第13話 雷晶少女は光り輝く(後編)

 ……そこから、後日。



 ムザクの戦祭りまで、あと一日。そんなタイミングだが、シェーレとキョウタはレインの家を訪れていた。

「どーしたの、今日は二人揃って」

「ふっふっふ! レイン、今日こそあんたをぶっ殺してやるですよ!」


「……この一週間で成果が出たってことか。で、僕に勝てるくらい強くなった、と」

「ですっ!」

「あ、そう。じゃフツーに殺しに行っていーんだね」



 ……流石に家の前では狭いということで、森を抜けて広い草原まで、三人はやってきた。



「じゃ、僕が死んだら君らの勝ち、シェーレが封印されたら君らの負けでいい?」

「いいですよ!」「あ、はい」

 勝敗条件の合意がとれたところで、シェーレとレインは距離を空ける。一方でキョウタは、その二人がギリギリ視認できる程度まで離れた。二対一とはいえ、キョウタの魔力ではシェーレの助けにすらならない。なので、邪魔しないことを優先した結果というわけだ。

 そう、「キョウタの魔力ではシェーレの助けにならない」……。



 キョウタ以外の二人で、試合開始の合図をとる。

「カウントダウンです! スリー、ツー……」

「ワン……」


「「ゼロ!!」」



 レインは早速、当たると封印できる「ガム弾」を撃とうとした。しかし、シェーレを見るとレインのほうに「両手を向けている」。

(魔力を撃ってくるつもりか……? アイツなにか企んでたし、ここは様子見だな)

 そう考えながら、レインは攻撃よりも防御・回避を選んだ。


 シェーレの手に凝縮された魔力が集まっていき、光を帯びる。魔力を溜めて溜めて……、とにかく溜めている。

(撃ってきたら、アイツの後ろに「飛べ」ばいい。真後ろに撃ってこないでしょ)

 レインはシェーレが魔力を撃ったら、彼女の後ろに瞬間移動しようと考えていた。コンマ一秒で放たれる光をいかに避けるかが勝敗を分けるため、レインはシェーレの動きを注意深く「視」る。



 ……だが。シェーレは両手を「真上」に向けた。

「はあッッッ!!」


 そしてまばゆく輝く「直径一メートルほどの光球」は、勢いよく真上に放たれた!


「――なっ!?」

 想定と異なる光景に、レインは虚を突かれて空を見上げた。さらにそこから、無意識的に目で昇ってゆく光球を追う。見たところ、それには相当量の魔力が込められていて、「当たればひとたまりもない」ということは嫌でも分かる。

 あの光球がもし、急に軌道を変えてきたら? 自分に向かってきたら? そんなことを考えると、目を逸らすこともできない。……しかしよく考えたら、もしも軌道が変わるなら「撃った本人」が光球に細工をする他ない。この場にキョウタはいるが、彼にそんなことができるほど魔力を扱えるわけもないからだ。


 そこまで考えた結果、レインは光球を無視すると決めた。こうなれば、シェーレが怪しい動きをする前に止める。一周回って当初の予定通りとなった。


 そうしてシェーレのほうを向くと……、彼女は「その場に倒れこんでいる」。

(……ど、どーいうことだ?)

 寝転んだ状態で光球を操作するのが狙いか? それとも、魔力を込めすぎるあまり意識を手放したのか? あるいは……。



 ……そうした思考の巡らせが災いし、レインは気づくのが遅れてしまった。



 シェーレは倒れ込み、ふわりと浮かび上がる。バチッ、バチッと火花が鳴る。

「違ッ! 『死んでる』!? ってことは……っ!!」

 レインとシェーレの位置関係はまだ、試合開始時と同じで離れている。この距離ではもう、ガム弾も間に合わない。


 バチッ! バチィッ!! 火花は次々と音を奏で、シェーレの身体の周囲をスパークが走る。そしてシェーレの髪は伸び、髪の間から角が生え、肌は蒼色に。下半身はいかずちと化し……、「第二形態」へと姿を変えた。



 そしてそのまま、シェーレはレインのことなど気にする素振りも見せず、「上」を見ながらまっすぐ飛び上がる!!



