第6話

 手入れされた木立が並び、木製のベンチが等間隔で配置されている。彼らが並走する緑道の下は、古い用水路が通っている。

 パルコはこの緑道を通るたびに、父親との記憶を思い出す。


 少し肌寒い春の季節に、小さな自転車に乗ってサイクリングに来たのだ。そして、水分補給のために緑道のベンチに腰掛けて、父親が語るウンチクに耳を傾けていた。


 緑道の下には、暗きょと呼ばれる地下水路が走っているという。それはパルコにとってワクワクする源泉のようなものかもしれない。

 目に見えないところにも、思いもよらない何かが存在していると感じた瞬間だった。




 たった五分前、秘密メンバー全員で決議をとっていた。


 その議題は、緑木少年を廃工場に同行させるか否かという臨時の対応だった。

 というのも、彼と別れようとしたら、一緒に行きたいというのだ。


「皆んなおそろいでどこに行こうっての? こんな夜分遅くにさ、家の人は知ってるのかい?」


「どうだっていいだろ? お前だって学区が違うってのに、こんなところで何で油を売ってるんだ? 家族は知ってんのかよ? 心配してるから早く帰りな」


 閣下が強い口調で言った。


「家族なんかいない。引っ越してきたばかりだし、友達もいないんだ」


 辺りがしんと静まり返った。


「冗談だって。ハハッ本気にした? でも、引っ越して来たのは本当なんだ。だから……友達はいない。君ら面白そーだから、オレも付いていっていいかい?」


 急に四人とも、緑木に対して同情心が湧いてきてしまった。確かにこんな遅くまでほっつき歩いてるのは、どこか変で本当に寂しそうだった。


「ちょっと四人で話しをさせてくれ」


 閣下が困っていた。閣下は彼のことをほっとけないのだろう、とパルコは思った。


「どうする? アイツを連れていくか? オレとしては秘密メンバーの一員じゃないやつを急に仲間に入れるのは反対だ。それに、この秘密はパルコの親父さんのことだろ? どこぞの知らんやつが入ってきてもパルコも困るだろ? けれどアイツをほうっておいてみろ、うちの学校に今夜のことを通報されてもオレらも困るじゃないか」


「そりゃ僕だって反対だよ。でも緑木くん、ちょっと面白いやつじゃない?」


 アンテナが少年を擁護して言った。


「だからって友達でもないやつを急に秘密メンバーにする理由はないだろ? 大体、何でお前は仲良くなってんだよ」


「こんなことになるなんて思わなかったもん……秘密のアダ名を言っちゃったことは謝るけどさ……」


 そう言って、アンテナは申し訳なさそうにパルコに顔を向けた。


「確かに面白そうな人ではあるよね。こんな夜に変なやつ。僕は一緒に来てもらってもいいと思うけど? ただ、お父さんの手紙のことは秘密メンバーになるんだったら言ってもいいかな」


 パルコの父親もアリジゴクに心ときめかせる人間だった。初対面なのに緑木に親近感が湧いたのはそのためだった。


「なるほどな。仮のメンバーってことだな、よし。キキは?」


 こういう時は、キキの気分しだいでもあると、閣下もパルコもアンテナも思った。キキがパルコに耳打ちする。


「……」


「秘密のアダ名をつけてあげれば? だって」


 パルコが代弁した。


 というわけで、緑木の秘密のアダ名はファーブル昆虫記より「ファーブル」に決まった。


 時間もなかったし、仮メンバーだし、パルコの提案がそのまま通ったのだった。


 こうして五人はサイクリングロードを自転車で走り、廃工場へと向かったのだった。

 



 各自、家を抜け出した四人は、ある日パルコが思いつきで設立した秘密組織に属している。


 しかし、秘密組織の名前はまだない。正式名称は、例え小学生といえど、ふさわしくない名称はつけたくないのだ。

 つまり、しっくりくる秘密組織の名前がさっぱり思い浮かばないのだった。


 この秘密組織の活動は、メンバーがそれぞれ持ち寄った「秘密」でその活動が成り立っている。


 例えば、今までおこなった活動といえば、


 ・マーヤ先生がいつも自慢げに話す彼氏の存在確認(これについては、先生の脳内だけに存在していることで調査完了済み)


 ・街の郊外でうわさされている四つ目の信号調査(未解決)


 ・幸運のグリーンフラッシュを見た生徒の捜索(未解決)


 ・夜中の国道バイパスに出現する巨大な貨物車(未解決)


 ・謎の地鳴りの調査(未解決)


 などである。


 そして、新たに加わった秘密が「王国銀貨と父親の暗号」である。これについては、パルコはじめメンバー全員が、報告結果を出せると信じている。




 市境にある山寄りの謎の廃工場、そこがパルコの父親が暗号化した座標の示した場所だった。


 順調にサイクリングロードを走り抜けた五人は、街灯が少なくなった町に入り、やがて段々になっている人家を抜けて、なだらかな山の坂道に突入していった。 


 暗い森林の中の道を、五人はがんばって走っていた。下級生のキキは弱音を吐かなかったが、必死になっているのがわかった。


 やがてアスファルト道が砂利の道に変わり、またボロボロになっているアスファルト道になった。

 目の前に白い建物が林をはさんで見えていた。そこでY字になっている分かれ道にさしかかった。


 坂道で、もうこれ以上自転車で向かうのは、ひどく疲れてしまうだけだった。


 閣下の提案で、分かれ道の中央にほとんど鉄骨だけになった古看板があるので、その裏に自転車を停めて歩くことにした。

 鉄骨だけの古看板の根元は茂みがあって、手頃に自転車が隠せたのだ。閣下は皆んなに向けて話した。


「準備はいいか? ライトを持てよ。パルコが持ち寄った秘密だから、ここから先はパルコが指示するんだ」


 待ってました! と言わんばかりに、パルコがヘッドライトを点滅させて応えた。


「了解! 皆んな集合! 役割分担します!」


「役割分担?」


 ファーブルが何が何やらわからずにアンテナに尋ねる。


「しっ!」


 アンテナは口元に人差し指を置いて、ファーブルに静かにするようにうながした。


「危険察知係……閣下!」


「うす。いつも同じ係だけどな」


「報告書作成、心配係……アンテナ!」


「任されました!」


「ムードメーカー……キキ!」


「……!」キキが勇んで敬礼している。


「タイムキーパー……ファーブル!」


「はっ……はい!」


「ファーブルは初めてだから、最初の時計合わせは僕がやるよ。今日は五〇分後には帰路につこう。何があっても時間厳守だから。二〇秒後にストップウォッチスタートだ。ファーブルは随時残り時間を皆んなに伝える役だからね」


「わ、わかったよ……!意外としっかりしてんだな……」


 ファーブルはあわてて、自前の腕時計からストップウォッチ機能の設定をしだした。あせるファーブルに構わずパルコは話す。


「この廃工場には僕らが知らない秘密があるはずなんだ。それを何としても、今夜確かめるんだ……!」


 閣下、アンテナ、キキはうなずいた。ファーブルはキョトンとしている。


 五人はパルコの音頭で時計合わせをして、足早に廃工場に向かった。


 パルコはライトを持っていないファーブルに予備の携帯ライトを貸した。


「助かるよ!……こんな冒険、オレ初めてだから!」


 その言葉を聞いてパルコは嬉しくなった。これは僕たちだけの冒険なんだ。

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シンクの卵 名前も知らない兵士 @unknownsoldier2023

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