第15話 嵐の外で、眼帯少女
ムザクが現れようとしている中、急に逆方向に走り出したシェーレ。その理由は「逃げる」ため。
突然過ぎてぽかんとしているキョウタへ、シェーレは呼びかける。
「なにやってるですか! 早くするです!」
「う、うん……!」
タッタッタッ……。
「シェーレ、な、なんで逃げるのさ」
「細かいことは後です。『能力無効』にされたら勝ち目ゼロなんですよ?」
「あ、そういえばそんな話があったな、ムザクさん」
× × ×
「やっぱり、そんなに凄いの?」
「ムザクさんは『能力無効』と『武器無効』の能力を持ってるので、純粋な実力で勝つしかないらしいです。筋力とか魔力とかの」
× × ×
能力無効とは、文字通りあらゆる「能力」が無効となる状態のこと。具体的には、シェーレの場合は「死後に第二形態へ変身する能力」、キョウタの場合は「生物を即死させる能力」「身体強化能力」「生物が苦しまなくなる能力」が無効となる。
二人がレイン戦でとった戦法のために必要な能力も全て無効となってしまうため、能力無効の範囲外で準備する必要があるのだ。
また、シェーレは姉との繋がりで他の
それによると、ムザクの能力無効の範囲は、彼の周囲「半径三キロメートル」とのこと。なのでシェーレは、急いで三キロ以上の距離を移動しなければならないと知っているというわけだ。
ちなみに今のシェーレやキョウタは、一分で一キロを走れるくらいのスピード。これは現代日本において、高速道路を走る車より少し遅い程度の速度である。
要するに、無効範囲外に出るまでに三分ほどかかるので、シェーレが急ぐのも無理はない。
しかし、ムザクが現れるまで三分も待ってくれるのかというと……。
■
一方で、シアンポスの状態について。
「瞬間移動」は能力ではなく「技」なので、「魔法」である。そしてシアンポスほどの強者であれば、瞬間移動を行うために準備などほとんど不要であった。
だが一分、二分と経過してもムザクは現れない。
それは何故かというと簡単な話で、戦祭り参加者の「出待ち」のためにあえて時間を置いているのだ。
………………。
(そろそろ、頃合いか)
シアンポスは宙に浮きながら、参加者全体の様子を見る。そして見たところ準備は万全のようだったので、そろそろ瞬間移動を実行することにした。
「――では貴様ら! 死闘を祈る!!」
祈るのが健闘ではないのは、「健やかな闘い」など不可能であるから。だいたいが呆気なく即死するか、ボロボロになりながら威力の足りない攻撃を放って死ぬか、というくらいである。
そして、そう言ったシアンポスは大きな魔法陣――これも参加者に分かりやすくするためで、本来は不要なもの――を地面に残し、遥か上空へ飛び立った。
――ドシーーーン!!!!
ついに、山のごとく大きく鬼神のように強い竜……、鬼山竜「ムザク」が現れた。
全長二十メートルほどの大きな、爬虫類型の竜。深紅の鱗に覆われた身体に、深緑色の羽。暗めの体色と、頭から生える山羊のような長い角は「悪魔」のよう。
「「「「「今だぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」」」」」
参加者たちは一斉に攻撃を浴びせる。
ある者は魔力の波動、ある者は燃え盛る火球、ある者は異空間から呼び出した無数の槍、ある者は切り離して飛ばした自身の腕。各々が持てる最大限の攻撃を一箇所へまとめて放ち、大きな「的」に次々命中させてゆく。
「ハッ」
ブワァァァァァ……ッ!!
「「「「「――ぐあああああああああッッッ!!!?」」」」」
その程度の攻撃では、言うまでもなく無意味である。
ムザクは「ほんの少しだけ」力を解放し、全身から魔力を放った。それにより、参加者は全員その場から吹き飛ばされる。
その威力を例えるなら「家屋の衝突」。もしあなたに対して、二~三階建てほどの家がいきなり突っ込んできたらどうなるかを想像してみてほしい。……それと同じくらいの衝撃が、参加者全員へぶつけられたのである。
確かに「出待ち」は、普通に戦うよりも有効な攻撃手段。しかし、過去一度としてそれが「成功したことはない」。それほどまでに
……。
その強すぎる攻撃により、九割を超える参加者が再起不能となっていた。
戦闘前に息巻いていた魔王たち「ナーガズ」は誰一人残らず全滅。アイドルのジュッパービーの四人は全員生存していた。残る生存者といえば、格闘家の男が一人、スライムに変形できる少年が一人、竜のような角・爪・尾が生えた「竜人」が二人くらい。
つまり総計すると、たったの八人しか残らなかった。
ちなみにシェーレとキョウタは距離を離していたことで、ムザクの「挨拶」を喰らっていない。なので上記の八人とは別カウントである。
「……フン!