「――まさかッ!!?」

 レインは急ぎ、足に魔力を込めて自分も飛ぼうとした。

 ……レインが倒れたシェーレを見つけてから、経過時間「一秒」。もしその一秒分早く飛んでいれば、追いつけただろう。だが、そのたった一秒が、全てを決めてしまった。


 シェーレが最初に放った光球は、勢いを弱めて今、まさに落下しようとしている。そこへ、その「球の中」へ、いかずちを身に纏ったシェーレが「飛び込んだ」!



 ――パアアアアアアッ!!!!



「ぐうッ!!?」

 その瞬間、球の形をしていた光が、辺り一面へ一気に広がった! 光はレインの身体も包み、あまりの眩しさに目を開けていられなくなって地面に足を置く。

 バチィ、バチィッ! ゴロゴロ……、ピシャァァァン!! 火花の音、スパークの音、そして雷鳴の音。それらがレインの耳にひたすら聞こえてきた。



 ……。



「ふふふふふ……、あははははは!! さあ、覚悟するです、レイン!!!」


 レインがどうにか目を開けた時、そこに見えたのは高く浮かぶシェーレの姿。ただし、通常の比ではないほど身体中にスパークを走らせ、身体からオーラのように白い魔力を発光させている姿である。



(まさかシェーレのヤツ、「第一形態の全魔力」を「第二形態」に……!!)

 完成した瞬間。遅すぎたが、レインはシェーレの狙いを完全に理解した。

 ……本来ならそこから相手の次の手を考えるべきだが、ただでさえ第二形態の速度は目で追うのがやっとなほど。一瞬でも行動指針を間違れば命取りになると理解し、レインは急いで守りを固めることだけを考える。


「【スプリング・クレイドル】ッ!!」


 「湧き水の揺り籠」。レインがそう叫ぶと、彼の周囲に水が出現。そのまま水は「球体」となり、彼を包み込んだ。

 本来、レインはこうやって「魔法の名前」を叫ばない。呪文を唱えるという概念はこの世界に無いので、レインはただ「集中するため」という理由で魔法の名前を口にしたのだ。何故なら、そうでもしなければ「間に合わない」から。



 ――水がレインを包んだ瞬間、シェーレはもうレインの間近にいた。もしあと僅かでも遅れていれば、水で守る前にいかずちがレインへ届いていただろう。

(間に合った……


「間に合った……、と思ったですか?」

 シェーレは、なんと……、その水に右手を突っ込む! そして、

「喰らうです! 【燃え尽きろ(バーナウト・ダウン)】ッ!!!」



 ――ジュワァァァァァァァァ……ッッッ!!!


「ッ!!?」

 すると……、水が「全て蒸発」した。不可視の水蒸気はすぐに冷えて蒸気へと変化するが、レインの身を守っていた水は無くなったも同然である。


 シェーレが技名を口にしたのも、レインと同じく「集中するため」。しかしその理由は速度を求めたレインとは異なり、「威力」を求めたためであった。

 「バーナウト・ダウン」は電熱を起こし、一瞬で対象を焼き尽くす魔法(ただし、今回は対象が水なので「蒸発」した)。これを使用するには通常の放電に加え、一定の魔力を必要とする。

 いつもならこれだけのために、第二形態の全魔力および全電力を使い果たすところなのだが、今はまだ「三分の一」ほどしか使用していない。消費量が減ったのではなく、「魔力量が約三倍になった」というわけだ。なお、第二形態になっていれば、魔力を用いて体内で発電することも可能。なので、消費を気にせずにガンガン攻撃することができるのだ。



 水が消滅してレインの防御が崩れたことで、ボディはがら空きとなった。そこへ、シェーレは本気の右ストレート、左フック、回って右裏拳、左ジャブ、右ストレート、左アッパー、右フック、背後を取って右肘打ち、左ストレート、右手ゲンコツ落とし! ……これら激しい攻撃を一秒以内に浴びせ続けた。

