第16話 暴走と逃走、と感想

 アイドルグループ「銃口ハイパービーナス」――略して「ジュッパービー」――、の四人に向かって、炎の壁が立ちふさがった。要するにそれはムザクの吐いた炎のことなのだが、もちろんただの炎ではない。炎には魔力が込められており、質量を持つエネルギーと化しているのだ。

 かつてランクA以上の力を持つXENOゼノベータ二十体を焼き尽くしたのもこの炎で、もちろんA級アイドルのジュッパービーでも喰らえばタダでは済まない。



「……来るよ! フォーム『ファンファーレ』!」

「「「うん!!」」」


 女四人で帯のように手を繋ぎ、炎へ魔力を放つ準備をする。

 フォーム「ファンファーレ」は四人の魔力を一つにまとめて放つ魔法で、並みの相手に撃てば塵さえ残らず吹き飛ぶ威力だ。



「「「「ファイアーーーーーッッッ!!!」」」」


 ――バァァァァァァァァッッ!!!



 炎と魔力がぶつかり、互いに押し合う。その結果、ドカァァァン!!!!

 膨れ上がったエネルギーは大爆発を起こし、炎の壁も四人の魔力も吹き飛び……、消滅した。

 爆発によって生じた煙が晴れた後、息を切らしたジュッパービーの四人と、まったく動かずに四つの足をどっしり構えたムザクの姿がある。

 数字の上では四対一ではあるのだが、ムザクの頭部はそれだけで人間一人くらいの大きさ。体積だけで表してもムザクのほうが優勢だった。もちろん、強さが優勢なのは言うまでもない。


「はぁ、はぁ、はぁ……」「うぅ……」


 フォーム「ファンファーレ」はいわば必殺技、それも「必ず殺す技」という文字通りの意味の魔法で、使用に多くの魔力と気力を要する。なんとかムザクの攻撃を受け止めることはできたが、四人全員はどっと疲れに襲われてしまった。


 ……なお、当のムザクは余裕そうな、しかし不機嫌そうな態度。

 それもそのはずで、炎の壁を作るためにほとんど労力がかかっていないのだ。それを人間の尺度で表すと、およそ「デコピン」一発を繰り出す程度のもの。「あー、指先ちょっぴり痛いかなー」くらいの不快度である。……もちろん、生きるか死ぬかという戦いの場にしてはあまりに軽い。



「随分凍えそうな遊戯じゃのう、キサマら」

 もう少し強ければ「ぬるい攻撃」という表現にもなっただろう。しかし、わずかな温もりどころか氷点下、ジュッパービーの存在は「遊び」にしかなっていないのだ。


 ムザクはそんな退屈な状況を嫌い、彼女たちにトドメを刺すことにした。先ほどより強めた炎を吐くため、やや上を見ながら深めに息を吸い込む。



「――うわああああああああッッッ!!!?」



 そんな時に飛んできたのは、なんと「キョウタ」であった。

 まるで頭がロケットの弾頭のように、かつ想定外かのような顔をしたキョウタは、ムザクに向かって……、ズバーン!!!


 キョウタの頭は、巨竜の「顎」にみごと命中した。



 ……。



「フン!」


 ムザクは首を振り、キョウタを吹き飛ばし返す。

「わああああああああっっっ!!!?」



 ムザクの能力は「能力無効」。そのためキョウタの身体強化も効果を発揮せず、界民ランクC相当から弱体化されたキョウタの肉体では形を保つことさえ不可能。


 ドシン!

「――いってぇッ!」


 だが、キョウタは地面に着地して「痛みを感じた」。彼は肉体も、命も、意識さえも保った状態で着地したのだ。



(な、なんでこうなった……!?)


