二・華国世話
かつて、
神獣の中の神獣・
やがて爛熟を通り越して腐敗に至り、〝蒙〟による惨禍、即ち蒙禍を呼び寄せはしたものの、今でも華瞭原に住む多くの人たちは、誇らしげに華人の末裔を名乗る。
音と意味を同時に表す〝
お陰で歴史が記されるようになり、当時の政治文書や逸話が
その中に、件の故事があるのだ。
『徐帝は側室を持たず、正室に
帝の崩御が間近となった時、公主は女の心身を理由に自ら廃太子を宣言し、その地位を帝の弟である叔父に譲り渡した。
女の御代は天が割れ大地が崩れると伝え聞き、憂い嘆いていた民草は、公主の英断を知るやそれを褒め称え、婦女子の鑑と口々に噂した。
その評判は遠く大陸の西方にまで及び、多くの良縁をもたらした。』
この故事のお陰で、女王は不吉だと皆が思うようになったことは間違いない。
個人個人の思いは希薄でも、数が集まればそれは力となる。
――女王を立ててはならない。
実際に何かが起きていなくとも、そう思う者が多いのであれば、避けようという方向になる。身を引く女王太子が続けば、それはますます現実となる。
ルドカは、その流れに唯々諾々と自分も乗るのが嫌だった。
自分が王の器であると奢るわけではないが、王の子に生まれた以上、男ならば器の如何を問わずして序列に従い玉座に就く。そこに女が加わると途端に排除されるのが不思議だった。しかも根拠は、既に滅亡した帝国の、真偽も不明の逸話だ。
それならいっそ、女子には継承権がないとすればいいのに、そういうわけでもない。この煮え切らなさは何なのか。
なぜ今まで、誰も疑義を挟まなかったのか。
もしかしたら単なる慣習というだけで、その気になれば、女でも即位できるのではないか。
昔からルドカは、疑問が湧くと、とことんまで追い詰めてしまう性質だ。
納得できれば、父の言葉に従って身を引くも
だが、その納得がまだ訪れないのだ。
それにこれは、自分ばかりの勝手な思いというわけでもなかった。
「兄上が……」
ぽつりと漏らした言葉に、寝台の柱に
「セドク様ですか? お懐かしいですね」
ルドカはこくりと頷き、開け放たれた帳の向こうから吹き込む風に首を竦めた。
「兄上が仰ったの。機会が訪れたら、胸を張って即位しろって」
朝の光が、飾り格子の嵌められた花窓から室内に零れ落ちている。
その柔らかな明るさは、亡き兄の笑顔を思い出させた。
いつも穏やかで聡明だった兄が憤りを露わにしたのは、思えば、この故事を習った時だけではなかったか。
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