四十九・露見(二)
現れた女官たちの顔を見て、親しく言葉を交わした覚えのある者がいないことに、ルドカは少しだけ安堵した。
その物々しい様子に、今まで随分と厳しい態度に思えた
女官たちは傍目にもわかるほど震え、青くなっている。耐え切れずにその場でくずおれる者、嗚咽を漏らして泣き始める者もいる。
「この者たちの私物から、ルドカ様の
報告しながら紅玲が歩み寄り、ルドカに革袋を差し出した。
中から現れたのは白銀の抜け髪を束ねたものが四つと、歯の欠けた漆塗りの櫛、翡翠と紫玉で藤の花を象った
背筋を怖気が走った。
「どうして……」
震え声を漏らして顔を上げるが、女官たちとは誰も目が合わない。
「事情は今から吐かせます」
紅玲は五人が半円を描くように並ぶ板間に戻ると、その中央に立った。
そして腰の剣を抜き放ち、感情の見えない静かな声で告げた。
「なぜこんな真似をしたのか説明を。三つ数える間に答えなければ斬る」
最初に切っ先を向けられた左端の女官が、ヒッと喉を鳴らして後ずさった。
「わ、わたくしはただ、頼まれただけでございます!」
「誰に」
「ほ、
(女方士?)
方士とは、
彼らが生み出す方術は医術、占術、霊術、算術など、生活に役立つ様々な技術の源泉となってきた。そのため人々から尊敬されているが、詐欺紛いの行為を働く自称方士も世間に溢れているため、
髪を盗んだ四人の女官は、互いにそうとは知らないまま、その女方士から同じ依頼を受けていたことが判明した。
『王族の髪は神獣の力を帯びているため、祈祷や霊薬に用いれば効果が高まる。王族の側仕えをする女官の衣には抜けた王族の髪がついていることがあり、古来、それを方士が摘まみ取るのは、山野の恵みを得るのと同じ行為だった。よって、少々意識的にその協力をしてもらいたい』
去年の暮れから今年の始めにかけて、月経に伴う休暇を実家で過ごそうと王城を出た際、そう声を掛けられたらしい。
月経とは、初潮を迎えた女性に月一度訪れる、膣から経血を排出する期間のことだ。人により痛みの程度や経血量、日数は異なるが、概ね初日から三日間は痛みも経血量も多いため、休暇にあてられている。
無償の協力ではなく、謝礼として全員が若返りの霊薬をもらっていた。
「若返りの霊薬?」
怪訝な声で紅玲に訊き返され、女官たちはしどろもどろに説明した。枯れた草花が若々しく蘇る霊験あらたかな水の効果を、目の前で見せられたのだと。
「それたぶん、ただの海藻ですわ」
それまで黙って話を聞いていた
「
愕然とした面持ちの四人をよそに、紅玲は残る一人に剣先を向ける。
壊れた櫛と歩揺の飾りを盗んだ女官は、恋人に散々貢いで自由になる金が底を尽き、魔が差したのだと告白した。王族の持ち物はどれも一級品だから、傷物でも高く売れるだろうと。千々と名乗る女方士には会ったことがないと言う。
「盗んだ品は後宮に持って行くつもりではなかったか?」
太王太后との関係を探るために紅玲が鎌をかけたが、「それは
(女官たちも寧珠と同じように、邪術に関わっているつもりはなさそう。きっと知らずに利用されてしまったのではないかしら……でも、どっちが?)
邪術に関することだから、普通に考えたら怪しいのは女方士だが、四人もの女官に声を掛けたというのが解せない。関わる人数が多ければ露見もしやすい。
ならば櫛と飾りを盗んだ女官が、太王太后をかばって嘘をついているのか。
(どちらも決め手に欠けるわ)
考えあぐねていると、藍明が女官たちへ妙な問いかけをした。
「皆さんの休暇は毎月、何日頃ですか? 必ず実家へ戻られるのですか?」
女官たちは戸惑いながらも順に答えていく。ここにいる者は皆、王都に実家があり、休暇のたびに家人が迎えに来てくれるのだという返答だった。
「王都に実家のない者は、与えられた部屋で宮女に世話をさせますが……」
「よくわかりました。十分ですわ」
紅玲がちらりと藍明を見て、しばし間を置いた後、部下たちに退室を命じた。
「女官たちは一室に留め置いて見張りをつけろ。待機組に連絡し、千々と名乗る女方士を見つけ次第捕縛。恋人の男も身元を探れ。寧珠殿は自室へ」
床に座り込んで項垂れていた寧珠は、名を呼ばれてのろのろと顔を上げた。
「見張りをつけさせてもらいます。ご理解を」
「……ええ、そうしてくださいまし。どうぞ、ルドカ様をお守りください」
額が床につくほど深々と頭を下げてから、女官たちと共に退室する。
ルドカは寧珠まで追い出されることに驚き、つい呼び止めそうになったが、ぐっと堪えた。
今は真相の解明が先だ。それでこそ、寧珠の疑いも完全に晴れるだろう。
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