 単純な殴打でも両手に魔力が込められており、界民ランクAであるレインでも防ぐことはおろか、「かろうじて急所を守る」ことしかできないほどの速度。

 もともとシェーレの第二形態はそれだけで戦闘能力が高く、そこから過去の格闘訓練の伸び、さらに増幅した魔力による身体強化が上乗せされているので、追い込んでしまえばこれくらい強くても不思議ではないのだ。


 そして、追い込まれているとは、「選択肢が少ない」状態である。レインは「防御する」ことしかできないが、一方でシェーレは「攻撃する」ことと「」ことができる。つまり、「フェイント」。

 シェーレはレインに対し、「避けやすいよう」に身体の左側ギリギリを通る程度の右アッパーを繰り出す! するとレインが「(シェーレから見て)左に避ける」ので、アッパーの途中で体勢を変え、余った左手で彼の「足を掴み」、シェーレは勢いよくビューンと飛び上がった!


 レインの足を引っ張りながらミサイルのように飛ぶシェーレは、掴む左手に魔力を込める。……今度は狙いがバレないよう、技名は叫ばない。

(【バーナウト……、ダウン】ッ!!)



 バチバチッ、――ピシャァァァァンッッッ!!!



 ……シェーレの左手には、黒焦げになったレインの……、「足だけ」が残った。


「ッ!? に、逃げたですか!!」



 シェーレが上空で周りを見回すと、「左足が無いレイン」が吹っ飛びながら落下していた。どうやらシェーレの狙い――全身黒焦げにして焼き殺すこと――を察知し、瞬時に掴まれた足を切り落としたらしい。

 二度の「バーナウト・ダウン」により、シェーレの残り魔力は当初から三分の一。もう一度水の守りを作られたら、また技を使うしかなく、そうなると魔力切れ・電力切れで変身が解けてしまう。

 補足だが、「バーナウト・ダウン」という魔法自体に消費魔力等が決まっているわけではなく、対象がどれだけ大きいか、対象をどれほどの強さで焼きたいかによって消費魔力・電力が決まる。シェーレは、レイン本体を油断なく焼き焦がすため、水の球を蒸発させるのと同じくらいの威力が必要だと見立てていたことになる。



 そしてレインは空中で縦に一回転し、魔力で宙に浮く。続けて、シェーレのほうを見ながら叫んだ。

「【スプリング・クレイドル】ッ!!」


 ここで水を展開させては、せっかくの有利状態が無になってしまう。させてたまるか、とシェーレは全速力でレインに向かって飛んだ!

 今度は足ではなく、確実に殺すため頭部を狙う。魔力を込めたシェーレの右手は、


 スカッ。――空を切った。


「え……」

 レインの身体どころか、水さえも触れた感触がない。慌てて左右を確認するが、彼の姿は見当たらない。



「――こっちだよっ!」


 そう聞こえてきたのは、「真上」。シェーレが上を向いて彼の姿を見たと同時に、なんと、その視界へ「水」が溢れ出した。

 すぐに首を振って「後ろ」を見ても、やはりそこには水。「上」も「下」も、「全方向」が水だらけとなっていた。



「だ、騙したですか……ッ!」

 咄嗟の戦略の組み立ては、レインのほうが上だったらしい。

 何が起きたかというと、レインは確かに「スプリング・クレイドル」と言ったが、それは「嘘」。実際におこなったのはシェーレの真上となる位置への「瞬間移動」で、その後に隙を晒したシェーレへ、改めて「スプリング・クレイドル」を使用。彼女を水で包み込んだというわけである。



「……はぁー、マジで痛ぇ。でも、ここまでだな」

 左足があった箇所にズキズキと痛みを感じながら、レインは降下を始めた。

 シェーレが飛行できるのは第二形態でいる間だけなので、解除されれば自由落下を始める。そしてシェーレの残り魔力が少ないことを感じ取ったレインは、自身を地面という足場に「固定」し、外しようがない状況でシェーレを狙うつもりなのだ。

 撃ち出すのはもちろん、一撃で勝負を決める「封印」のガム弾。


 ……ふわり、と、胡座あぐらのような姿勢で軟着陸するレイン。足が片方無いので、立つとバランスをとるのが難しい。



 ジュワァァァ……ッ!


