五・慈守羅(一)


 ルドカは青菜を浮かべた粥で腹を温める程度の朝餉あさげを済ませると、寧珠ねいじゅと護衛官の紅玲こうれいを従えて王太子宮を出た。成年に達してようやく臨席を認められるようになった朝議へ赴くのだ。


 兎国王が政治を執り行う宮城きゅうじょうは、王都・白麟はくりんの北辺にある。月兎の神域である銀湖山ぎんこざんが後背を抱き、自然の要害を成している。

 他の三方は堀と城壁に囲まれた堅牢な造りで、華美ではないが、どの建物の壁にも輝くように白い化粧漆喰が施された外観から、白貴はっき城と呼称されていた。

 内部は大まかに、王の家族が寛ぎ生活するための内朝と、政治を執り行うための外朝とに分かれる。王太子宮は内朝の東側にあり、故にあるじを東宮とも呼んだ。


 季節は三月。

 庭園の片隅にまだ雪が解け残る一方で、桃の花が蕾を膨らませている。

 そうした光景に目を留めながら、ルドカは屋根付きの長い渡り廊下を通って、南面する外朝の正殿へと足を踏み入れた。


 議場には既に廷臣たちが集まり、会議を始めていた。

 右後方から小さく「チッ」と舌打ちが聞こえ、思わず背後を振り仰いで微笑む。


「紅玲、顔が怖いわ」

「主が蔑ろにされているのです。いけませんか」


 険しい表情で答えた紅玲は、眼差しの鋭い長身の女性武官だ。女性王族の護衛を主な任務とする娘子じょうし軍の将として、公務中のルドカの護衛官を務める。

 ルドカにとっては、寧珠に次いで心を許せる存在だった。名門武家の出身で、歳は二十五だが、武人らしい裏表のない性格のせいか、もっと若く見える。


 頭の高い位置で一つに纏めた鷹羽色の長い髪を揺らし、紅玲は踵を音高く打ち鳴らした。同色の目で挑戦的に議場を睨みつける。


「王太子殿下、ご来臨!」


 張りのある声が廷臣たちの頭上を通り抜けた。

 皆が一斉にこちらを向き、重ねた両手を顔の高さに掲げて頭を下げる揖礼ゆうれいをする。目上の者に敬意を表す挨拶の一つだ。

 色とりどりの官服を身に纏った男たちが頭を垂れる前を静かに進み、ルドカは一段高い場所に据え置かれた椅子に腰かける。


「楽にせよ」

 公の場で使う格式ばった口調で声をかけると、皆が姿勢を直した。


 最も近い場所に、一際目を惹く白銀の髪がある。天を支える柱であるかのように、すらりと姿勢よく立っている。

 宰相兼ルドカの後見役として国政の万事を取り仕切る、叔父のジスラだ。

 檀上にいるというのに、座ったルドカの目線は彼より低かった。


 ジスラは齢三十の男盛り。

 文官でありながら、その鍛え抜かれた体躯と武芸には大将軍も舌を巻くらしい。

 暁の色をした鮮烈な目に数秒も見つめられたが最後、老若男女を問わず深刻な熱病に陥り勝手に息の根を止めると、まことしやかな噂が囁かれる美丈夫である。


 要するに、官民を問わず非常に人気が高かった。

 その蠱惑的な叔父と目が合い、ルドカは口を開く。

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