もう世間知らずじゃないので―アイリスside―

093 まずは現状を把握してみた ―アイリスside―

「…の所、もう二人目だって。アイリスちゃんの所にも、そろそろちっちゃな天使が来るといいわねぇ」


「カーデナル商会のご夫人、のんびりしていらっしゃるから、せかすようなことは言わないと思うけど、やっぱり、楽しみにしていらっしゃると思うのよ。アイリスちゃんは若いけど、ご自分たちはいつまでも若くないからね」


「そろそろ落ち着いて、将来のことを考えた方がいいんじゃないかしら。まぁ、アイリスちゃんは若いけど、旦那さんはそろそろ三十路でしょ?」


「…さんの所、やっとおめでたですって!よかったわねぇ!アイリスちゃんの所もそろそろ…あら、ごめんなさい。旦那さんが全然いないのにおめでただったら、大変よねぇ」


「アイリスちゃんの所もそろそろ二年過ぎでしょ?いいお話ないの?」


「カーデナル商会の息子さん。そろそろ、いい年でしょ?一人息子だし、跡継ぎがいないのは困ると思うの。こういっては何だけど、お互いのために別々の人生を歩むのもありだと思うわ」


「子供もいないのに若奥様でございますって、いうのも滑稽こっけいよねぇ」


「まだ十五、六でしょ?子供が子供作ってどうするのとは思うけど、やっぱり、旦那さん側はそれを期待して若い子と早くに結婚したんだろうに、なーんにもとなると…」


「いくら可愛くても、食うや食わずだった孤児だったからねぇ。身体の成長も遅いし、子供が出来ない身体なのかもよ。もう二年でしょ?」


 面と向かって言われたことから、影でこそこそ言われたことまで、アイリスが覚えている限り、紙に書き出して行く。

 面と向かって言われてないのに知っているのは、アイリスは耳がいいので聞こえたことと、友人・知人たちから聞いた話だった。「だから、この人には気を付けなさいよ」と。

 書き出して行くと、まだまだこんなことも言われたな、と思い出す。

 余計なお世話だが、悪口以外は心配してくれているのも確かなのだ。


 商売柄、ブチ切れたりは出来ないので、にこやかに聞いてるしかないとはいえ、泣きそうになったことは何度もある。

 幸い、アイリスは負けず嫌いなので、グッとこらえていたが、約二年、音信不通だった冒険者の兄と再会し、色々と心配してくれるので、気を抜くとうっかり泣きそうになる。


 会わない間に強く頼もしく、かなり稼ぐようになっていた兄のエア。

 とんでもない人と知り合って、とんでもないアイテムを惜しげもなくくれ、「内緒だぞ」ととんでもないことを教えてくれる兄に、ドン引くこともあれど、本当に優しい人なのだ。


 そろそろ、子供のことでごちゃごちゃ言われる時期だと、何があっても兄は来てくれるつもりだったのだろう。

 左手を失って死にかけた、と聞いてアイリスは青ざめたが、それが兄の転機になったようなので、一概に悪いことばかりではないのかもしれない。



 十五歳で成人してすぐに結婚したのは早まったかも、とアイリスは最近思えて来た。

 旦那のヘンリーは好きだ。義両親も好きだ。

 ただ、交際期間が短いまま結婚したのは間違っていたかも、と今は思う。夫婦でなければ、子供がどうのとは言われないのだ。


 しかし、行商に行くことが多いヘンリーで、突発的に商品手配やクレーム対応に走ることもあり、恋人のままだと本当に情報が入らず……一緒にいたいから結婚したのに、一緒にいる時間の長さは結婚前とほとんど変わらない。


 いや、起きて会う時間はむしろ減っている。

 結婚したことでヘンリーは安心して、行商も増やしているようだし、これはもう飼い殺しされてるようなものでは……。


 ――――――――ゾッとした。


 兄が来てくれなかったら、そんな状況に気付きながらも我慢するしかなかったのかもしれない。


 よくしてくれた食堂のおばさんならかくまってくれただろうが、店と近過ぎて迷惑をかけてしまうだろう。

 便利な魔法や便利なアイテムを手に入れた兄なら、遠い街でもすぐに連れて行ってくれる。


「離婚するかどうかはさておき、家出したら?」


 その兄の言葉に、パーッと明るい未来が見えたような気がした。

 そうか。すぐ決めなくていいのか。

 もちろん、その前に話し合わないとならない。

 すじは通す。

 でも、今度は譲らない。譲ってばかりいた。


 店ではそれなりの働きをしていて、どんどん仕事が増えていても入ったばかりの平店員並の給料から上がらず、持ち帰りの仕事や営業時間外に同業者との交流までしていたが、その分の給料なんて出ず、更に手土産や贈答品は自腹だった。

 ヘンリーに言っても「今度払うよ」でそのまま。時間が経てば、請求し辛いのでそのままになっていた。

 うるさい嫁だと鬱陶しく思われるのも嫌だった。


 そもそも、生活費自体、ヘンリーがいないことが多いので、最近ではたまにしかもらっていないのだ。義父母が夕食をご馳走してくれることが多かったので何とかなっていたが、まったく余裕がなく、家の維持費もかかるので常にギリギリだった。



 店の方はアイリスがいなくても、何とかする従業員ばかりなので問題ない。

 若奥様扱いしていたのは従業員たちだけで、昔からの顧客は「後継者の妻」と言うより、「若い店員さん」扱いだからこちらも全然問題ない。

 同業者の夫人たちのつき合いは今までも義母がメインでやっていて、こちらは尚更にアイリスはいなくても問題ない。


 今後のつき合いや商売のためにも「子供を産んで一人前」という風潮なので、アイリスに一番風当たりが強かったのが同業者の夫人たちだ。

 義母が庇ってくれていたものの、本当に庇うのなら一人で参加すればよかったのに。


 嫁イビリだの、甘やかしてるだの、と義母が言われるのが嫌だったのだろう。




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新作☆「番外編58 新しい風を運ぶさすらいの修理屋」

https://kakuyomu.jp/works/16817330656939142104/episodes/16818093082087156009

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