第3話
翌日から、彼らの調査が始まった。
図書館に集まって色々な図鑑をあさることにしたのだ。パルコの父親が送ったものが暗号だとしたら、きっと解けない問題じゃないと四人は結論づけた。
意外にも、カードのブロック図が何なのかは、すぐにわかった。
アンテナが理科の手伝い係として、先生に頼まれて理科準備室に入った時だった。部屋の壁にそのポスターが貼ってあったのだ。このポスターに描かれている図形が、パルコのバースデーカードの図形と一致したのだった。
それは元素周期表と呼ばれる、この世の物質を構成している元素(原子)の一覧表だ。
表には元素を表す記号と元素(原子)の種類を表す原子番号が記されている。(原子核を構成する陽子の個数でもある)
例えば鉱物の水晶(クリスタル)だ。水晶が構成されている元素は、ケイ素と酸素だ。
これを元素周期表で見てみると、ケイ素はSiという元素記号で原子番号は14、酸素はOという元素記号で原子番号は8となる。
宇宙も地球も大気も海も山も、草木や動物も、もちろん人間だって、すべては元素からできている。
現在、地上で確認されている元素はたったの百十八個だが、この一つでも欠けてしまうと世界がまるで変わってしまうという。
昼放課、理科室独特の薬品のにおいに浸りながら、四人は理科準備室にいた。マーヤ先生に頼んで特別に室内に入れてもらったのだ。
「あなたたち仲良いのねえ。あなたも理科が好きなのかな? 周期表は中学校で習うからね」
マーヤ先生は男子三人と一緒にキキがいることが不思議に思ったらしく、やたらキキに話しかけた。
キキのスカートがカワイイとかほめそやし、キキは照れながら、はにかんでいる。
しかし、キキにとっては、これは困っている状況なのだ。パルコとアンテナは目配せして、そこにアンテナが割って入る。
「僕ら特別に理科が好きってわけじゃありません」
「え、そうなの? じゃあ何を調べてるのよ?」
「僕はマーヤ先生のことを自由研究の対象にしようかと考えています」
「夏休みの課題の? 謎めいた女教師をテーマにね。って何でだよ! こわいわソレ!」
すかさずマーヤ先生からアンテナへとノリツッコミが炸裂する。
少なくともアンテナはマーヤ先生のことが好きだから、わりかし冗談でもないかもしれないと、パルコも閣下も思った。
「マーヤ先生って彼氏とかいるんですか?」
こういうことに関しては、アンテナは積極的なんだから、とパルコはあきれた。
しかし、彼のおかげでキキがホッとしている。見事なチームワークだ。
今のうちにパルコと閣下は、周期表に何か暗号を解く鍵がないかと調査に集中した。
暗号の解明はすぐにわかった。周期表にある元素記号とカードのローマ字を照合するだけだった。
「パルコ、これだな!」
「うん! カードのアルファベットはこの記号を表してたんだ!」
パルコは後ろポケットから素早くメモ帳とマルステクニコを取り出して、周期表の記号と番号を写した。
閣下は頃合いをみて、アンテナに目配せした。
マーヤ先生は、度重なるアンテナの質問攻めに苦心していて、早く職員室に戻りたそうな気配を出していた。
パルコと閣下とキキは、マーヤ先生に丁寧にお礼を言って足早に図書室へと向かった。
アンテナはまだ理科室でマーヤ先生と話していた。
図書室の空いているテーブルを見つけて、三人は椅子に座った。少し遅れてアンテナがやって来た。彼のおかげで、マーヤ先生からとやかく追求されずに済んだのだった。
「カードと周期表の元素記号を照らし合わせたら、こうなる」
パルコがメモ帳に書いた記号をまとめて、二人に見せた。
縦の縁に〈HRb.0HgCdCr〉
→〈水素ルビジウム.0水銀カドミウムクロム〉
横の縁に〈Se.AmRaPdH〉
→〈セレン.アメリシウムラジウムパラジウム水素〉
「うーん……よくわからない」
パルコがうなった。
閣下が言った。
「暗号が元素周期表の原子番号を表してることは、まず間違いないな。見てみろよ、縦の暗号はゼロの数字があるだろ? 元素記号の中にゼロだけを表す記号なんてないんだよ」
「なるほど!」
「確かに!」
「……!」
アンテナもパルコもキキも閣下の意見に納得した。
今度は元素記号の原子番号をカードに記されている文字に照らし合わせてみた。
縦の縁に〈HRb.0HgCdCr〉→〈137.0804824〉
横の縁に〈Se.AmRaPdH〉→〈34.9588461〉
となる。
閣下がため息をついた。
「この数字何なんだ?」
「余計わけがわからなくなったね」
アンテナがボヤいた。パルコが負けじと気を取り直す。
「これって…また暗号なのかな? ほら、メッセージになってるとか」
「文字に置き換えるってことか? ひらがな? 五十音順に照らし合わせてみるか? 『あ』を数字の1として、ゼロは『ん』かな?」
ひらがなに変換しても、うまくいかなかった。
また、同じ要領でアルファベットに直してもちんぷんかんぷんだった。四人とも、ここで完全に行き詰まってしまった。
「うーむ……」
昼放課の終わりのチャイムが鳴り響き、四人はそれぞれの教室に戻った。その日は午後からずっと数字の暗号のことを考えていたが、皆んなお手上げ状態だった。
一体、この数字が表すのは何なのだろう? 暗号を解いたと思ったら、また謎だった。
その日の夜、桜井家の電話が鳴った。
珍しいこともあるもんだと、その目をランランと輝かせて母親が言った。
「ハールさん、お電話でございます」
「え? 僕? 誰から?」
「ムフフ、女子からですねえ。春さんいらっしゃいますか? ハキハキして明るそうな子ねえ」
それ以上言わずに、母親の口元がニヤニヤしている。
パルコはホホを赤らめた。
「一体誰だ? ハキハキしてる女子って?」と思いながら、それまで寝そべっていたソファから離れて、母親から受話器を受け取った。
「もしもし……」
「黒井です! 春くん? 夜分にごめんね」
「キ……⁈」
正直、混乱してしまった。
「キキかよっ⁈」と秘密のアダ名を叫びそうだった。
ハキハキして明るい声の主はキキだった。電話越しならば本来の声で話せるのだろう。
「どっ、どうしたの?」
「わかったの!」
「え?」
「暗号がわかったよ!」
「ほんと? なに? 何だったの?」
「場所! 場所を示してたの!」
そう、あの数字は場所を示していた。
パルコはピンときて、受話器を子機に変えて、母親のニヤニヤした顔を横目に、二階へと上がった。
自室に入ると見せかけて、静かに父親の書斎に入り、ノートパソコンの電源を入れる。
地図のアプリを立ち上げてから、キキに言われるまま、すぐさま検索欄にカーソルを移動させた。
「カードの横の暗号が北緯で、縦の暗号が東経を表してるの。お昼に解いた数字の暗号を入れてみて。先に横の暗号を入れて、カンマで区切って縦の暗号を入れるの」
パルコは言われたとおりに数字を打ち込んで検索した。
すると、地図は一つの場所を示したのだった。
「数字の暗号は、地図の座標だったんだ!」
「そうなの! 北緯と東経の座標だったの! お昼に、こういう数字の並び、どこかで見たことあるなって思ったんだよ。パソコンで地図を見てると、こういう数字のら列が出てくることに気づいたんだ」
「すごいよキキ!」
そう言ってパルコの目は画面に釘づけだった。エヘヘとキキが照れる声が聞こえる。
その座標を指し示すピンは、山寄りの白い建物らしき場所に置かれていた。
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