そっくりな二人

三咲みき

そっくりな二人

「お父さん、まだ食べてない………」

 愛莉あいりは両親の寝室から出たあと、リビングでテレビを見ている母に言った。

「あんまり好きじゃなかったのかなぁ」


 愛莉はため息をつきながら、母の正面に座った。


「そんなに気にしなくても、そのうち食べるわよ」


 母は興味のなさそうにせんべいをボリボリと食べている。その視線はテレビに向いている。


 先週、愛莉の父は五十歳の誕生日を迎えた。彼女が社会人になって初めての、父親の誕生日。五十の節目ということもあって、盛大にお祝いしようと思ったのだが、結局何も思い浮かばず、無難に百貨店で買ったチョコレートをプレゼントしたのだ。


「花形とかハートとか、ちょっと女子すぎたかなぁ」

 花の形に加工されたものや、色鮮やかな色でコーティングされたものなど、思わずうっとりするような可愛らしいデザインのチョコレートをあげた。


「可愛すぎて、もったいなくて食べられない、とか」

「お父さん、そんな性格に見える?」

「………見えない」


 愛莉の知っている父は、厳格で寡黙だ。そして食べ物に対してあまりこだわりはない。

 ちょっと変わったチョコレートだろうと、所詮はチョコレート。「可愛くて食べられなーい」なんて、絶対に思わないだろう。


「早く食べないと賞味期限切れちゃうよ。ねぇ、お母さん。お父さんに食べるように言ってよ」

「自分で言いなさいよ」

「やだよー。だってお父さんと普段話さないし。なんか、言いにくい」


 父と言葉を交わすのは「おはよう」や「おかえり」くらい。プレゼントを渡す時でさえ、寝室にそっと置いておいたくらいだ。だから、面と向かって話すのは、なんだか照れくさい。


 愛莉は小さくため息をついた。




***




「………って、あの子が言ってましたよ」

 その夜、父が夕食を食べているときに、母は昼間の話をした。愛莉は今、自室にこもっている。


「せっかくあの子が買ってきてくれたのに、何で食べてあげないんですか」

 父は箸をとめて、ボソボソと何かを言った。あまりの声の小ささに母は聞き取ることができなかった。

「なんて言いました?」

「………もったいないから。せっかくあいつが買ってきてくれたんだし………。すぐに食べるの、何だかもったいなくて………」


 それを聞いて、母は盛大にため息をついた。

「そんなことだろうと思いましたよ」

 それを聞いて父はムッとした。


「だって、あいつが初めて自分で稼いだ金で、プレゼントしてくれたんだ。食べてしまうの、なんだかもったいないだろ。………うれしかったんだよ」

 恥ずかしそうにごにょごにょと「うれしかったんだよ」と言うから、母は思わず笑みをこぼした。

「それ、あの子に言ってやったらどうです。喜びますよ」

「いやぁ。普段あんまり話さないから、面と向かって伝えるのが、なんだかこそばゆくてなぁ」

「ほんと、そういうシャイなところ、そっくりなんだから」

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そっくりな二人 三咲みき @misakimaru

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