145 何で駆け寄って来るの?

 アフタヌーンティーセットは、三段になっているワイヤースタンドにケーキやサンドイッチ、スコーンが載った皿をセットしたボリュームのあるもので、日替わりで内容が変わって面白くて美味しいため、よく頼んでいた。


 アイリスは一人分でも全部は食べ切れないが、時間停止収納があるおかげで、食べ切れない分は収納して後のお楽しみにして、後で食べている。

 もう六人分は当然、精霊獣たちの分だ。


【アフタヌーンティーセット、八人分ですね。少々お待ち下さい】


 そうは言うが、ホテルにゃーこやのルームサービスは街の食堂とは比べられない程、無茶苦茶早い。時間停止のマジック収納と通信アイテムを活用し、注文の在庫を持ってる近くにいる者をすぐ向かわせるのだろう。悪くならないし、合理的だった。

 三分とかからず、ワゴンに載ったアフタヌーンティーセットが届いた。


 本来は後払いで注文票にサインをし、出立前に清算するそうだが、全部無料VIP客のエアたちは省略されている。食べ終わったらワゴンを廊下に出しておくだけで、さっさと回収されるのでその辺も手間なしだ。

 アイリスに声をかけて、早速、遅めのおやつにする。


 今日のアフタヌーンティーセットは、テリヤキチキンとタラモサラダのベーグルサンド、一口フィナンシェ、一口ラズベリーパイ、一口ピーチゼリー、チーズ味のコーンスナック、一口オレンジババロアだった。


 おやつにしてはボリュームがあるが、色んな種類が食べられるし、シェアしてもいいので人気になってるそうだ。

 本日のアフタヌーンティーセット、と写真を食堂に飾って予約出来るのも上手い商売だった。

 エアが朝食を食べる時間は早いのであまり見たことがないが、アイリスが食べる頃にはあるらしい。


 ちなみに、銀貨3枚とおやつにしては高めだが、食材の鑑定が出来る者がいたらあまりのリーズナブルさに二度見することだろう。

 精霊獣たちは段になった皿では食べ難いかも、と最初は思ったが、器用に猫前足で掴んで食べていたのでまったく問題なかった。

 今ではエアたちより、精霊獣たちの方がアフタヌーンティーセットを楽しみにしているかもしれない。見た目もキレイでどれもこれも美味しそうなのだ!


 貴族のお茶会ではこういったケーキスタンドを使って、見目にもこだわって開催しているのかと思ったが、全然違うらしい。

 お茶会でお茶菓子は出てもほとんど飾りで、クッキーを一つ二つ食べる程度、それ以上食べると「はしたない」と言われるのだとか。

 何だそれは、だが、あまり食べると化粧が取れることもあるのだろう。


 このアフタヌーンティーセットはシヴァたちの故郷で、ちょっと豪華なおやつで流行っていたそうな。ケーキスタンド自体、近隣の国にもないらしい。

 自分たちでも作ってみよう、とケーキスタンドと専用皿を人数分売ってもらっている。


「そういや、お兄ちゃん、十歳ぐらいのどこかのお嬢様と会った?」


「何で?」


「昨夜、お風呂の後で売店に寄ろうとしたら、わたしを見るなり、そのお嬢様が駆け寄って来ようとしてたから。従業員が止めてる間に逃げたけど」


 『ホテルにゃーこや』内は安全なので、アイリスとエアは別行動することも多い。こういったことがあると、一応、護衛に精霊獣をつけておいて正解だったと思う。目的が分からないだけ怖い。


「昨日の夕方、アイリスと買い物前に伯爵家の五歳の坊っちゃんたちと大浴場で会った。風呂から上がった後に十歳ぐらいの姉とも会ったけど、流れで挨拶されただけ。坊っちゃんはフレドリクソン何たら。フレッドと呼んでいいそうなんでそう呼んでる。今日の朝食の時にも会った。

 で、さっき従業員が来て、フレッドがお茶に誘ってるけど、どうしますかって言いに来て、姉もいるって言うから断った。ついでにおやつも頼んだワケだな」


「それだけでお兄ちゃんに執着?」


「さぁ?フレッドから何か聞いたのかもしれないけど、面倒そうなんで」


「十歳か…貴族のお嬢様なら何でも思う通りになるって思ってそうだよね。…あ、でも、ここの客になれるってことは親はいい人ってことだよね?」


「多分。審査してあるから家族も一応は問題ないって判断されてると思うけど、迷惑行為とまでは行ってないからな、まだ」


「まだ。何も言わずに駆け寄って来ようとした辺りが怖いんだけど~。何で普通に歩かないの?挨拶は?」


「さぁ?面倒そうだからさけるだけでいいだろ。どの精霊獣でも索敵能力はおれより広いんだから、会う前にさけられる」


「そろそろ他の街に行ってもいいと思うんだけど、お兄ちゃんはどう?」


 貴族のお嬢様=かなり面倒臭い、という認識は、イマイチ危機感が薄いアイリスでも正しく持ってるらしい。


「いいぞ。ここにもすぐ来れるしな。もっと布が欲しいのならキーラの街に行くか?」


 新しい街でもいいが、内装を構いたいのなら材料が欲しいだろう。布在庫はたくさん持ってはいても、用途によっては使えないものもある。

 エアもこことは違う温泉にも入りたいし、ビアラークダンジョンの側なら色々と遊べる。前にも泊まったちょっといい宿は貴族が泊まるような宿ではないので、会うこともない。


「うん!いい街だよね、あそこって。温泉もあって料理も美味しいし」


「冒険者を引退したら住みたいって言ってた人もいたぞ。たまに行くのと住むのとはまた違うと思うけど」


「そうだよね」


 じゃ、早速、とエアがシヴァに連絡を入れて、さっさとキーラの街に移動した。

 結局、『ホテルにゃーこや』に一ヶ月滞在という予定は短縮され、三週間弱になった。

 VIPパスは無期限なので、また来よう。





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新作☆「番外編64 遅牛(おそうし)でも早牛(はやうし)でも『ぎゅうー』っとしたい」

https://kakuyomu.jp/works/16817330656939142104/episodes/16818093085391324661


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