私達魔法少女は、エンターテイメントをお届けします

芦舞 魅花

第1話 就活する魔法少女


服装は黒いビジネススーツ。長い髪を後ろでひとつに束ねたシンプルな髪型。

そして、緊張で強張った顔をむにむにマッサージしながら渋谷のスクランブル交差点を渡る。


こんな私が実は魔法少女だなんて誰も思わない。


「魔法少女アイドルグループみらくるの、モモちゃんこと緒川桃子でーす!」

突如知っている名前が頭上から聞こえ見上げる。

そこには、大きな街頭ビジョンに映るよく知った顔があった。

「渋谷を歩いているそこのあなた!かわいいね!なんて名前なの?」

モニターの彼女がカメラ目線にまっすぐ指をさす。

「よかったら私と一緒に魔法少女アイドル!やりませんか?」

四方八方に呼びかけてから、キラキラの笑顔で手のひらを開いて見せる。

「魔法少女アイドルグループみらくるは、ただいま5期生を大募集中でーす!」

「あ!モモちゃんの5期生募集の広告!ここでも流れてんの?すっごーい!」

近くにいた女子高生グループがキャッキャとはしゃぐ。

「私応募してみようかなー」

「えーいいじゃん!魔法少女なってよ!みんなに自慢しちゃうからー!」

あはは~と能天気な笑いを残して私の前を通り過ぎた。


「…やめといたほうがいいよ。魔法少女なんて」


交差点を抜け少し歩くと薄暗い路地に入る。

人が溢れている渋谷だけど、ここまでくれば別の地域に感じる。

私は薄暗い路地を通り、人気のないビルの外階段を登った。

今にも靴づれをしそうな慣れていないパンプスでカンカンと階段を鳴らしながら。


3階について勢いよくドアをあける。

書類の山を抱える女性がこちらを振り向いた。

「あー!久しぶりじゃない?結ちゃん!」

この女性は足立裕子。

この廃れたビルにひっそり事務所を構える魔法少女事務所「エンブレム」の事務員。

「…お久しぶりです。裕子さん」

「あれ、その恰好…もしかして就活?」

「え、あ、はい。このまま魔法少女で食べていく自信私にはないので…」

「そんな…。というかその事、桃子ちゃんには話してるの?」

「いや、桃子は忙しいんで。大学を無事卒業できるかわからないぐらい仕事が詰まってるって聞いてますし」

「ダメよーちゃんと話さなきゃ。幼馴染で、しかも同期なんだから」

「は、はい…」

「たしかに桃子ちゃんはもう移籍しちゃったけど、結ちゃんはうちに残ってくれて感謝してるんだから。そんな大切なあなたの大切な友人でしょう?事務所としても失ってほしくないのよ」

「あはは…」


裕子さんは、お母さんみたいな存在だ。

大学1年生になったばかりの春、興味本位で桃子と一緒に応募した魔法少女という仕事。その頃エンブレムはまだ立ち上げたばかりの会社で、社長も裕子さんもアットホームな雰囲気で私達を迎え入れてくれた。まさに東京のお母さんとお父さんだ。

現在魔法少女という職から逃げるように就活をしている私だって、最初は事務所を大きくしてあげたいという気持ちで魔法少女活動に励んでいた。


魔法少女の仕事は、主に夜出没する「悪霊(アクム)」とよばれる敵を倒し、一般市民の安全を守ること。一回で報酬は1万円。バイトにしては高いように思えるけど、悪霊の討伐に失敗すると、怪我だけでは済まず最悪の場合死に至ったり行方不明になってしまった事例もある。


それほど危険な仕事なのだから、この報酬額ではなんだか安く感じてしまう。


そんな危険な職業でも、魔法少女を志す若者は年々増加傾向にある。

きっかけはおそらく魔法少女という職業がアイドル業界に進出したことだ。


「うちの事務所は、テレビ局とかの繋がりが弱いからアイドル事業には手を出せないんだけど…でもその代わり魔法少女としての仕事ならある方だと思うわ。結ちゃんが大学を卒業してもこの仕事だけで食べていけるよう仕事を回すから…私的には事務所を辞めないでほしいのよね」

「あぁ…ありがとうございます。でも、その…親にはあまりいい顔をされないので」

「あら、それなら仕方ないか」

「はい」


この職業を続けるか続けないか。

この話題になると咄嗟に嘘をついてしまう。

その罪悪感でいつも胸がズキっとする。


少し沈黙。元気のない私に気を使ったのか、裕子さんは私に留守番を任せお使いに出かけてしまった。

静かになった事務所で、私はなんとなくテレビをつける。

その画面に映ったのは、歌番組のステージで輝く緒川桃子だった。


緒川桃子。

大手の魔法少女事務所「森谷プロダクション」が手掛けるアイドルプロジェクトに唯一スカウトという形で参加をした私の友人であり同期。

アイドルグループ「みらくる」の絶対的センターでリーダーも務めている大人気魔法少女だ。魔法少女としての仕事も超一流で彼女を追ったドキュメンタリー映画がつくられたほどだ。


私と彼女は、小さい頃からいつも一緒にいた。

小さい頃から、彼女の可能性を、ずっと近くで感じていた。

元から遠い存在だということを理解しながら、それでも隣に居たかった。

それが私、白木結だ。


桃子が森谷プロに移籍するとき「この子も移籍させてくれませんか」と私を森谷社長に紹介してくれたことがあった。でも結果はNGで、桃子は1人で移籍する事を決めてしまったのだ。

「私は結がいなきゃ何もできない。だから一緒がいいの」

小学校の修学旅行も、中学校の部活も、高校の生徒会も。

この言葉を受け止めて私は全部全部一緒にいた。


桃子は別に私がいなきゃ何もできないわけじゃない。

ただ一緒にいたくてこうやってわがままみたいに私に隣にいて欲しがっていた。

こんなに素敵で才能ある子が私を必要としてくれる。

私はそれが素直に嬉しかった。

だから最初は怖いと思っていた魔法少女にだってなったのに。


桃子は私を置いていく選択肢を選んだ。


その後、桃子とは会っていない。私が連絡を絶った。

でも桃子は健気に短いメッセージを毎日送ってくる。

毎日テレビにもでて、魔法少女の仕事もこなして忙しいはずなのに毎日メッセージをくれる。


「…でも私を選んでくれなかった事実は変わらないもんな」


スマホの通知。桃子からだ。既読はつけないが、内容だけは通知欄でたまに見る。

いつも短い文章なのによくあんな言葉のボキャブラリーがあるよな…。

私の視界に通知のメッセージが入る。


「にげて」


その瞬間だった。


ガッシャーン


窓が割れて黒い何かが勢いよく事務所に入り込んできた。

黒い何かがモゾモゾと動く。

その姿に、久しく魔法少女活動をしていない私でさえ正体に勘づいた。


「悪霊だ…」
























































































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