 そう思考する彼の首には、「骨の首輪」が着けられていた。



 キョウタがムザクに飛んでくる前のこと。



 ヒジュラは右手に骨の首輪を持ったまま、キョウタに訊ねる。

「さあボーヤ。どーするのー? アタシのペットになる? それともぉー……」

「お、俺は……」



「――断るです!!」


 ヒジュラがキョウタを誘っている間に、シェーレが割って入った。


「んー? ルルー妹、アンタに聞いてるんじゃないんだけどー?」

「キョウタさんの代わりに、あたしが断るってことです!」

「……ふぅーん?」


 続けて、シェーレはキョウタに声をかける。

「キョウタさんも、この人を相手にする必要ないです! あたしたちは、あたしたちなりにムザクさんと戦えばいいです!」

「……それなんだけど、シェーレ」

「え……?」


「俺……、ヒジュラさんのペットになってみるよ」


「っ!!?」「……ふふん♪」

 キョウタの発言にシェーレは驚き、ヒジュラは不敵な笑みを浮かべた。


「キョウタさん、なんでですか! もしかして、あたしと一緒じゃ不満ですか!?」

「そうじゃないよ」

「でも、だって……!」

「あの骨みたいな首輪、魔力をどうこうって言ってたよね。だから、シェーレの手助けに使えるんじゃないかなって」

 シェーレに強化魔法を試した時、彼自身の魔力が少ないせいで大した成果に繋がらなかった。しかし、もし大量の魔力を得ることができれば、魔力変換が下手でも大幅に強化させることができるのではないか。と、キョウタは考えていた。


 ……それを聞いたヒジュラは、眉をひそめる。

 ペットになるということは、主に服従するということ。それなのに主以外の存在に力を分け与えようなど、服従とは言えない。


「ペットをなんだと思ってんのー? アタシ、ペットにきちんとしつけするタイプなの。従えないなら、アンタなんて一生封印するけど」

「う……。で、でも。俺一人で戦うなんて、全然強くないし……、無理です」


「『ペットにしてあげる』って意味くらい、分かると思ってたんだけどねー。まあ、いいわ。だったら教えてあ・げ・る♪」



 ヒジュラは首輪をCの字のように開きながら右手の上にフワリと浮かせ、空いた「左手をキョウタへ向ける」。

「――ッ!?」

 すると、キョウタは金縛りにあったかのように身体を動かせなくなった。


「『ペットになってみる』って言ったんだもの、同意ってことよね。アハハハハ!」

 そして右手で首輪を動かし、キョウタの首にはめようとする。


「……下がりなさい、ルルー妹」


 当然、シェーレはそれを邪魔しようとしたが、そんなことは想定済み。ヒジュラは両目に魔力を込め、シェーレの顔を見る。

 それにより、シュパァッ! とヒジュラの目から「レーザー光線」が放たれ、それをシェーレは慌てて回避。


 ――カチッ。


「ぐぇえええっ!?」

 ……その隙に、キョウタの首へ骨の首輪が着けられた。



(いや、あれ? ……思ったより痛くない)


「『痛くない』って顔してるわね。でも、こっからが本番なーのっ」

 左手での拘束を解除した直後、ヒジュラはバッと「両手をキョウタに向ける」。




「――あんぎゃぁぁぁぁぁあああああアアアアアアアアアアアッッッ!!!!?」




 その瞬間、非常に強烈な痛みが六割、「すごいなにか」が四割を占めるナゾの感覚に襲われて、キョウタは思わず叫んだ。


「アハハ! アーハッハッハッハ!!! どう? アタシの魔力、おいしー???」

 どうやら首輪を通じて、ヒジュラがキョウタへ魔力を流し込んだらしい。


 ……シュウウゥゥゥ。うつ伏せに倒れ込んだキョウタの首から、煙が緩やかに噴き出してゆく。


× × ×

「あ、あ、あのっ!? それ、着けたらトゲが首に刺さりませんか!?」

「なに言ってんの、刺さんなきゃ意味ないでしょー? そっから魔力送るんだから」

「え、えっとー……、痛くはないんですかね?」

「大丈夫よー。痛いのはから♪ アハハハ!」

× × ×


 先ほどヒジュラが言っていたように、確かに痛みは一瞬だった。

「あ……、れ……? ……なんだろ、この感覚」

 痛みが引いた後には、まるで自分の身体が大きくなったような気分。もちろん、実際に大きくなどなっていないのだが……。


 起き上がろうと両手に力を込めた瞬間、バキッ! メリメリメリ……ッ!!

 なんと、「地面に亀裂」が走った。


「――ッ!?!?!?!?」


 驚いて咄嗟に「地面から手を離す」キョウタ。

 しかし地面から手を離した場合、手を上に動かすことになる。すると遠心力が上に働き……。


 ふわぁっ……、とキョウタの全身が「跳び上がった」。

「――わ、わっ、わぁぁぁっ!?」


 シアンポスから身体強化の能力を貰ったばかりの時のように、強い遠心力で身体が動いた。だがその移動量はあの時よりも大きく、軽く数メートルほど浮かび上がっていた。


 ……その後、自由落下により「左足で着地」。しかし片足のためバランスを崩してしまい、慌てて右足で身体を支えようとした。

 つまり、咄嗟に右足で「地面を蹴った」。


 ビュン!!

