第13話 雷晶少女は光り輝く(前編)
「キョウタさんに『強化魔法』を覚えてほしいからです!!」
それを聞いたキョウタはなんとなく、シェーレが言いたいことを理解した。
「『強化魔法』……、それって、身体強化とかのこと?」
「ですね」
「それで、俺が魔力を使ってシェーレを強くする……、ってことかな」
「はい、そのとおりです!」
キョウタがシアンポスから貰った能力のように、現在界民ランクBであるシェーレの身体を強化する。確かにそれなら、訓練を重ねて強くなるよりも手っ取り早い。なにせキョウタは、その手軽さを身をもって実感しているのだ。
「うーん。魔法、かぁ……」
フィクション作品か、比喩でしか聞いたことのないその言葉。キョウタはそれを今まで聞いた覚えがなかったが、それも「魔力」のようにありふれた言葉なのだろう。
「……なんか心配ごとでも、あるです?」
「いや、分かんないけど難しそうだなって」
「そんなことないですよ。『ものによる』ですけど」
そう言いながら、シェーレは手を開いて魔力を小さく集める。
「ほら、これだって言っちゃえば『魔法』ですよ」
「ん……?」
「それに、キョウタさんがさっき使ったのだって『魔法』です」
「……えーと? 魔力を使った『技』は全部『魔法』って言われるの?」
「そんな感じですね」
「な、なるほど……」
つまり、「魔法そのもの」は難しいわけではない。
「あ、じゃあ、その『強化魔法』ってわりと簡単なの?」
「それも『ものによる』ですが、そうですね。……ちょっと、外に出てみるですか」
……。
■
レインはめんどくさがって出てこなかったので、二人でレインの家の外に出た。
「じゃあ、ちょっとジャンプするです」
「え……、あ、うん」
一瞬カツアゲかとも思ったが、そんなことはありえないので、言われるままに一回だけぴょんとジャンプ。
「あ、じゃなくて、思いっきりジャンプです」
「……なるほど?」
きっと「ジャンプ力」についてこのあと比較するのだろう、とキョウタは思った。今の状態で跳ぶのと、強化してから跳ぶのとで高さを比べるのだ。
「――はっ!」
というわけでひとっ跳び。……その高さはおよそ、一五〇センチほど。身体強化のおかげでこれくらいはお手の物である。
「オッケーです。じゃあ次は……」
シェーレはそう言ってキョウタの足を手で触り、魔力を溜めた。そして、魔力の光がキョウタの足に移ってゆく……。
「お、おお……」
足が温かく、軽く感じる。
「……これで、さっきみたいにジャンプするですよ」
「うん、分かった」
キョウタは足に力を入れて……、
「――はっ! ……うおおおおっ!?」
なんとキョウタは、レインの家や周囲の木々を越えて一五〇〇センチ、すなわち、十五メートルほど高く跳び上がった!
「うわ、すっごいな……」
展望台としては低いが、景色を眺めるには充分な高さ。遠くの山まで一望できる……、と思っていたが、高度は急激に下がってゆく。
キョウタは放物線の頂点を過ぎ、十五メートルから……、足で着地、ドシン!!
