」

『イイ子ねー。じゃ、ルルー妹も向かわせるから。後は手筈てはずどおりに動けるわね?』

「わ、わかり、ました……」

『じゃあ、必ず勝ちなさいよー。アハハハハハ!!』


 ……その後、ヒジュラの声は聞こえなくなった。





 ……。


 そして、ヒジュラが言っていたようにシェーレがやってきた。

「キョウタさーん! 大丈夫だったですー?」


 この場所はムザクから離れた位置のため、まだ能力無効はかかっていない。


「シェーレ! そっちこそ、大丈夫だった?」

「まあ、あたしは。……キョウタさんに比べれば、本当になにもされてないです」

「そっか。ならよかった」

「……なんだか、キョウタさんが大きく見えるです」

「そうかな? 俺、ヒジュラさんのペットにされちゃっただけだし、情けないくらいだよ」


 離れていたのはわずかの間だったとはいえ、状況が大きく変わりすぎている。なので、キョウタはシェーレに今の自分のことを伝えることにした。



 ……。


 ヒジュラの作戦は以下のとおり。

 まず前提の話だが、ムザクはウェドメント住民の中でもかなりの古参で、人間が魔力を体内で作れるようになる前から生きているとのこと。そして彼もまた、「魔力を体内で作ることができない」。

 しかし彼の吐く炎は魔力を含んでおり、また、身体に魔力を纏った肉弾戦も日常的に行っている。これは何故かというと、彼は「体内に魔力蟲を飼っている」のだ。


× × ×

 小さなチョコエッグから、とても大きい「ミミズ」のような、赤黒い紐状の生物が生まれたのだ。レインは慣れた様子で、そいつの首(?)を掴んで持っている。大きさは見たところ一メートルくらいはあるだろうか。

 その異質さというか、グロテスクさにキョウタは驚かずにいられなかった。


「これが魔力蟲まりょくちゅうって言って、エネルギーを食って魔力を作るんだって」

「そ、それを……、食べ、る……?」

「そー、昔は食ってたらしいよ」

「……ちょ、調理法とかは?」

「いや、そのままらしい」

× × ×


 そう、かつてレインがチョコエッグに収納していた、あの魔力蟲のことである。

 確かにキョウタのように人間からすれば大きなサイズだが、ムザクからすれば余裕で丸呑みできる。なので、体内の魔力蟲から魔力を得て、戦闘に使用しているのだという。


 そしてヒジュラの作戦の根幹とは、その「魔力蟲をキョウタの能力で殺す」というものだった。

 キョウタの能力のトリガーは、対象の死を念じること。ただし、効くのは界民ランクD以下と限られた相手だけ。もちろんムザクに通用するはずはないのだが、もし魔力蟲がランクD以下相当の強さである場合、即死能力が効いてもおかしくない。

 そうして魔力蟲を殺し、魔力の供給源を絶った状態で魔力を大量に使わせ、魔力切れの状態にする。そうすると身体能力も衰えるので、一気に叩くことで大ダメージを与えられる! ……というのが、作戦の全容らしい。


 一聞いちぶんすると非常に有効な手段のように思えてくるこの作戦だったが……。


「それ……、ホントにうまくいくですかね?」

「ん、なにか気になる?」

「だってムザクさん、魔力無しでも最強ですよ? 魔力をカラにするってことは、それだけ魔力を込めた攻撃をさせるってことですよね」

「そうなるね」

「そんな攻撃、耐えられると思えないです。それに、あたしたち相手に本気で攻撃してくれるかどうか、ですね……」

 そもそもムザクは大きな竜であり、フィジカル面で人間より遥かに強い。それだけでなく、魔力無しに炎を吐けるとシェーレは言っていた。

 加えて、先ほどのジュッパービーとの戦いにおいて、ムザクはほとんど魔力を使っていなかった。ランクAの実力者四人が本気で協力した攻撃を、ほとんど力を入れずに相殺させていたのだ。

 さらにムザクの巨体を考えると、貯蔵している魔力量は計り知れない。それを全て消耗させなければならないわけだが……、いったいどれほどの規模の攻撃を、どれだけ撃たせれば達成できるのだろうか。


「うーん……。でも、シェーレならどうにかなるんじゃない? 倒されても第二形態になるし、そしたら死なないから、魔力切れまで時間稼ぎが」

「いや、第二形態になれるのはあたしの『能力』です。ムザクさんの近くだと無効化されるですから、たぶん普通に死ぬですね」

「ああ、そっか……」

「それに、魔力が残り少なくなったら少し『気分が悪くなる』はずです。そのタイミングで勘づかれたら、なにか対策されてもおかしくないですよ。魔力が0と1とでは大違いですから、やっぱり0にできないと勝つのはムリだと思うです」

