第14話 死んでもやり直せる世界

 殺し合いの後、シェーレはレインを蘇生薬で生き返らせ、そしてレインはキョウタの封印を解除した。ちなみにレインの足は、生き返った時点で治っている。


「……あー。くっそ、油断した」

「はっはっは! ついにあたしが上だと証明されたですよ!!」

「言ってろ。僕は本気じゃなかったし、だいいち、君ら二人がかりだったろーが」

「そうですねー♪ 負け惜しみならいくらでも聞いてやるです」

「あのな……」


 シェーレとレインの二人は相変わらずのようだった。しかし一度の勝利により、シェーレの声には随分と余裕が生まれている。

 そんな彼女を見て、キョウタは自然と笑みを浮かべていた。

「良かったね、シェーレ」

「ふふふー。はい! いやー、これもキョウタさんのおかげです」

「でも、シェーレしか戦ってなかったよ? 俺なんかなにも……」

「あたし一人じゃ勝てなかったですよ。キョウタさんの作戦とか、あとアイツのガムを受けてくれたりとか、あれが無かったら……。だから、ありがとうです!」

「うん。じゃあ、どういたしまして」


 キョウタの声を聞いたシェーレは、歯を見せるようにニッコリと笑う。見た目相応の、少女の喜びの顔だった。

 かと思いきや、シェーレはレインのほうを向いてビシッと指をさす。


「――というわけで、レイン! あたしたちになんか振る舞うです!」

「ああん……? 僕の料理、そんな安くねーんだけど」

「敗者がツベコベ言うな、です! あたしたちの勝利を祝いやがれです!」


 たった一度の敗北で散々言われているレインを不憫に思い、キョウタは苦笑いを浮かべつつシェーレをたしなめる。

「あはは……。シェーレ、あんまり無理言うのは良くないって」

「えー? いいじゃないですかー、これくらい。だってコイツ料理人ですよ?」

「プロだから安請け合いしたくないんだと思うよ。それに、マポテチだってタダで貰っちゃってるし」


「……ま、いいよ。つーか、『振る舞わない』とは言ってねーだろ?」

 キョウタの発言の後、レインはそう言った。


「え? レインさん、いいんですか?」

「シェーレは客でもなんでもねーけど、キョウタなら客扱いしてもいいよ」

「は?」「え?」

「いや、『は?』とか言ってんなよ、シェーレ。お前、キョウタが来るまで相当しつこかったの、忘れてねーからな」

「過去のことをいちいち持ち出して、ちっせーやつですね!」

「お前の態度がデカすぎるだけだろ」

「……また殺されたいですか? バカレイン!」


 殺し合った後だというのに、またバチバチと殺し合おうとしている二人。実際の空気は、言葉の上ほど険悪そうには見えないが、放置すると面倒になりそうだと思ったキョウタは、思い切って注意してみることにした。

「二人とも、今日はそのへんにしといたほうがいいと思う」


「「……」」


「そうですね……」

「まー、うん……。そーだな」


 思いのほか――そこまで大きく想定から外れたわけではないが――、二人は素直に言うことを聞いてくれた。

 キョウタは他者の気持ちに鈍感というわけではないので、二人が自分に好意的に接してくれることに気づいていた。だからこそ、殺し合いでは敵わない二人に注意する発想に至ったのである。

(ほっ……。うまくいったみたいだ)