「――うわああああああああッッッ!!!?」



 その勢いはキョウタの身体が吹き飛ぶほどで……、彼はそのままムザクのほうへ飛んでいったのだった。



 ……そしてその勢いのままムザクにぶつかり、ああなったというわけである。



 さて、確かにキョウタは豪快な頭突きをかましたが、それは狙ってやった行動ではない。なのでまずはキョロキョロと周囲を見回してから、初めてムザクの巨体を間近でまじまじ見ることとなった。


「で、でか……っ」

 ムザクは体長二十メートルほどなのだが、それは頭から尻尾までの長さを含めてのサイズであり、地面から頭の距離は十メートルまで行かない程度のもの。

 ……とはいえ、キョウタからすれば充分すぎるほどに大きい。



 そして、ぼんやりと眺めている時間は無い。何故なら急に「異物」がぶつかってきたことにより、ムザクの照準はキョウタへ向けられたからだ。

 ムザクはキョウタを見ながらカパッと口を開け、攻撃しようと喉の奥を光らせる。それが吐炎か魔力かまでは分からないが、「危ない」ということはよく分かる。


「えっ!? ちょっ! まっ……、ご、ごめんなさぁぁぁい!!」


 そして危ないなら逃げるより他はない。キョウタはムザクに葬られた死体の山――ほとんどすすだらけで形が残っているほうが少ない――から一筋の道を見つけ、そこに向かってダッ! と地面を蹴り、再度跳ぶ!

 ……なんとも無様な逃げ姿だったが、ボォォォォォ! と炎が飛んできた時にはすでに、キョウタの姿は遠くまで離れていた。

 もし、少しでも逃げるのが遅れていれば炎に焼かれていただろう。それくらいにはギリギリのことだった。



 ……。



 そんな逃げるキョウタの姿を見て、その場の誰もが目を点にしていた。

 それもそのはずで、その場の全員は相手を殺すために出向いている。なので、相手を殺すか、自分が死ぬまで動くのが当たり前。敵前逃亡などありえないのだ。


「な、なんだったのかしら……? ……回復できる時間が作れて良かったけど」


 ジュッパービーのリーダーは困惑しながら、生じた隙を見て「回復薬」を使用していた。おかげでメンバー全員の魔力も満タンに戻り、あと一回くらいは必殺技を撃てるコンディションとなっていた……。




 そして、置き去りにされたシェーレとヒジュラは、というと。


 勢いよく跳んでいったキョウタの方向をポカーンと眺めていた。シェーレは当然として、魔力を注入した「ヒジュラさえ」もびっくりしていたのだ。


「え、なにあれ……、調整ミスった? このアタシが?」


「アル……、ヒジュラさん、どうしたですか?」

 ヒジュラはシェーレの声を聞き、ハッとした様子。しかし誤魔化すためか、キョウタの跳んだ方角を見ながら呟くように言う。


「っ、なんでもない。あー、久々だったから、魔力出しすぎちゃったみたいねー♪」


「……あたし、心当たりあるですよ。キョウタさんのこと」

 その声を聞き、ヒジュラはシェーレのほうを向いた。



 ………………。



 シェーレは、ヒジュラにキョウタのことを説明する。


 かつては魔力もなく、低ランク相手にのみ通用する能力だけでようやくランクDになれるくらいの強さであったこと。

 その後、シアンポスに身体強化の能力を貰い、ランクC相当の強さになったこと。

 そしてその後ようやく、初めて魔力を使えるようになったこと。


 つまりキョウタの能力は「『魔力が無い状態』から肉体を『ランクC相当』に強化する」というものなのだ。

 だがもし、能力によって「魔力」も強化されるのならば……、話は変わってくる。



 具体例を挙げると、身体強化に「筋力を3倍にする」効果があるとしよう。そこで魔力を用いて「筋力を20キロ増加させる魔法」を使った場合、二つが掛け合わさって「60キロ増加」することになる。

 例えば素の握力が「40キロ」の場合、魔力のみなら「40+20=」相当になるが、上記の能力+魔力では「(40+20)×3=」と最終的な結果がに跳ね上がるのである。


 この例は、あくまで魔法による増加量が「20キロ」と小さい値なので、そこまで大きな変化はないかもしれない。しかし……、魔力による筋力増加がとても大きい値であった場合はどうなるか。

 もし「100キロ」増加の場合、魔力のみの場合は「140キロ」になるが、能力+魔力では「420キロ」。要は増加量も3倍となるので、最終的な差異が「300キロ」というとても大きな値となるのだ。