「――アアアアアアァァァァッッッ!!!!」
「あ、魔法の時間切れです……」
高さ十五メートルは、およそ住宅の「五階」に相当する。つまりキョウタは、事前通告無く五階から落ちたようなものであった。
これで、足にかかった魔法が解けてなければダメージは少なかったのだが……。
痛がるキョウタを見たシェーレは、とりあえず「治療薬」を使用することにした。
ちなみに「治療薬」は蘇生薬の亜種で、生き返らせるのではなく「痛みの原因」を探知して治療する薬である。
……。
「……あー、いたた」
「魔力に慣れてないって、不便ですね……」
もしシェーレが先ほどのキョウタの立場になった場合、着地寸前に足に魔力を込め、「魔力を逆噴射のように放出して軟着陸」または「足を強化して衝撃に耐える」の二つであった。しかしそれは、シェーレの身近に魔力があり、普段から活用しているからこそ思いつく手段なのだ。
「それでシェーレ、さっきのって簡単なの?」
「はい、です。さっきのはですね、キョウタさんの足を『自分の一部と思って』強化したんですよ」
「へぇー……」
「魔力を撃って当てるのは大変ですが、触る場合はメチャクチャ簡単なんです」
……シェーレ曰く、「強化魔法」は凝ったものでもなければ、魔力を撃つのとほぼ同じらしい。異なるのは放出する「魔力の質」であり、それを攻撃ではなく「他者を強化する」ものに変化させるだけなのだという。
言い換えるなら「手で他人の肌に触れる」という行為が、敵意を持って行えば「パンチ」、愛情を持って行えば「スキンシップ」になるようなもの。同じ「手の触れ合い」でも、さじ加減で真逆の効果となるのだ。
だから魔力の放出さえできるなら、後は強化用に魔力の質を変える訓練だけをすればいい。そんなわけで、特訓の日々が始まるのだった。
……。
■
――四日後。
ピンポイントな訓練の末、キョウタはどうにか魔力の変換ができるようになった。なお余談だが、まだキョウタは自在に魔力を使えるわけではない。レインの開発した「マポテチ」の効果は、
しかしレインが言うには、これを継続すればそのうち魔力が定着するのだとか。
……上記は余談なので、レインは現状とは無関係。今はキョウタとシェーレが訓練している状況である。
「とりあえず、成功はしたですね。じゃあ、いよいよ第二形態で強化です!」
やはりシェーレは第二形態で戦いたいらしい。だがここで、キョウタは二つの問題点を思い浮かべていた。
一つは、キョウタ自身の魔力量が大したことないという点。もし全力で強化したとして、果たしてどれだけ強くなるだろうか。強化魔法を習得したのは、シェーレがムザクとの戦いに参加するため。ということは、界民ランクBのシェーレを
そしてもう一つ……。
とりあえずいつもの流れで、シェーレを能力で即死させる。
相変わらずバチバチと火花を散らし、
そう、今の彼女は
× × ×
「あの、シェーレ……。これ、触って大丈夫なの?」
「さあ? 別にあたしは殺すつもりとか、ないです。ほら、早くするですよ」
「う、うん……」
おっかなびっくり、キョウタはシェーレへ手を伸ばす。
バチッ!!
「――いってええええええええええええッッッ!!!!!」
猛烈な痛みを感じたキョウタは、慌てて手を引っ込めた。
× × ×
(そ、そういえば、これって『直に触れない』んじゃ……)
キョウタは以前コロシアムに行く際、第二形態のシェーレに直接触れようとしたことがある。しかしその時はとても「痛かった」ので、なにも変化がなければ今回も同様になることが予測できた。
……ということでシェーレにそれを相談すると。
「んー。仕方ないですから、離れたとこから狙って撃ってみるです」
と、至極当然のアドバイス。だが、それが簡単にできるならとっくにやっている。何故それが難しいのかといえば、変換後の「魔力の質」が理由であった。
簡潔に表現すると、変換後は「魔力が重くなる」。
これは体重が増加するというわけではなく、体内のエネルギー等を変換に用いるため、変換した魔力にそれらが集まって一部分に重さも集中してしまうのだ。例えば手から魔力を放つなら、手が重くなるということ。
細かい説明は省くが、イメージとしては魔力を「肘」に溜め、撃つ瞬間に「手のひら」まで一瞬で移動させる。その場合は肘、手のひらの順に重みが生じるのだが、この時の力加減が、実はかなり難しいのだ。