「とりあえず、振る舞うって言っちゃったもんな。ちょっと、今ある食材でなんか作れないか、見てみる」

 レインがそう言うと、なにもない空間から水晶玉を取り出し、右手の上に浮かべた。その使い方からすると、在庫管理用の手帳のようなものなのだろう。


 レインは水晶玉に手をかざしながら言う。

「今ある食材は……。そーだな、『夜盗やとう』と『パンパカ』ならどっちがいい?」

「『パンパカ』です!」

「お前には聞いてねーぞ」


「……えっと、ヤトウ? パンパカ?」

「『夜盗やとううたげ』と『パンパカパンパーティー』。どっちの料理がいいか、って話」

「……? ごめん、どっちも分からない……」


 言葉を聞くだけでは、どんな料理なのか想像もつかない。しいて言うなら、後者は「パンのパーティー」なのかと思うくらいである。



「えっと、じゃあ……、『パンパカ』で」

 なのでキョウタは、シェーレが挙げていたのものをリクエストした。



 ………………。



 その夜、「パンパカパンパーティー」が振る舞われた。

 それはいったいどういうものなのかというと……、「パン」と叩くと「パカッ」と割れる「パン」、「パンパカパン」によるパーティーである。

 パンパカパンは要するにタマゴのようなものなのだが、素材がパンのため「殻」に当たる部分も食用で、むしろ人によっては「あの固さが美味」と言うほどだとか。



 食卓にはたくさんのパンが入った籠と、三人分のなにも乗っていない皿があった。つまり、各々が籠からパンを取って食べるスタイル。

 シェーレはリクエストしていたこともあり、パンを二個、三個と次々食べてゆく。一方でキョウタはまだ一個目を食べようと、最初のパンパカパンを割ったばかり。

「あ、この中身は肉? 豚肉みたいな……」

「それはけっこーオススメかな。ま、食ってみなよ」

「うん、いただきます」


 ――ザクザクザクッ。

「うまっ!? いや、これ……、わっ、ホントにウマい!」


 まず飛び込んできたのは、豚肉とは思えないほど楽しい、ザクザクとした歯応え。それだけでなく純粋な素材の味、を何倍も強くしたような濃厚な旨味。その後、実にジューシーに凝縮されたスープが流れ込んできて、口の中が満たされる。だが、くどくなく、脂っぽくもなく、さらには熱すぎず温かい。

 今までに食べたウェドメントの料理も、キョウタのかすかな記憶からすれば圧倒的に美味。だが、それとは遥か比較にならないほどの味だった。


「それが『ラグリー豚のザクスープ』入りパン。周りのパンにも肉汁が染みるし、パンパカとの相性もかなり良いはず」

「うわあ、ウマすぎる……。こ、これ、ホントに食べていいやつなの……?」

「いいっってんじゃん。ほら、まだ他にもあるから」



 その夜は間違いなく、ウェドメントに来て「最高」の食事であった。





 ……そして、二人はシェーレの家に戻る。


 いよいよ明日はムザクとの戦祭り当日ということで、シェーレは遠足前日かのように自分の部屋で準備を始めた。蘇生薬などの、戦闘時に使う道具を整理するらしい。方やキョウタは落ち着かない気持ちだったので、外に出て夜風を浴びていた。



「はぁー……」


 キョウタがウェドメントにやって来てから一週間。出会った人たちは決して多いわけではないが、この地の空気にはすっかり慣れていた。

 とりあえず成り行きでシェーレと共に行動しているが、ふと「これでいいのか」と思わないわけでもない。が、それより「楽しい」という気持ちが勝っていた。


「明日、どうなるのかな」

 当然だが、「戦祭り」でなにが行われるかをキョウタは知らない。おそらくまた殺し合いになるのだろうと予測はついていたが、もう、その程度のことなど気にならなくなっていた。

 どうせ死ぬのだろうが、それはいつもどおりのこと。なにも怖いことはない。



 ……その感情を感じ取ったのかどうかは定かではないが、突然、キョウタの脳内に響く声があった。


『――タさん、……キョウタさん』

「っ!!?」


 間違いなく、聞き覚えのある女性の声。その声の主は……。

『ああ、お気づきになりましたね、キョウタさん。わたくしです、女神キカです』

「あ、キカさん……。その、お久しぶりです」


 キョウタがここに来ることになった、発端の人物。女神キカであった。


『ご無事なようで、なによりです。あれから、お加減はいかがですか?』

「えっと、おかげさまで……、楽しくやってます」

『……「楽しく」、ですか?』

「え?」


 キョウタは、キカの声色が変わったのを感じた。

『もしや、「使命」のことをお忘れでは?』

「し、しめい……。あの、な、なんでしたっけ……」

『なんと、やはりお忘れだったのですか。……仕方がありません、もう一度お伝えします。この荒れた「ウェドメントの治安を正して」ください』

「……」


 ウェドメントの治安が荒れている……、女神キカはそう言った。しかし、キョウタの目からすると荒れているようには見えない。確かに簡単に人を殺し、簡単に生き返らせるのは歪かもしれないが、それで世の中が回っているなら問題ないはずだ。