ムザクは嘆きながら言った。
「
要するに参加者たちへのムザクの評価はその程度ということになる。
■
……というようなことはあったが、前述のようにシェーレとキョウタは、ムザクの攻撃に巻き込まれていない。理由は簡単で、三分間全力で走って攻撃の範囲外に逃げたから。
だが、遠くからムザクの魔力が引き起こした轟音や、参加者たちの叫ぶ声が聞こえてきたため、状況については把握できている。
「い、今の音は……?」
「ムザクさんが動き出したですよ! ほら、まだ走るです!」
「え? ここはもう範囲外なんじゃ? 俺の身体強化も消えてないみたいだし」
「ムザクさんが大きく動いたら終わりです! もうちょっと離れるです!」
タッタッタッ……。
さらに離れた地点へ移動した後、シェーレは足を止めた。それを見てキョウタも立ち止まる。
ムザクからかなり離れており、集団の様子が少しだけ見える程度。この距離であれば、ムザクの攻撃も届かない。
「このあたりならひとまず、ですね。……じゃあ、キョウタさん」
「うん。魔力を撃った瞬間に殺せばいいんだよね」
「です!」
第一形態の全魔力を、第二形態へ注ぎ込む。今の二人ができる最大限の強化を、今から実行しようとしていた。
「そういえば、俺の魔力もシェーレに渡したほうがいいのかな?」
「うーん……。正直、あんまり手助けになるとは思えないですが」
「だ、だよね……。だって実際に動くのはシェーレだし、今回はレインさん相手みたく、間に割って入れないだろうし……」
「いいですよ、キョウタさん。あたし、なるべく自力で強くなりたいです。だから、殺してくれるだけでいいです」
「でも……」
「それに、魔力全部使ったらぶっ倒れちゃうですよ」
「で、でも。俺なんか役に立たないし、倒れたって」
「いや、キョウタさんには……、あたしが戦うところ、できれば見ててほしいです」
「……え?」
「こんなにあたしに良くしてくれるの、キョウタさんだけですから。……ふふ」
「シェーレ……」
「――あらあらー、おアツいお二人じゃなーい?」
「「ッ!!?」」
二人で話しているところに、突然少女の声が聞こえた。
声のするほうを向くと、そこには白と黄色の大きなマントに身を包み、顔と手だけを出し、左目に黒くゴシックな眼帯を着けた少女がふわふわと浮いていた。
その見た目の印象は「幼い聖職者」といったところだが、少女は服装に似合わないニヤニヤした表情で二人のことを見つめている。
「アハハハ! お邪魔しちゃったわねー。アタシは」
「あ! 『アルス』さんです」
「ちーがーう! 今は『ヒジュラ』。ヒジュラと呼べって言ったでしょー!」
やりとりを見る限り、二人は知り合い同士らしい。
ヒジュラと名乗った少女は、一見するとシェーレと同じくらいの年齢で「か弱そう」だが、奥底から隠せない「凄み」が漂っていた。なのでキョウタはつい、敬語で接してしまう。
「えーと、ヒジュラさん? 初めまして、俺はキョウタって言います」
「ふぅん? ザコそうねー。ねぇ『ルルー
「……へ?」
ヒジュラという少女は、シェーレを見て「ルルー妹」と言った。それを意味するのは「
「え? キョウタさんの良いとこ……? いや、この人は成り行きというか、です」
「
「……よく分かんないですが、なんかカン違いしてるです?」
ヒジュラの発言の意味を理解できず、シェーレはきょとんとした顔になった。
そして、シェーレはキョウタに向けて彼女を紹介する。
「あのですね、キョウタさん。この人はア……、ヒジュラさんです」
「うんうん♪」
名前を「間違えそう」になったシェーレだったが、咄嗟に言い直してヒジュラのご機嫌を守ることができた。
「で、ヒジュラさん。もしかして、あたしたちの邪魔をしにきたですか?」
「アンタらの邪魔なんて、する意味あるー? 別に、ムザクくんから遠ざかるのが気になっただけよ」
「離れる理由です? 能力無効が効かない範囲で準備しようとしただけですよ」
「え、つまんなー。もうちょっと面白い理由で離れなさいよー。アハハハ!」
余裕たっぷりに
「で? 準備ってなにするカンジなのー?」
「えーと、それはですね……」
……。
「へぇー? ルルー妹とそこのカレ、能力の相性いいのねー。ふーん」
ヒジュラに対して、シェーレとキョウタの二人の能力と、さらにそれらを利用した戦法について説明した。
ランクBのシェーレがランクAのレインを倒せるほどに強力な連携なのだが、それを聞いてもヒジュラは眉一つ動かない。あくまで世間話として聞いただけで、中身への興味はほとんど無いらしい。
何故ならヒジュラは、心の中ではこんなことを考えている。
(見たとこ、ルルー妹はランクB。で、そこのカレは良くてランクCか。まー……、ムザクくんに勝てる見込みはゼロね)
ヒジュラもやはりウェドメント住民であるようで、興味の中心は「強さ」。
