第4話
「ここに行けってことなんだと思う」
干からびた丸い池の縁に座りながら、パルコは皆んなに計画のことを話した。
パルコたちは、どうしても秘密に話したいことがあると、誰にも見られないように、聞かれないように、定期的に集まる場所を変えている。前回はたまたまクライミングネットの頂上で話していただけだ。
学校の裏庭にある、ここ干からびた丸池にはもともと金色の鯉がいたが、ある日、鯉が死んでしまってからどういうわけか池の水が干上がってしまった逸話がある。以来、生徒はこの水のない丸池に寄りつかなくなったという。
今朝からパルコは大忙しだった。
自分がやろうとしていることが、とても大それたことで「誰にもバレないこと必至(マスト)」だからだ。
パルコは、暗号が指し示す廃工場に忍び込む計画を入念に立てたのだ。
「オレこの場所知ってる。市境の廃工場だよ。サイクリングロードを通れば、そんなに遠くない」
閣下が言った。次にアンテナが念を押した。
「ほんとに今夜なの?」
「うん、今夜しかないよ。アンテナの塾も遅い時間に終わるし、閣下の親も夜勤でいないし、キキのところは義両親が家族旅行でいないし、僕んところも母さんが気持ちよくお酒におぼれる日だから都合が良いんだ」
「パルコが言うんだ、潔ぎよくあきらめろアンテナ。交換日記でもパルコがちゃんと皆んなの予定を調整した結果なんだ。四人が今夜集まれるのは今日しかない。お前がオレんちの外泊を許されてるのは、塾の帰りが遅くなる日しかないんだし」
「そりゃそうなんだけど……昨日の今日でしょ? 心の準備ってのが必要でしょ? 懐中電灯の電池あったかなあ」
「オレのをやるから。これでこの前みたいに寝すごすことはないだろ」
「じゃあ、この前買ったゲーム持ってくね」
「緊張感のないやつだなあ。まずは教育ママから今夜の外泊許可をしっかりとってくれよ」
アンテナの母親は教育ママだ。それゆえ、全国小学生模試トップレベルの成績を誇る閣下の家なら、塾の帰りが遅くなる日だけ外泊を許されている。閣下の親が夜勤だろうと、そこらへんは閣下がうまくやってくれるとパルコは算段した。
四人はいつも交換日記を回している。
それはイラストやなぞなぞが書いてあったり、放課後の遊ぶ約束だったり、とりとめのない内容ばかりであるが、実は大切なことはブラックライトでしか見えない文字で書かれている。
その文字が書ける小さなペンと小さなブラックライトがキーホルダーとして売られているが、それが「スパイペン」なのだ。(去年神社の祭りの屋台で四人とも買った)
授業の合間にスパイペンでメッセージを書き、放課の間に次に回すメンバーの下駄箱に交換日記を入れておく。万が一、先生や生徒に見つかっても、その内容はくだらないことや落書きだ。
今朝の授業中にパルコは今夜の計画を書いて、メンバーの予定を聞いていたのだった。
「よし、じゃあ今夜九時半にタコ公園に集結だ。キキはオレらが窓を叩くまで、自宅でちゃんと待ってろよ。それから四人そろってサイクリングロードに乗って行く。それが一番早い」
「了解!」
パルコとアンテナは声をそろえ、キキは額に手を構えて敬礼の姿勢をとった。
そして、数字の暗号を解読したキキの功績を称えて、皆んなでお金を出しあって、キキに特製バッジを贈ることが決まった。
パルコはベッドに潜って、腕時計のバックライトを何度も点けて出発時刻が来るのを辛抱強く待っていた。
というのも、母親が毎晩決まった時刻にパルコの寝顔を確認しにくるからだった。その巡回はさっき終えたばかりだった。途中、何度も眠りそうになったが、予定時刻まで何とか持ちこたえた。
いつものように赤いダウンジャケットを着て、用意しておいた青色のナップサックを背負った。
そして、黒いゴムバンドのヘッドライトを頭に装着した。
パルコはゆっくりと部屋のドアを開けて、ほの暗い廊下から階下の様子をうかがった。
居間では、湯上がりの母親がテレビ番組を観ている。ダイエットがどうのこうの言っているわりには、この時間帯にはホットワインとクセのあるチーズを美味しそうに食べている。
明日は仕事が休みだから、彼女はこのままソファで寝落ちするにちがいない、とパルコは推測した。
居間の明かりで、一階へと下りる階段は半分くらい見えている。
パルコはそろそろと忍び足で下りた。そのまま暗い玄関で目を凝らしてスニーカーを手探りで発見して、それを抱えながら、静かに玄関ドアのサムターンを回した。
次いで、音を立てないようにドアを開いて、外側から鍵をかけ直した。
大きく息を吐いて、パルコは、やっとの思いで家から抜け出したことを実感した。
軒先きで待つ愛車(クロスバイク)にまたがり、辺りを見回してから、パルコは自転車のペダルを強く踏み込んだ。
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