要はそれぞれの部位が重い時に力を入れればいいだけなのだが、重みの変動が一瞬であるため、適切に力を「加減」しないと照準がズレてしまう。手のひらが重くなるからといって手のひらに力を入れすぎてしまえば、大きく上にズレて魔力が見当違いの方向に飛ぶことだろう。かといって肘に力を入れすぎると、今度は手のひらが重くなり地面へ魔力が向かうことになる。
ちなみに最初にキョウタがやったような、魔力を「波動」のように放つやり方は、今回不可能である。これは魔力変換を行って「光球」でなければ発射できないことが理由だが……、メカニズムについては長くなるので説明省略とする。
そしてキョウタは魔力変換で感じる重みから、照準がズレてしまうだろうと直感的に思っていた。だからこそシェーレへ確認する。
「でも、魔力が変なところに飛んでっちゃうと思う……」
「まあ最悪、上の方に飛ばしてくれればいいです。たぶん『追いつける』ですから」
「え? お、追いつける……?」
少し不安を覚えながらも、大丈夫と言うなら彼女を信じる他はない。キョウタは腕を発射角三十度ほどに構え、さらに空を見つめ「上」を意識しつつ魔力を準備する。
「……バーーーッ!!」
バシュウッ!! キョウタの手から、中玉スイカのようなサイズの光球が発射された。実際の光球の発射角は、およそ四十五度。元々の狙いからは驚くほどにズレこんだが、シェーレの言った通り「上の方」であるので上出来であろう。
……大きな魔力が体内から抜けたことで、キョウタは「疲労感」に襲われ、発射の勢いに負けてガクンとその場に座り込んだ。
そしてシェーレは光球が自分の頭上を通っていったことを確認し、
「はっ!」
――空中を一瞬で移動。光球が放物線を描いて落下し始……めたあたりでシェーレが「追いついた」。彼女の手が光球に触れる……。
するとシェーレの身体は魔力に包まれ、パァッと光り輝いた。
「は、速っ……」
その様子は、上を眺めるキョウタには見えていた。しかしキョウタにとって、シェーレの第二形態による高速移動を見たのは、これが初めてである。
……だが一方で、シェーレは浮かない様子でキョウタの元へ戻ってきた。
「ど、どうしたの……」
「あー、……その、ですね」
「なんか気になるなら、なんでも言ってよ」
「うーん……。いや、こう、あんまり強くなった気がしなくて、です」
キョウタも手を抜いて魔力変換したわけではなく、彼女の役に立つために可能な範囲で魔力を込めていた。なので、ここからさらに大量の魔力を込めるのはまず不可能であろう。
シェーレもキョウタの態度を見て、そのことは理解したようだった。
「いっそ、あたしが第一形態でキョウタさんを強くする、とかですかね……?」
「……ん?」
「でもキョウタさん、言っちゃアレですが、魔力があってもそんなに強いわけじゃないですし……」
疲れた様子のキョウタは、シェーレの顔を見て聞き返す。
「シェーレ、今、なんて……?」
「あ、ごめんです。別にキョウタさんを悪く言いたかったわけじゃ」
「じゃなくて、その、前の……」
「え? 『第一形態でキョウタさんを強くする』って……」
「……」
「キョウタさん? どうしたです?」
「………………」
疲労したキョウタの脳はその働きを弱め、「余計なことを考えなくなった」。言い換えるなら、無駄が少なくなり……。
変換した魔力の光球は、放物線を描いて落ちること。
自分の魔力が大したことないであろうということ。
シェーレの速度が予想以上であること。
シェーレはキョウタよりもまだまだ圧倒的に強いこと。
一方で、シェーレは第一形態でも強化魔法が使えること。
シェーレは死亡して第二形態に変身すること。
キョウタが魔力切れになった時、シェーレが「自分を殺した」と言ったこと。
……これらの要素が何故か、次々と頭に浮かんできた。
「あっ……!」
そしてそれらは結びつき……。
「大丈夫ですか、キョウタさん?」
「シェーレ」
「はい、です」
「ちょっと……、試したいことが、あるんだけど……」
つづく
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