不浄の雷
様々に問いかけた内容を、人別に帳面に閉じる。
フラウリーはサーベルによって戦う。その腕はなかなかのものらしい。守りたいと強く願えば強くなる力。ふと、守るものがなくなれば、使徒の力は働かなくなるのだろうかとも思う。あの島民の全てを。そして首を振る。私は誰かの死など望んでいない。そもそもこれは未来を求めるための最小限の蠱毒なのだ。選ばれた神徒には申し訳ないと思うが、その他のものが死んでは元も子もない。端照島の住人が多く死んだことも申し訳なく思う。
久我山についてはわからなかった。宵は未だ十六歳の女子だ。二十七歳の健康的な男子に腕力で叶うはずがないだろう。
常磐については何もわからなかった。八天閣には現れている。昨夜八天閣に現れた神徒は七名と出た。つまり、本来マオの対戦相手が常磐だったのだろう。
私は神徒の選定方法を間違えただろうか。何度と無く自身に問いかけたことだ。
自らを唯一と自負する者。そのような強い意志を有する者は、私の中では剣豪や智者を想定していた。ところが唯一人のおよそ3分の1はその意志は他者との関係性や信仰の中で生じたもののようだ。つまりコルホネンや宵のような力のないものの選定を私は想定していなかった。
とはいえ今更だ。結局のところ、強い意志を有する十五名分の魂を生贄にささげて力を得る試みだ。結局のところ、結論は同じかもしれない。その中には等しく私も含まれる。
私が残れば私は私の望みを叶える。他の者が残ればその者が望みを叶える。実に単純な話だ。ただしその仕組を理解している私がもとより有利というだけだ。
帳面を引き寄せる。
ここに記載されたのは五十年ほど先の未来の可能性。多くの未来で一度に数十万人の命を奪うことのできる不浄の雷が開発される。その半数ほどの未来で多くの都市に雷が落ち、その後血で血を洗う報復が続き、人類は技術の衰退により滅びの道を辿る。
不浄の雷。そのような神の御業が誠に人の手に渡するのかと何度も問うたが、そのほとんどすべての未来には雷が存在した。だからそれ自体を止めることは不可能に近いだろう。だから私がすべきは、滅びに至らない半数に未来を引き寄せることだ。
五十年先。それは遠い未来だ。大きな歴史の流れは大河に等しく、求める未来に至るには少しずつ長い年月をかけて可能性を狭めていくしかない。けれども信者の中に未来知を得る者は生まれなかった。だから。
「尚。またぐちぐちと悩んでいるのか」
水盆の中から誂うような声が聞こえた。
「悩んでいられる内が花というものだ。時が満つればもはや、悩むこともできん」
「なぁ尚。そろそろ諦めようぜ。人の頭は百三十年も保たぬよ」
「悩める間は悩むだけだ」
「それはいつまでだ。キリがない」
声は少しだけ険を深めた。
「一年でも百年でも、親様にとっては変わりがないだろう」
水盆の表面がぐるぐると揺れ、一つ目がこちらを覗く。これがこの団体の神、親様だ。格別の名はない。はるか昔、流星とともに山に落ち、開祖がこの水盆に捉えて地中深くに閉じ込めた。神の子はこの親様から力をもらって未来を読む。
私が生まれた頃はそれでも五人ほど、力を受け継ぐことができる子がいた。けれども次第に適合できる人間は生まれなくなり、今ではもう私しかいない。
「なぁ尚。そろそろ外に出してくれよ」
「今出ても親様はもはやこの世で生きてはいけまい。その証拠に親様の力を使えるのはもはや私一人だ」
「ああ、そうだろうな」
水盆に浮かぶ瞳が細められる。
「だからお前の体をもらう約束だ」
「私が最後の一人だろうからな」
子がつきるまで親様は力を分け与える。何故だかわからないが、親様は開祖とそのような約束をしたらしい。そして親様の力を使える私の体であれば、親様は外の世界でも過ごすことができるだろう。それが親様との新たな約束だ。親様にこの八天閣という蠱毒を組み上げるための力を借り、私の魂が砕ければ残された私の体は親様のものとなる。
「だから早く諦めろ。一日千秋とも言うのだろう? 待つのは短ければ短いほど良い」
その浸透するような冷えた声とともに水盆のゆらぎは
この親様が何かは内外の様々な文献を調べてもわからなかった。名前も、どのような存在かも、外に出て何をするのかもわからなかった。一つ目の一本足の山羊のような姿の生き物。それが私が認識している親様の姿だ。けれどもこの姿が正しい姿なのかもわからない。親様は本質的には人の敵でも味方でもないようなは気がする。
私は未来の安寧を望んでいる。そのためには長生きしなければならない。神の子は年を取るのが著しく遅い。私は八十になるが、外見は未だ三十ほどだ。
八天閣奇談 〜大正時代の異能デスゲーム Tempp @ぷかぷか @Tempp
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