第5話

 ヘイローが立ち上がる。つられてわたしも立ち上がった。


「さてと。大方話し終えたことだし、お開きにすっか」


「じゃあ、わたしは――」


「もう帰るのか? 折角だから、何か読んで行ったらどうだ。ここの図書館はありとあらゆる本があるんだぜ。そっちだと燃え尽きてしまったようなものも」


 世界中が戦火に包まれた今、本屋はもちろん、名だたる図書館も影響を受けている。傷一つないのは、南極大陸の地下深くに眠ってるここくらいのもの。


「ここは田舎だから無事なんだろうね」


「辛辣だねえ。ま、そのおかげで、再会できたんだ。そのくらい感謝してもいいんじゃないか?」


「感謝してもらいたいのはわたしの方なんだけど」


「ムセイオンへおくってくれて、どうもありがとう」


 わざとらしく言うものだから、ちょっと腹立たしい。誰に似たんだまったく。


 ヘイローが小さく咳払いして、わたしへと近づいてくる。


 そして、抱きついてきた。


 いきなりのことにわたしは身をすくめてしまう。そんなわたしを見てかヘイローがにやりと笑い――その姿は粒子となって消えていった。


 一人残されたわたしは、静寂の中でため息をつく。


 テーブルには二人分のカップ。一つは空で、もう一つはたっぷり残っていた。別に飲んだってリアルでは空腹のままだし、デジタルなドラッグの可能性も考慮して飲まないでいたけど、折角だから飲む。


 苦い。ただただ苦いだけのコーヒー。わたしが大っ嫌いなブラックだった。


 カップを置き、その場を後にする。


 出口まで向かう傍ら、本棚に目を向ける。そこで懐かしいタイトルを見つけた。


「『ハーモニー』……」


 わたしにとっては思い出の小説だ。今やはるか過去になってしまったヘイローとの出会い。はじめて読み聞かせた小説。


 手に取るだけで、すごく懐かしい気分になる。


 わたしはテーブルへと戻り、表紙をめくる。


 本の重さ。日に焼けて茶色くなったページをめくる音。ページとページから立ち上がってくるような、本特有の香り。


 それらすべてが、あの日のことを思い出させる。




 わたしは口ずさみながら、本をめくっていく。あの時と同じように。

目を覚ますと、ホコリぽっさが鼻についた。意識の覚醒とともに、フルダイブ型VR装置のカバーが上がっていく。


 大きく伸びをして、装置から立ち上がれば、崩壊した校舎の教室。埃っぽいその部屋で『対話』が行われることになったのは、ひとえに、機密保持のためだった。


 わたしは部屋の外へ出る。


 隣の部屋では、わたしのことを観察していた研究員か政府の人間が、奇跡だとかなんとか言っていた。


 さび付いた階段を上り屋上へ向かう。とっくに機能を停止した電子錠の扉を押し開けると、風がわたしを出迎える。ポケットからタバコを取り出し、ライターで火をつける。しけたタバコが、細い紫煙を空へと伸ばしていく。


 タバコをくわえながら、フェンスへと近づいていく。以前は高校として使われていたここは、すっかり変わってしまった。運動場には、いくつも爆撃の跡が残っていたし、近辺の図書館は崩壊していた。


 AIはどこにでもあり、どこでも戦場になりえた。ここも、ロボットの製造工場が近くにあったため、戦場となった。


 遠くで爆発音がした。現在進行形で戦闘は繰り広げられている。


 奇跡。そう聞こえたが、確かに奇跡だろう。戦場の真っただ中にいるというのに、わたしのいる場所だけは攻撃されないのだから、奇跡といわずして何という。


 もしくは、神様の加護か。


 ドローンのプロペラ音が聞こえた。どっかの地下にいる神様が、わたしを観察してるんだ。


「何が加護だ、バカヤロー!!」


 わたしの叫びが、青空へ響く。


 こんなことをしていて、何になるというのか。


 ヒトもAIも。


 わたしもヘイローも。


 飛び去って行くドローンを目にしながら、わたしは落としてしまったタバコを拾い上げ、建物の中へと戻る。


 こうなった以上はできることをやるしかない。


 誰も読んでくれなくても、たとえ無意味だったとしても、わたしは物語を編もう。


 ヒトとAIが共存するその日まで。

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そうして、希亜は物語を編む 藤原くう @erevestakiba

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