流石に一般人がムザクに勝つのは無理と言っても、ランクAもあれば少しは「反抗」できる可能性がある。だが、今の二人ではそれすら叶わないだろう、というのがヒジュラの見立てだった。
なにせムザクの強さは「ランクAでは話にならない」ほど。小手先の工夫ではどうにもならないのだ。
「……じゃ、アタシは戻ろうかしら。邪魔して悪かったわね、ばいばーい♪」
「え? ……あ、はい。さよならです」
急に興味を失ったヒジュラはそう言って、ムザクのいるほうの空に向かいながら、ビューンと高度を上げていった。
………………。
キョウタとシェーレの二人はヒジュラの消えていったほうを見ていたが、しばらくしてキョウタが声を発した。
「シェーレ、さっきの人ってもしかして……」
「あ、はい。アル……、ヒジュラさんは、そうです」
そして、シェーレが言葉を続けようとした時。
「ナイン……」
「――ッ!? 危ない!!!」
「きゃあっ!?」
ドンッ! キョウタが突然、シェーレの身体を
あまりにも突然のことに、キョウタの弱い力でもシェーレは動かされた。そして、キョウタがクッションになる形で二人とも倒れ込む。
……さっきまで二人が立っていた場所に、先の尖った「骨」が一本ずつ刺さっていた。
かなりの力が込められているようで、着弾点から地面に亀裂が生まれている。
「――アハハハ! よく分かったじゃない。アタシの攻撃」
空を見上げると、ヒジュラが浮かんでいた。その表情は、左目に眼帯があっても分かるほどに、煽りながら笑っている。
キョウタは起き上がりながらシェーレを起こし、ヒジュラのほうを見る。
「いや、危ないじゃないですかヒジュラさん……! ど、どういうつもりですか?」
「だってアンタら、『アレ』を言おうとしたでしょー? 勘づくだけならいいけど、言われるのは困るのよねぇー」
「……やっぱり、口にしないほうがいいんですね。そんな気はしてましたが」
キョウタが思っていたのは、ヒジュラが「
ヒジュラの反応から察するに、それらは「正解」なのだろう。
「ふーん、けっこう勘が鋭いのねー。アタシの攻撃をよけたのも、その勘かしら?」
「それは、その、『嫌な予感』がしたから……」
キョウタがシェーレを
元々キョウタは感覚が
補足だが、シェーレとレインの戦いでキョウタがガム弾の間に入ったこと。あれも実はキョウタが「嫌な予感」を覚えたために行動したことなのだ。
ヒジュラはキョウタの顔を見ながら言う。
「ただのザコだと思ったけど、ちょっぴり面白いわねー。……なんならアタシがこのお祭り、手伝ってあげよっかー?」
その表情は
しかし、ヒジュラの嬉しそうな顔とは裏腹に……。
「あ、あの、ヒジュラさん? 俺、また『嫌な予感』がするんですが……」
「別に、なんてことないわよー? ただ、ね」
「……ただ?」
「ただ、アナタをアタシの『ペット』にするだけだから♪」
「………………はい?」
「聞こえなかったー? ペットよ、ペ・ッ・ト。アナタが
ヒジュラの右手にはいつの間にやら、骨で作られたような「首輪」があった。その首輪はフィクション作品で荒々しい大型犬が着けているような、外側に尖った装飾が飛び出ているようなもので……、しかもよく見ると、装飾は内側にも尖っている。
パン、パン、とヒジュラは首輪を左手に叩きつけながら、キョウタに向かってゆっくりと、浮きながら近づいてきた。小柄な彼女から、重機のような圧力を感じる。
「ほーら。これ着けてあげるー♪」
「あ、あ、あのっ!? それ、着けたらトゲが首に刺さりませんか!?」
「なに言ってんの、刺さんなきゃ意味ないでしょー? そっから魔力送るんだから」
「え、えっとー……、痛くはないんですかね?」
「大丈夫よー。痛いのは一瞬らしいから♪ アハハハ!」
「ちょ、ちょっと遠慮させていただき……」
――その時、光る球体がヒジュラの右手に飛んできた。
ヒジュラはぶつかる寸前に右手を軽く捻り、パシッと光球を弾き飛ばす。
その光球の飛んできた先にいたのは、シェーレだった。
「きょ、キョウタさんに、なにするですか!」
「あらー? ルルー妹、もしかして
「『ヤイテル』ってなんですか、『ヤイテル』って……。キョウタさんが危なそうだから、止めただけです!」
ヒジュラは二人を見比べた後、キョウタのほうを向きながら言う。
「ふーん。……でも、アンタらに教えてあげるわ。そのままだと、間違いなくムザクくんにダメージすら与えられないわよー?」
「「……」」
「いーい? ムザクくんを相手にしたかったら、今の程度じゃ論外なの。アンタらザコは、『手段を選ぶ余裕』なんてないのよー?」
キョウタは考え込み、黙ってしまう。
「……キョウタさん」
「さあボーヤ。どーするのー? アタシのペットになる? それとも、ならない?」
「お、俺は……」
つづく
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