第5話〜ぼくのドッペルゲンガー⑤

…………。


「停電が復旧しました。非常電源のおかげで今の所、機器に不具合はないそうです。一時的に室内が暗くなったのでそれに驚いてパニックを起こした子供がいましたが、今は落ち着いているそうです」


「分かった。引き続き問題がないか、経過を頼む」


院内では、停電による確認作業で全スタッフが慌ただしく動き回っていた。


院長の元にはひっきりなしに報告と確認に人がやってきてはまた出ていく。


しかし電気が復旧した今、そろそろこの騒ぎも落ち着いてくる頃合いだろう。


「院長!」


「どうした、そんなに慌てて。急患か?」


院内には当然ながら、常に機器に繋がれ生命維持を行っている患者が何名かいる。


停電の際は即座に予備電源に切り替わる為問題はないはずだが、万が一の可能性はある。


「いえ、それが……例のスポンサーの子が停電中に隣の部屋に入ってしまったようでして…」


「なんだと?」


「すでに隔離し、睡眠状態にしてありますが、いかがなさいますか?」


…………。


全てはこの病院に多額の寄付を行う資産家の男の指示だった。


「まったく、面倒なことだ」


院長は移動しながら呟いた。


幼い頃に事故で意識不明となった資産家の息子が運び込まれたのがこの病院だった。


元々繋がりはあったし、男の投資で設備に関しては国内でも随一といっても過言ではなかった。


結果、金に糸目をつけず、当時の最先端医療を惜しみなく注ぎ込み、奇跡のような確率で資産家の息子は命を繋げた。


しかし、繋げただけだった。


息子は一向に目を覚ますことなく、資産家の男はあらゆる治療や検査を行わせた。


そのまま一月が経ち、半年が経ち、一年が経過する頃には、男は半ばおかしくなっていた。


「最愛の妻を亡くし、残された最愛の息子も事故で意識不明。おかしな事の一つや二つ言い始めるものだがな」


資産家の男はあらゆる分野からのアプローチを行なっていった。


その一つに脳波を読み取り、記憶を保存する技術もあった。


それは万が一容体が急変して脳がダメージを受けた場合、記憶のバックアップをしておくためだった。


しかし…


資産家の男の狂気的とも言えるアプローチはいつしか方向性を変える。


初めはなんだったか。


『寝ている息子が目覚めた時に苦労しないように』だったか。


睡眠学習にも似たアプローチから、脳に直接映像などの情報データを送る研究がすすんだ。


それが息子にもう一つの身体を作り、そちらで学習させたことを本人の脳にダウンロードさせてやればいい、になったんだったか。


人のクローンの作成は倫理観以前に法律上行えなかった。


そこで、発展途上にあったAI技術とロボット工学に目をつけた。


治療の傍らで本人の脳波パターンを記録して、人の脳と同じ仕組みで成長する人口知能にダウンロードした。


資産家の息子そっくりに造られたロボットは、自身が作り物であることも知らず、資産家の息子として生活を始めた。


少しずつ病院にいる本人に合わせて成長、いや、ボディの交換を行い、定期的にAIが学習した分の記憶を今度は本人にダウンロードする。


そうして数年。


理論上、問題なく寝たきりの息子にはロボットが経験した記憶がダウンロードされているはずだった。


資産家の男は時間が許す限り息子の元を訪れては、意識のない息子に話しかけるのが日課になっていた。


「愚かなものだ。気持ちは分からんでもないが、どうせ記憶を移すのだからロボットの方にも会ってやればいいものを。意識のない人間の方に何回面会した所で覚えてなければ意味がないだろうに」


部屋に着くと院長は部下に指示を出した。


「記憶の読み取り前までの記憶は消去だ。目覚めたら点検を行い、うまく記憶の消去ができていなければ一度データを全て削除してバックアップをダウンロードする」


まだまだこのロボットには働いてもらわなければいけない。


資産家からの多額の寄付のおかげで多くの分野で革新的な発展を遂げることができた。


資産家の息子とロボット、これら二つのモルモットは今後の人類史をよりよくするための礎になってもらう。


「本体の方の脳波は異常ないな?もし目覚めの兆候があれば、いつも通り処理するように」


生かさず殺さず、息子の方にはこのまま寝たままで、ロボットの方には違和感なく稼働していてもらわねば。


手間暇かけて、資産家の男の妻や息子に¨協力¨してもらったのだから。


このまま資産家の男には継続して資金を提供してもらわなければならない。



全てはそう、人類のために。



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僕のドッペルゲンガー 砂上楼閣 @sagamirokaku

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