「……なんか、すごく難しそうだなぁ」



 キョウタは考える。現状、ムザクを倒すために必要な行動は以下のとおり。

 ①:能力でムザクの体内の魔力蟲を殺す

 ②:ムザクに魔力を使わせる

 ③:ムザクの魔力を使った攻撃を耐え凌ぐ

 ④:①~③を勘づかれる前に実行する

 ⑤:その後、魔力の無いムザクを倒す


 ①が可能でなければ話にならないので、それは可能であるという前提で考える。とはいえ、実行してもムザクの体外に「魔力蟲が死んだ」という情報が出てくるとは考えにくい。なので最悪の場合、「実は魔力蟲に即死能力が効いていなかった」と知ることなく敗北することもありえるだろう。……しかし、どちらにせよ証明する方法はないので、ひとまず「効く」ということにしておく。

 続いて②や③だが、キョウタたちが魔力無しの攻撃ですぐ殺されるようでは意味がない。「魔力無しの攻撃では倒せない」と思わせることができればいいだろうが、そんな方法が存在するのだろうか。そもそも、ムザクがどういった攻撃をしてくるかという情報さえないのだ。


「シェーレ、ムザクさんの攻撃ってどういうのか知ってる?」

「どういうの、って言われてもですね……。ムザクさんの戦ってるところなんてあんまり見たことないですし、炎を吐くとか、腕を振り下ろすとか、尻尾を叩きつけるとか、飛び上がって押し潰すとか……、くらいしか分からないです」

「うーん、見た目どおりって感じだなぁ」

「いちおう、炎に魔力を込めるとかは、やってるそうですけど」


 しかしいずれの攻撃も、魔力無しで実行できそうなものばかり。もしも「魔力無しでも簡単に殺せる」と知られてしまえば、魔力を消耗させるなど夢のまた夢となるだろう。

 そしてそのうえで、④。「魔力が減ってきて気分が悪い」と勘づかれて対策でもされれば計画は破綻。さらにそもそも、⑤。魔力が無いからといって、ムザクを倒すことができるのか。界民ランクを剥奪されるほど強い玖の調停者ナインルーラーズを倒すことができるのか。



 ……悪い意味で不明瞭な情報が多すぎる。

 ヒジュラからの情報が元とは言え、このままでは無策で挑むのと変わらないだろう。


 なのでキョウタは今、自分たちができる攻撃手段を考え直すことにした。

 まずキョウタ自身はヒジュラからの魔力提供により、身体能力が上昇している自覚がある。ゆえに物理的な攻撃というのも手段になるかもしれないが、ムザクに一度ぶつかって効果が無かった。なので、候補からは外れる。

 次に、魔力を直接放出する。これはある程度効果が見込めるかもしれない、とキョウタは思った。シェーレとの訓練により、魔力放出はそこそこコントロールできるようになった。だが、今回はそんなことを考えずに思いっきり放出すればいい。

 使い過ぎればまた気を失ってしまうだろうが、出し惜しみをして勝てる相手ではないはずだ。


 ……ふと、キョウタは以前、魔力を使い過ぎて気絶した時のことを思い返した。


× × ×

 ――バァァァァァ!! 青白い光の波動が、キョウタの手から放たれた。

「わああああっ!? ホントに出たぁぁぁッ! いや出てるぅぅぅッッ!!?」


 思っていたよりも魔力の勢いが激しく、しかも一瞬で出終わるかと思いきや、放出が止まりそうにない。

「こ、こ、こ、これ、止ま、と、とま……っ!?」

 キョウタは自分でもなにが起きているか分からず、だが、体勢を変えるとこの光が二人や家を襲いかねないので、手を伸ばしたままでいることしかできなかった。

 しかしそうしていると、体内から大事な「なにか」が抜け落ちていく感覚がしてくる。

 そしてエネルギーが完全に空っぽになってしまうと、生命活動さえ止まってしまうのだとか。止め方の分からなかったキョウタは、それでエネルギーを出し続け……。


「じゃあ、俺はそれで一回死んだってこと……?」

「いや、倒れてすぐは息があったですから、あたしがです」

「え……」

「ふふ。どーせ死ぬですし、生き返すのは早いほうがいいですからね」

 笑顔でシェーレがそう言ってきた。確かに、下手に対応が遅れて後遺症でも残るくらいなら、とっとと殺して「」を使ったほうが効率が良いのだろう。

 そのおかげか、キョウタは「体力を使い果たした」という感覚もなく、普通に寝起き程度のコンディションだった。

× × ×


「あ……」



「……キョウタさん、どうしたです?」

「これ、使えるかも」

「え……、な、なにか思いついたですか!?」

「うん。ひょっとしたら、って感じなんだけど……」


 ……。



 その頃、ムザクの近くでは。


「行くよ! フォーム『シンフォニー』!!」

「「「お願い、リーダー!!」」」


 銃口ハイパービーナスの四人が第二の必殺技、フォーム「シンフォニー」を放つところだった。「シンフォニー」は三人の魔力をリーダーに結集させ、一気に放出するという技である。

