第5話


 夜空は星が瞬き、月の光が白い雲に反射している。そのきらめきによって、田舎町がアッシュブルーに照らし出されていた。だから、夜でも明るかった。


 こんな綺麗な夜は、いつもよりワクワクするとパルコは思った。


 これから「ホチホチ灯」の真下で、閣下と落ち合うことになっていた。それからタコ公園に向かい、塾の帰りのアンテナと合流することになっている。


 本当に、こんな夜遅くに皆んな来るのだろうか?パルコは心配になってきた。


 自分だけが約束を守るだけになるかもしれないと思い、急に心細くなった。

 そうなれば、自分一人だけで廃工場に行くことになるのだろうか?


 街中から少し離れた農道で、閣下が自転車をこいでいるのが見えた。


 パルコは小躍りしたくなるくらい嬉しくなった。ヘッドライトを点滅させて、閣下にサインを送ってから合流する。



 近くの高架まで来た時、橋の上をうなる轟音とともに高速で新幹線が通り過ぎる。新幹線の窓の明かりは高速の直線となり、細長い眼光を作り出していた。


 それが閣下とパルコの顔をはっきりと照らし出す。猛烈に長い架空のイモムシのようだ、とパルコは思った。


 農道沿いに、用水路をはさんで薔薇を栽培する温室が並んでいた。その用水路手前に「ホチホチ灯」があった。

 いつも電灯がホチホチと点滅しており、光が切れそうで切れなかった。


 ホチホチ灯を横目でスルーして、二人はそのままタコ公園に向かった。途中、自動販売機で飲み物を買って(アンテナとキキの炭酸飲料も買った)また濃くなる夜の中、自転車を走らせたのだった。

 


 

 公園の中心に巨大なピンク色のタコのモニュメントがあり、タコの口から横幅な滑り台が延びている。

 ピンクのタコは、昼間のタコと打って変わってくすんでいて、さらに照明に照らされて不気味な生物になっていた。


 うねっている八本足も暗闇に浮かび、まるで夜の海に現れたようだった。ちなみにタコの頭の中と何本かの足には、複数人が入れるドーム状の空間がある。


 くすんだタコから一番近い照明の下にパルコと閣下がいた。近くに二台の自転車が並んで置かれている。


「アンテナはどこかな?」


「駐輪場に自転車があったからな。似たような自転車がもう一台あったけど……」


 周りを見回す二人に、タコの口から声がした。


「おーい、ここだよ」


 アンテナがタコの口(滑り台)から登場した。もう一人の人影がいた。


「遊んでる時間はない、早く降りてこいって」


 閣下がムッとして言った。


 こんな夜遅い時間に、騒いで警察に補導されるのが面倒なのだ。こんな時間帯に出歩いていること自体、バレたら大問題なのだ。


 軽やかに滑り台で降りてきたアンテナがすぐさま言った。


「実はさ、早く着いちゃって怖かったんだ。タコのドームの中で待ってようとしたらさ、来客がいたんだよ! あの人!」


 そう言ってタコの滑り台を指さした先に少年がいた。彼も滑り台をさっそうと滑って現れた。


「え?」

 閣下とパルコが口をそろえた。


「誰だよ?」

 また二人は口をそろえた。


 目の前に初めて見る少年が立っていた。少年は白いジャンパーを着ていた。一回り大きいサイズで少しブカブカだったが、こなれていて似合っている。


「一人でいるのが怖いから一緒にいてもらったんだ。彼も塾の帰りなんだってさ。別の塾だけど。僕とパルコと同じ五年だよ」


「あっ」

 パルコは声を出したが、それ以上は言わなかった。


「アンテナのやつ、僕の秘密のアダ名を他人の前で、しかも初対面の人に言うなんて……!」とアンテナに注意したかったが喉もとでそれを抑えた。


「パルコ? パルコって?」


「あっ! 秘密のアダ名なんだ! しまった! ごめんよパルコ!」


「プッ……何だよそれ?」


 少年が吹き出した。パルコは赤面した。


「……ふーん。こんな遅い時間にタコの中で何してたの?」


 閣下がつっけんどんな口調で聞いた。


「……ウスバカゲロウの幼虫がいないかなって思って。ベンチの下とか、木の根元とかに」


「幼虫だって?」


 閣下が不審に思った。


「アリジゴクでしょ?」


 パルコが言った。前に父親と探しにきたことがあったのだ。


「知ってるの? この公園にいるかな?」


「運が良ければ発見できるよ。でも、いることはいるよ」


「そうなんだ!……オレ、緑木(みどりぎ)」


 少年が自分の名前を言おうとした時のことだ。


「あ」


 アンテナが指をさしてあぜんとした。全員がタコの口に注目した。


「……」


 キキが「あたしです」って感じでひかえめに手をあげている。


 これから探検に出るため、スカートではなくジーンズ姿だ。小さなナップサックが可愛かった。


「自宅で待ってろって言ったのによ……。アイツもかよ」


 閣下が言い放った。

 それから彼女も大胆に滑って登場した。


「どいつもこいつも予定通りにいかないやつだなあ」


 閣下がブツブツ言っている。

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