「あの。ウェドメントの治安って、どうなっているのが『正しい』んですか?」

『人が生まれ、死に、魂がめぐる……。その一連の流れこそが自然のはず。ですから、それこそが「正しい」のです』

「……」


『……あら、キョウタさん? どうなさりました?』

「いえ、ちょっと。……俺にはそれが、正しいようには思えなくて」

『それはどういうお考えでしょうか』

「俺、ここに来て何度も殺されて、何度も殺してきました。それがもし、一回死んだら終わりっていうなら、俺はここにいません」


 キョウタの想いは二言三言では止まらない。それを察したのか、キカは黙ったまま静かにしていた。

「俺、思うんです。どんなに辛くても『やり直せるの』って、素敵だなって」


 あのシェーレとレインの二人は、少し仲が悪かった。なにせレインは、シェーレが泣くほど傷つけていたのに、それに気づいていなかったのだから。

 しかし殺し合いでシェーレが勝った今は、悪態をつきながらも二人が仲良くやっているように見える。……キョウタはそんなことを思っていた。あの二人だって、やり直したから今があるのだと。


「キカさんは俺が死んだ後、ここに連れてきたんですよね。で、俺は今、楽しく過ごせています。だから、たとえ死んだってやり直せる。……それを、キカさんが教えてくれたと思ってたんですけど」

『……』

「でも、死ぬ前の記憶はあんまり覚えてません。もしかしたら辛いこともあったかもしれないですが、それでも『今が楽しい』なら俺はそれがいいんです」



 嘘や駆け引きなど無い、百パーセント本心の言葉。それを聞いたキカは……。


『――やり直せない人もいるのに』



「へ……?」

『ああ、いえ。……失礼いたしました。ですが、今キョウタさんに世界のことわりをご理解いただくのは難しいようですね。……また、改めてお話しましょう。それでは』

「あ、あの……?」


 ……。



 それから、キカの声はぴたりと聞こえなくなった。





 ――翌日。



 戦祭りはバルブルー平原という場所で、十四時に行われる。そのため、シェーレとキョウタは時間に余裕を持って早めにやってきていた。

 シェーレ一人なら第二形態になって飛んで来られたのだが、キョウタがいるのでそうもいかない。なので、二人がいたディアニーアからつ、公共瞬間移動ポータルを利用して来ていた。


 バルブルー平原は、一言で表すならサバンナである。青々とした緑というよりは色が枯れており、気候としては熱帯雨林気候に近い。そのため、気温も高めであった。

 しかし、ウェドメントは気温変動の対策グッズも充実しており、例えば「飲むと約十時間、暑さに強くなる飲み物」などが開発されている。なので「暑さのせいで本領が発揮できない」という事態はまず起きないのだ。



 現在時刻は、およそ一時間前となる十三時ごろ。やはり、ウェドメント住民はこういった戦いが好きなようで、とてつもない数の人々が集まっていた。会場は大規模なお祭りのようになっており、パッと見「百個」は屋台があるだろうと思われる。

