第2話

 パルコの父親が交通事故で死んで、すでに二年が経とうとしていた。


 パルコがためらわずに死んだ父親のことを話せるのは、目の前の三人だけだ。

 クライミングネットの頂上にいる四人は、お互いに秘密を共有できる仲間だからだ。


 彼らには、四人だけにしかわからない秘密のアダ名がある。秘密の時は、秘密の名前で呼び合うことを義務にしている。たった四人だけど、秘密組織を結成しているのだ。



 閣下もアンテナもキキも、三人とも真剣な表情でパルコを見つめていた。


「死んだ父親から手紙が届いた?」


 まず手始めに、閣下が問いだした。それからアンテナが言った。


「そんなことあるわけないじゃん!」


 二人とも顔を見合わせて、パルコがまた作り話を展開しようとしているのでは、と勘ぐりだした。


 キキは、パルコの目をじっと見ている。いつになく真剣な表情だったからだ。


「………」


「本当なんだって! 昨日、お母さんが帰ってくる前にポストの中を覗いたんだ。毎月購読してる月刊ヴェルヌの懸賞が、今度こそ当たってると思ったんだよ! そしたらコレが……」


 パルコは、ダウンベストのポケットから黒い手紙を取り出して、中身を手の平に出した。


「手紙の中には銀貨が、ほら」


 三人とも、パルコの手の平に注目した。


「銀貨っ⁈」


 閣下とアンテナは口をそろえて言った。キキは、口元を両手でおおっている。


 パルコは、三人の表情を見てニヤリと笑った。


「マケドニア王国の銀貨だよ、多分」


「……」


「マケドニア王国って⁈ どこの国⁈」


 今度はアンテナが、本当に知りたそうな顔をして言った。


「今から二八〇〇年くらい前に、ヨーロッパにあった国なんだよ!」


「何でその王国の銀貨って分かるんだ?」


 閣下が言った。またしても、パルコはニヤリと笑った。


「お父さんの書斎にアンティークコインの図鑑があるんだ。それで調べてみたんだ」


 閣下が手に取り、裏返しにしたりして描かれている彫刻を見てから、アンテナに渡した。アンテナもじっくり見たあと、キキに渡した。


 銀貨の表の彫刻は、翼を広げて座るグリフィンと葡萄の房だ。グリフィンというのは、鷲の翼と上半身、ライオンの下半身を持つ伝説上の生物のことだ。天上の神々の車を曳いたり、黄金を守る役目があるという。


 キキが銀貨をパルコに返して、耳打ちした。すかさずパルコは答えた。


「いや、手紙の中は銀貨の他に、一枚のバースデーカードがあるよ」


「なんていうか、パルコの親父さんは、粋だよな。センスがいいっつうか」


 閣下が感服しながら言った。続けてアンテナが口を挟む。


「けど小学生に銀貨を贈る? ま、パルコはこういうの好きだもんね。オレなら断然ゲームソフトなんだけど」


「そこなんだ」


 パルコが神妙に言った。


「フツー、小学生に滅多に銀貨を贈らない。アンティークコインはとても高価なんだ」


 どのくらい? とアンテナが聞くより前にパルコが言うのが早かった。


「これは多分、暗号」


 校庭でサッカーボールで遊ぶ生徒たちが、ポツポツと校舎に戻り始めた。


「作家だもんな。パルコの親父は面白いんだよなあ。一度だけ、皆んなで街中を使って宝探ししたんだよな。その時はまだ、キキはいなかったけど……」


 閣下が目を細めて言った。パルコも思い出した。


 皆んなでバスに乗って、一日中、父親が隠した宝を探した一大企画だった。父親が本気で作った宝の地図と市内全図を重ねて、宝のありかを解き明かすという……。


「バースデーカードはなんて書いてあるの?」


 アンテナが時間を気にして、パルコを急かした。

 パルコはもう一方のポケットからバースデーカードを取り出した。


 縁に青銅色のラインが入っている黒いホログラムカードだった。


 というのも長い側面を縦にして、銀色の文字で字が書かれており、それを覆うように鷲の翼が広がっている絵が描かれている。

 絵と文字だけが見る角度によって色鮮やかに光輝くのだった。それ以外は漆黒だった。


「カッコいい!」


「スッゲ!」


 アンテナと閣下が興奮して叫んだ。

 カードに書いてある文章は、このようなものだった。

 

『銀貨は私からの贈り物である。「世界を変えるための不必要の部屋」にいる時は注意せねばならない。なぜなら、使用許可の代わりに貴方の所持する大切な一つの物を引き換えにしなければならないからだ。それが「シンクの卵」に課せられている秘密だ。』

 

「………」


「ね? さっぱりでしょ? カードの裏面もさっぱりなんだ」


 バースデーカードの裏面を見ると、マス目が並んだブロック図のようなものが描かれてあり、いくつかのグループらしきマス目同士で色分けされていた。


 不自然な図形のようなものが何を表しているのか、皆目、見当もつかなかった。


 また、カードの縦と横の縁の隅っこに、不規則なローマ字が書かれている。大文字と小文字のアルファベット、それに数字を織り交ぜてある。

 

 縦の縁に〈HRb.0HgCdCr〉


 横の縁に〈Se.AmRaPdH〉


 とある。


「これが暗号だな。色分けされている図形と関係がありそうだな」


 閣下が得意げに言った。


 キキもすぐさまパルコに耳打ちして、パルコが代弁する。


「こんな小さく書かれてて、すごい怪しいって」


「一体どういう意味なんだろう?」


 アンテナはパルコの顔を見た。


「僕もわからないんだ。あと、もう一つ疑問に思うことがあって」


 三人とも、またもやパルコに注目した。


「僕の誕生日は三日後なんだ。お父さんは、何か意図があってこれを送ってきたんだよ!」


 パルコは三人に話しながらも、自分が興奮しているのがわかった。パルコの話を聞いた三人も興奮していた。


 今からまさに、秘密組織のメンバー四人は、力を合わせてこの謎の解明に取りかかろうとしていた。


 その矢先、昼放課の終わりのチャイムが青空に響いた。

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