第2話 僕の知らない彼女

 帰りのHRを終える。クラスのみんなは待ってましたとばかりに部活動へ急ごうと慌ただしく席を立っていた。僕も彼女も部活には所属していないため、この流れに乗ることはなく二人で一緒に帰るのが付き合ってからの定番だった。


 しかし最近彼女の様子がおかしいのだ。彼女は僕のことなど目もくれず、一人で二教室を走って後にしてしまうのだ。最近まで一緒に帰ろう!と元気に声をかけてきてくれていただけにこの異変はかなり衝撃的なものだった。


「僕、何か悪いことしたのかな」


 心当たりはないが、彼女が僕に取る行動を見ているとどうしても罪悪感というか、何か彼女を怒らせる原因を作ってしまったのではないかと不安になってしまう。なぜ僕を置いて帰るんだろう。その理由を彼女は教えてくれない。いや僕も聞いていないから彼女が教えてくれない、というのは不適切だ。


 僕は一人で通学路を歩く。つい先月には桜が咲いていたのに、気づけば桜は完全に散り、長袖では少し熱いと感じるようになっていた。17時ごろになっても全く暗くならない様子に僕は夏の到来を感じさせられた。


「いらっしゃいませ!」


 聞きなじみのある声が聞こえた。その声はとても透き通っていて、以前図書館で、ある時には教室で聞きなじんでいた女性の声だ。


 声の方を見るとそこには声の主の姿があった。屋台のようなアイス屋さんでバイトをしている琥珀の姿だった。僕はあまりの出来事に驚いた。彼女のバイト服姿がとてもかわいいのだ。ピンクのキャップを被り、少しぶかぶかしたビッグシルエットのTシャツを着ていた。彼女は手慣れた様子でレジ打ちなど業務をこなしている。あっという間に待っているお客に商品を渡す。その渡し方もとても丁寧でお客の目をはっきりと見て渡した直後ににこっと笑っているのだ。お客さんはその魅力に当てられ、商品を受け取った後も数秒立ち尽くしていた。


 そうだろうそうだろう、かわいいかろう美しかろう、と僕は一人納得していた。学校でおあれだけ目立っていて、信用も厚い彼女のことだ。バイトや社会に出てもうまくやっていけるのだろうとは思っていたが、やはりその通りだったようだ。


 しかしすぐに僕は別の考えが頭をよぎる。僕は彼女がバイトをしているなんて知らなかった。彼女がバイトのことを話すことなんてなかったし、基本的にいつも放課後一緒に帰ってるからバイトなどはしていないと思っていた。


 そもそも学校でバイトは校則で禁じられている。本来これが学校にばれると結構な問題になるはずだが。




 僕は琥珀に声をかけるべきか悩んだ。彼氏の僕にくらい言ってくれてもいいじゃないかという気持ちもよぎったが、学校で禁止されていることをしているということから学校の人間に言えないという事情も分からなくはない。


 悩んだ挙句彼女には声をかけないことにした。彼女が言わないのには何かしら理由があるからだろうと思ったからだ。彼女が言いたいと思ったときに言ってもらう。僕は彼女個人のことを根掘り葉掘り深堀することはしないように考えた。




 僕は琥珀の彼氏であるけど、彼女のことを何も知らないのではないか。


 風が強く吹く。夏服にしては少し肌寒い風だった。それまで甘々だった心の中が少しだけ冷えていくのを感じた。しかしすぐに僕はその冷えそうになる気持ちをぐっとこらえた。


 僕は心のなかにぽつりとしこりの残る感覚があった。その感覚は心の中に波紋のように広がっていたような気がした。

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彼女のとなり としやん @Satoshi-haveagoodtime0506

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