 魔力が一点集中されるため、範囲は狭いが破壊力はフォーム「ファンファーレ」よりも高い。


「――ファイアーーーーーッッッ!!!」


 魔力の弾丸が飛びながらジャイロ回転! それは音のように速く、バァン!! という音と同時にムザクのもとへ届いていた。

「フン!」

 ……しかし届いたと同時に、ムザクの腕が振り下ろされていた。そして、魔力の弾丸は消え去っている。

 ムザクの身体に当たったような痕跡は無かった。ということは……。


「少しは、やるようじゃな。だが……終わりか?」


 ムザクのツメの先に青白い弾丸が刺さっており、それは粒子となり消えてゆく。


 なんとムザクは音速の弾丸を捉え、ツメで「突き刺して無効化」したのだ。おまけに振り下ろした腕の下の地面には、なんの跡も無い。つまり、地面に触れない程度に腕の可動域を制御しながら、フォーム「シンフォニー」を潰したことになる。


 先ほどの「ファンファーレ」とは異なり評価されたのは、音速であるがゆえに炎が間に合わなかったからだろう。

 もしこのレベルの攻撃を二度、三度と続けて繰り出せれば、一発くらいは命中したかもしれない。


「「「「はぁ、はぁ、はぁ………………」」」」


 だが、ジュッパービーの四人は見て分かる程度に疲労していた。四人がかりで本気で攻撃して、この程度なのだ。


 他にも、彼女たちの様子を見ながらムザクと対する者たちはいる。格闘家、スライム少年、それと竜人が二人。しかしいずれも機を伺い損ねており、前衛へ出るに出られない状態であった。「前に出れば一瞬で殺される」、それを理解していたためである。



 しかしそんな中、ある一人がこの場にやってきた。

 その者の名は………………、ヒジュラ。


「……えーっと? なんでボーヤまだ来てないの?」

 彼女は変わらずマントに身を包み、ムザクや立ち向かう者たちから見えないよう、上空から戦場の様子を見ていた。キョウタとシェーレに話した後、タイミングを見てやって来たところなのだが、まだ二人は来ていない。

 シェーレがいないのはまだしも、下僕げぼくであるキョウタがいないのは想定外だった。


「ったく……、あっちにいんのね」

 ヒジュラは首輪の位置を探知し、キョウタの元へ飛んで行った。



 ………………。



 すると、そこではキョウタとシェーレがともに「なにか」をしていた。まるで戦闘訓練のようだが、上空から見てはよく分からない。


「とりあえず『おしおき』しーとこっ」

 ヒジュラがそう呟くと、


「――あんぎゃああああああああッッッ!!!?」

 キョウタは叫びながら倒れた。


 ……そしてヒジュラは高度を下げ、二人のいる場所まで降りていった。



 ……。


「あー……。そりゃ、悪いことしたわねー」

「い、いえ……。俺も、さっさと切り上げれば良かったんです」



 ヒジュラが怒りながら話しかけてきたのだが、キョウタとシェーレの二人は「とある戦法」を試していたところだった。もちろん対ムザク用の、実戦で失敗できない戦法である。

 特に実行するタイミングが重要だったので、一度は成功していたものの、二度三度と繰り返して練習していたのだ。


 確かにヒジュラは強者だが、別に力任せで全てをなぎ倒すスタイルというわけではなく、戦法や作戦の重要さはきちんと理解していた。ゆえに彼女の性格からしては珍しく、謝罪したというわけである。



「で、ムザクくん倒せそー?」

「いやー……。正直なんとも、といったとこです」

「ふーん? そうねー、じゃあなんか『欲しいもの』でもある?」


「「えっ!!?」」

 ヒジュラの意外な申し立てに、キョウタだけでなくシェーレも驚いた。二人は目を合わせて数秒ほど沈黙し、その後ヒジュラの顔を見つめる。

 いくら意図せず邪魔をしたからといって、まさか首輪以外の支援を貰えるなど、考えていなかったからだ。



「えっと、じゃあ……」

 キョウタは意を決して、口を開いた。



「こういうのが欲しいんですけど……、ありますか?」



つづく

――――――――――――――

(作者コメント)

更新にメッチャ時間かけちゃいました。

次からようやくムザク戦が本格化するので、少しはペースが上がると思いたいです。

ああ、前提パートが長かった……。

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