十・霊廟(三)


 半身を捻ってこちらを振り返る姿勢で、青年は、共にどこかへ行く途中だったかのようにルドカを見ていた。

 誘うと言うより命じる調子で、硬い声を出す。


「ここでは話せない。時間がないので、早く」


 手燭を置き、横になるようにと指示してきた、先ほどの不思議な声と同じだ。


 雪解け水を浴びせられたかのように頭が冷えた。

 ルドカは素早く立ち上がり、左脚を後ろに引いた。

 ここは守りの固い王城の最奥。この者は一体、どこから現れたのか。


 ――何者か。名乗れ。


 そう言ったつもりだったのだが、声が出なかった。息を吸おうとすると、まるで水の中にいるように苦しい。思わず喉を左手で掴む。


「だから早くしろと」


 青年が舌打ちして近付く気配を見せた。ルドカは懐に入れていた右手を素早く抜き放ち、前に突き出す。

 鋭い銀の切っ先が青年の鼻先で止まった。懐剣だ。

 動きを止め、青年は、特に感情の浮かばない顔つきでルドカを見た。


「これははくに突きつけるものであって、魂には意味がありません」


 魄とは肉体のことだ。死んだら魂は霊廟に奉られ、魄は墓所に納められる。

 床で寝ている自分のことを思い、ルドカは震えた。

 己を魂だと言ったのか? だとしたら自分にも、関係のない話だとは思えない。

 まさか私は、死んでしまったのだろうか……


「一応言っておきますが、あなたは死んでいません。苦しいのがその証拠です。普通の人間の魂は魄から離れると苦しがる。だいたい四半刻(三十分)以上離れていたら死ぬでしょうね。だから、手短に済ませなければならない」


(何を……)

 眉根を寄せてルドカは、床に膝からくずおれた。限界だった。

 倒れている体に自然と手が伸びる。この中に戻れば楽になるはず――


「また最初からやらせる気ですか」


 伸びてきた青年の指先に手首を掴まれた。驚くほど冷たい。魚でも釣るように無造作にルドカを引き上げ、彼は壁に嵌められた鏡の方へと足を踏み出した。

 そこに映ったのが人間ではなく、二つの青白い光なのを見てハッとする。


(月蛍とは、まさか、人間の魂のこと……?)


 鏡に青年が手を差し伸べ、長い指先で触れた。

 水のように鏡面が揺れ、視界を銀の光が埋める。


 耳の奥で風が唸り、強い水の流れをまともに身に受けるような衝撃が走った。途端に喉や口や鼻が、溺れるようだった苦しさから解放される。


 気付けばルドカは青年に手首を掴まれたまま、霊廟とは全く違う場所に立っていた。仄白い輝きに満たされた、円筒形の空間だ。

 湾曲した壁は白磁のようにつるりとしていて、霊廟の壁画と同じ不思議な文字が墨入りで刻まれている。上にどこまでも伸びていき、天井が見えない。


「何、ここ」


 ルドカは震え声を漏らしてから、自由に声が出せるようになったと気付いた。

 いつの間にか懐剣が手の中にない。取り落としたかと思いきや、懐の鞘に戻っている。この不可思議な状況下では、再び抜き放っても役に立たないだろう。


 代わりに青年の手を振り払い、刃ではなく警戒の眼差しを突きつけた。


「あなたは誰」


 青年は空いた掌をちょっと見つめてから、体ごと後ろに向き直った。


 初めてまともにルドカと相対し、漆黒の瞳を遠慮なくぶつけてくる。

 そして頭一つ分高い位置から、そっけない返答を降らせた。


「兎王のひえ

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