断片:7 (その2)


「その代わりに、イゼルキュロスを追いつめ、捕らえるか殺すかしなくてはいけないのね」


「殺す、ってのは不可能だろうけどな」


 アシュレーはそう言って、自嘲気味に笑ってみせた。


「……何せ、戦科研が生みだした実験体の中で、一番殺傷能力の高い危険なヤツが、イゼルキュロスだからな。少なくとも俺が受け取った資料にはそう書いてあった。最初のうちは、そりゃ半信半疑だったさ。見た目は普通の女の子だし……だが、まさかあんな風になるとは」


「アパートでの、あれね?」


「恐らくあれが、イゼルキュロスにとっては完全体というか、本来の姿なんだろう。羽化が完全に完了すれば、また人間そっくりに偽装する事も出来るのかも知れないが、さなぎになっている間、それからそこから羽化した直後……その間だけは、偽装そのものも満足に出来ないんだろう。そこでイゼルキュロスのやつは、自分の偽装時の姿にそっくりな、自分のコピーのような物を創り出して……そいつに、自分が羽化している間の運搬をさせたんだと思う。……メアリーアン、多分君はそういう存在なんじゃないのかな」


「……」


「まぁイゼルキュロスのコピーとしては、あんまり完全とは言い難いけどな。人間そっくりの格好をしているだけで戦闘能力はないし……それに……」


「それに、記憶も不完全だし、人間の食べ物も受け付けないし」


 今度は私が、自嘲気味に笑う。


 そうか、そう言うことだったのか。


 今の話はあくまでもアシュレーの推測に過ぎなかったけれど、きっとそれが真相なのだろう。私はイゼルキュロスの粗悪なコピーであり……そしてきっと、役割が済めば捨てられていく、使い捨ての存在なのだろう。コピーとしてもあまりに粗悪で使い物にならないことからもそれはあきらかであるように思えた。羽化したイゼルキュロスが、再び人間そっくりに偽装できるようになれば、私はそこで用済みだし……それにもし偽装が今後も不可能で、私のようなコピーが必要だとして、多分私の損傷が激しくなれば、イゼルキュロスは新たなコピーをつくる、ただそれだけの話なのだろう。


 イゼルキュロス。あなたと私の絆とは、多分それだけのものに過ぎないのだろう。


 その場に重い沈黙が流れた。それらの事実を、私はどう受け止めればいいのか……何とも言い難かった。


「……まぁ泣くなよ。世の中そんなに悪いことばかりじゃないだろ」


 アシュレーがそんな風に私を慰める。彼に指摘されてはじめて気付いたが、私は泣いていた。号泣と言っていいくらいにどっと涙があふれ出て、視界が歪んでいた。


「悪いことばかりじゃないって、じゃあどんな良いことがあるというのよ」


「それは知らん。俺に訊くな」


「気休めに、いい加減な事を言うのはやめて」


「お前には未来などない、と言い切れるほど俺も非情じゃないもんでね」


 そう言って、アシュレーは苦笑した。


「しかし、なぁ……おかしな事を考えなきゃよかったよ」


「おかしな事?」


「列車の中で、さっさとお前を捕まえていれば良かったんだ。……覚えているか?」


「……あの時あなたは、さも私の知り合いのように振る舞っていた」


「ああ……いや、だってまさかお前が本当に俺の事を忘れてるなんて、思いもよらないじゃないか。本当にイゼルキュロス自身が記憶障害であんな状態になってたんなら、友達を装って、上手く騙して王都に連れ帰れりゃ、荒事にならずに済むぞ、っていう下心があったんだけどな」


「それで、私を言葉巧みに騙そうとしていたのね」


「正直、女を騙すのは俺の柄じゃなかったんだが……」


「そう? 結構さまになっていたわよ?」


 私はそこで、声を上げて笑ってみせた。傍目から見れば、生首を抱えたまま談笑しているのだから、相当不気味な光景であったかも知れないけれど。


 ひとしきり笑ったあとで、私はため息をついた。


「……これから私、どうすればいいんだろう」


「これから先どうなるのか、俺の処遇も気になるけどな。イゼルキュロスは何て言ってるんだ?」


 アシュレーがそんな風に軽口を叩いたとき……スーツケースの中から声が聞こえてきた。


〈あなたとはここでお別れよ、アシュレー〉


「おや、だいぶ冷たい物言いだな。メアリーアンとも仲良くなれたんだし、せっかくだから俺を連れて行っちゃくれないかい?」


〈彼女はどうせすぐにあなたのことなんて忘れるわ〉


「それまた酷い言いぐさだな」


 アシュレーはフン、と不満げに笑う。

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