 キョウタがこれだけのウェドメント住民や、それが興す活気を見るのは初めてで、思わず感嘆の声が漏れる。

「わあ……!」



 そして「人」と言っても、そこに居るのは「人間」に限らない。

 あからさまに闇を纏っているような悪魔たちや、コロシアムでキョウタを撲殺したサイクロプスといった存在もそこら中にいる。

 その中でもひときわ身体の大きな、黒い鎧を着た「悪魔」が、十数人いる従者たちへ声をかけているのが見えた。

「――して、此度の祭り。我らの復権に相応しい舞台となるだろう。者ども、覚悟はよいか!」

「「「オオオオオーーーッッッ!!!」」」

「良かろう! では我ら『ナーガズ』の力、存分に振るうのだ!!」

「「「魔王様、ばんざーい!!!」」」



「……シェーレ、あの人たち凄そうだね」

「ん? どいつらのことです?」

「ほら、あの大きな鎧の。『ナーガズ』とか言ってた人たち」

「んんー? ……あー、あのザコですか?」

「ざ、ザコ……?」

「あのとかいう連中、良くても今のあたしと同じくらいの強さですよ」

「……へ?」

 たった四文字すら覚える気がない程度には、言葉の通りに弱いのだろう。そして、「今」のということは、おそらく第二形態に変身すれば楽勝なのかもしれない。


「それよりも、あっちのほうがよっぽど強いです」

「『あっち』? ……あ、あのアイドルみたいな女の人たち?」

「です」



「――ハイ。わたしたち、A級アイドル」

「「「『銃口じゅうこうハイパービーナス』でーす!!」」」


 シェーレの目線の先に、ピンクの衣装を着た四人組の「人間」の女性たちがいた。周囲には人気屋台と同じくらいには人だかりがあり、水晶玉やカメラのような物体を向けている人たちも多数いた。おそらく、その行動は写真撮影だろうと思われる。

 また、キョウタはアイドルが変な名前だなと思ったものの、ツッコミはやめておくことにした。



「シェーレ。『A級アイドル』って、みんな界民ランクAってこと?」

「そうらしいです。の人たち、ホントに強いですよ。あたしも、二回くらい戦ってどっちも負けたです」

「あ、挑んだことあるんだ」


 「口ハイナス」、略して「ジュッパービー」というらしい。

 いかにも強大そうな魔王たちは弱くて、強さと無関係そうなアイドルが強い。その「ちぐはぐ」さと幅広さに、改めてウェドメントは広いなとキョウタは感じた。



 ……。



 そんなこんなで見て回っていると、いつの間にか時間が経っているもの。

 ちょうど十四時になったころ、平原の上空に浮く人影が見えた。


「フハハハハ!! 諸君、集まってくれて感謝する。シアンポスだ!! 時間なのでさっそく『戦祭り』を始めるぞ! まず今回は……」



 シアンポスが喋る中、キョウタはシェーレにこっそり質問する。周囲はシアンポスの話を聞いているので、うるさくしてはいけないのだ。

「ええと、ムザクさんって大きいドラゴンなんだよね? それっぽい人は見当たらないけど」

「それなら、このあとシアンポスさんが連れてくるから大丈夫ですよ」

「あー、瞬間移動ってやつ?」

「そうです」



「――以上だ! では貴様ら、せいぜい『出待ち』の準備をしていろ!!」

 シアンポスは人々を誘導して広いスペースを用意する。ムザクを呼び出せる空間を作ろうとしているようで、人々はその空間の位置に「静かな殺意」を向けているようだった。



「シェーレ、『出待ち』って?」

「ムザクさんが来た瞬間、一斉に強い攻撃をぶつけるです。ムザクさんが来てからじゃ、準備する時間なんて無いですからね」

 例えば、魔力を込めるのに十秒かかる魔法があるとしよう。しかし、ムザクがいる場合に十秒間も無防備でいるようなら、その間にあっさり殺されてしまう。なので、そういった「準備に時間がかかるが強力な魔法」をぶつけるため、あらかじめ出現位置に向かって準備を済ませておくのが戦祭りの正攻法として確立されているのだ。


「あー、なるほど。じゃ、俺たちもなにか準備する?」

「もちろんです。とりあえず、もう『移動』したほうが良さそうですね。ムザクさんが出てくる場所は確定したですから」


 シェーレはそう言うと、殺意が向けられている方向とは真逆のほうを向いた。


「じゃあ、キョウタさん。ちょっと『走る』です」

「え? でも、ムザクさんってあっちに出るんじゃ?」

「なに言ってるですか。まずやるべきは『逃げる』ことですよ!」


「………………え?」



つづく

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