 増加量によってそれだけ大きく膨れ上がるのなら。もし、ヒジュラが注いだ魔力が膨大な量であるなら、さっきのように制御ができないほど飛び出してもおかしくないと言えるだろう。

 それに、能力による上昇幅もあくまで仮定の話。もし「3倍」どころではない倍率で強化されたのなら……。



 ……と、シェーレは考えている。……と、ヒジュラに話した。



 話したことはあくまで、シェーレの考察という域を出ない。また、考察といっても全てを話したわけではなかった。

 何故なら、先ほどの説明は単純な「肉体」に限っての話。知能については一切考慮していないのだ。


 しかし、最近のキョウタは「ウェドメントに染まっていないランクC」どころではない活躍をしている。それも単純な強さというより、「行動」面で。

 先刻のヒジュラの攻撃も、シェーレは気づかない一方でキョウタは気づいていた。彼が元々それを察知できるほどの高い知能を持っていた可能性もあるが、出会った当初から「変わった」とシェーレは感じているのだ。

 ちなみに、上記の考察はその「変わった」のがどこからか、何故「変わった」のかを考えたゆえに思い至った、いわば副産物なものである。


(やっぱり、シアンポスさんから能力を貰った時から……。……もしかしたら、筋力だけじゃなくて「思考」も、ですかね)


 説明がひと段落したあたりでそう思ったシェーレは、黙り込んでしまった。



 シェーレが黙ったからなのか、あるいはシェーレの話が興味深かったからなのか、ヒジュラは神妙な面持ちで顎に手を当てている。

「ふーん、あのボーヤ、そーなんだー……」



「――あ、説明の途中だったですね。えーと……」

「もういいわ、ルルー妹。だいたい分かったから」

「え、ホントですか? ってことは、あたしの考えって間違ってないですかね?」


 もちろん説明内容はただの考察なので、合っている保証はない。だが、それに対して「分かった」と言うなら、少なくとも的外れではないのだろう。

 そう思ったシェーレはヒジュラに、念のためそういう意味かと確認しようとした。



 ……しかし、ヒジュラの思考が居たのはそこではなかった。


「ハァ? 考え? 間違ってる? ……なにが??」

「……え?」

「そんなのどーでもいい。そーじゃなくてー、あのボーヤって魔力も無いクセに能力を付与されたんでしょ?」

「え……、ま、そーですね」



「なら、あのボーヤは贔屓ひいきされてるってことでしょ? ……アタシの、『シアンポス様』からっ!!」


「あっ……」


「だったら話が変わってくるわ! もしボーヤがムザクを倒したとして、アタシがそれを援助していたとなれば……、シアンポス様も『認知』してくださるに違いないものっ! ……アハハハハハハハッ!!!」



 実は……、ヒジュラはシアンポスを「崇拝」していた。


 シアンポスは玖の調停者ナインルーラーズの中でも最強格なので、当然彼を好くファンも多い。だが、ヒジュラの熱意はファンなどという生ぬるいものではなかった。短く表すならばそれは、「狂信者きょうしんしゃ」。

 行動原理全てが彼のため、シアンポスのためとなる。それほどまでに熱狂的に崇拝しているのだった。


(そういえばさん、いつもシアンポスさんから謁見禁止されてたですね……)

 シェーレは心の中で、以前の彼女とシアンポスを一瞬だけ思い出していた。初対面からいきなり謁見禁止とは行かないので、間になにかあったのだろう。……しかしそれは本題ではないので、すぐに思い出すのをやめた。



 そして「謁見禁止」から少し連想し、ムザクへ近づいて行ったキョウタに思考を戻す。ムザクといえば「能力無効」の能力。そして、キョウタはきっと「魔力+」でその身が強化されている。


「あれ? ……じゃあダメじゃないですか?」



「ダメってなにがよ? まさかシアンポス様に近づくのがダメって言うんじゃ……」

「――違うです! 違うです!!」


 話がおかしな方向に行く前に、慌てて考えを述べるシェーレ。

「ムザクさんが能力無効ですから、キョウタさんの身体強化も無効になっちゃうってことですよ。そしたら、いくら魔力を足しても意味なくないですか?」

「……アタシのアクセサリー、そんなザコって思われてんのー? んなワケないじゃない」


 不安そうなシェーレの顔を見て、ヒジュラはニヤリと笑みを浮かべる。


「だってもう、ボーヤは『死んでる』んだもの。ムザクくんの能力なんて、効くわけないじゃなーい♪」



つづく

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