 そして上空の水の球は、想定通り「蒸発」して消えた。その中央から、変身が解除された「第一形態」のシェーレが落っこちてくる。これも想定通り。

 落下速度はほぼ一定のため、時間を見て通過点を狙えばいい。レインは右手を伸ばし、狙いを定める。


(……そこだ)


 パシュッ!! ガム弾は……、「外れた」。



 見ると、シェーレは仰向けの状態で落下し、両手を空へ向けていた。第一形態に戻ったことで魔力も元に戻ったので、「溜めた魔力を上に撃ち出す」ことで「下に急加速」したのだ。

(チッ、避けられたか。……でも)


 ――どさっ!

「痛……っ!!」

 地面に叩きつけられたシェーレは背中を打ち、その衝撃で声を漏らした。

 一回は避けることができたが、これではすぐ動くことはできない。そのため……、レインは再度そこを「狙う」。


(これで終わりだ……)



 ――ベチャッ!!

 ガム弾が撃ち出され、命中した。


「は……?」



 ガム弾は、シェーレの元へ「行き着く前」に命中していた。さっきまで遮蔽物など、なにもなかったのに。

 だが……、レインが今の今まで忘れていた人物が「一人だけ」いる。



「「キョウタ!!?」さん!!」



 キョウタは勢いに身を任せ、レインがガム弾を撃った直後、彼らの間に飛び込んでいた。なんとレインが動かないことでシェーレを狙いやすかったように、キョウタも動かないレインが撃つタイミングを狙いやすかったのだ。


「う、うおおおおおっ!!?」


 ……そしてキョウタはガムに包まれ、すこし情けない声をあげながら「封印」された。それも、レインとシェーレのちょうど間の位置で。

 ゆえにレインの狙いの「邪魔」となっており、移動しなければ三発目が届かない。


 それなのに、……バチバチッ! バチィッ! 火花が鳴る。どうやらキョウタが封印される直前、能力でシェーレを即死させたらしい。

 さらには先ほどシェーレは「上空」へ魔力を撃ち出していた。ということは、彼女はまたもや空へ飛び上がり……、


 ――パアアアアアアッ!!!!



 ……レインは目を閉じて光をやり過ごし、そのまま考える。

(ちょっと、甘すぎたか……。しょーがない)


「……認めてやるよ、シェーレ。お前に僕の本気を見せる時が来るとはね」


 空へ浮かび上がりながらスゥーッと息を吸い、集中する。……そして。

「はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 全身に力を込め、リミッターを解除! 身体の奥底より魔力を湧き上げ、自身の力を高めていく!!



「はあああああぁぁぁぁぁぁ――ぁがっッッ!!?」



 しかし、それは止められた。

 レインの口の中に……、シェーレが「右手を突っ込んでいた」のだ。


「はがっ!? ほご……!?」

(な、なんでだ!? さっきより速い……!?)

「――これならもう、切り離せないですよね? 首を切ったら、死ぬですから」


 流石にシェーレが移動してくることは考慮していたが、シェーレは想像以上の速度を誇り、レインに接近した。ある意味では彼の「油断」と言える。

 実はこうなることを見越して、シェーレは魔力の中に「速度強化魔法」を多く混ぜていたのだ。ただでさえ速い第二形態のスピードがさらに上がったことで、もうレインの目でも補足できないほどだった。代わりに魔力量が減ってしまっていたが……、一撃で決めてしまえば問題ない。



「覚悟ですッ!! 最大出力、【燃え尽きろバーナウト・ダウン】ッ!!!」


 ――ピシャァァァァァァァァンッッッ!!!!!




 ………………。


 ……。



 ……その場に残るのは、膨らんで硬化したガムの塊。人の形をした真っ黒な物体。そして……、第一形態に戻ったシェーレ。



「か……、勝った、勝った、……勝ったですっ!!! あたし、あたし……っ!! レインについに勝ったですーーーッ!!!」



つづく

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