3.僕の大好きなブルースター

 今日は月に一度の雨の日。

僕は雨が降る音も、ペトリコールの香りも大好き。


 ドーム都市は汚染された空気や雨から身を守るために存在するから、もちろんドーム内では雨が降らない。

それはさすがに不自然という理由で月に一度、ドーム内でも雨水や海水を浄化した貯蓄水を雨として降らせている。


 僕は雨の日も、月に一度という特別感も気に入っているけれど、那月は以前「自然現象をわざわざ人為的に起こす方が不自然じゃないか」とため息をついていた。


そう言ってから少し考えて「自然を人工再生する研究をしてる俺が、何が自然で何が不自然か定義をすること自体がおかしな話かもしれないけどさ」と言い加えていたのが那月らしくて笑った記憶がある。



 今日那月は休暇で、『ブルースター』で待ち合わせをしている。

ブルースターは僕の親代わりのケンちゃん、銀山健太郎かなやまけんたろうさんが経営している喫茶店。


 飲食店っていうのは、好きなものが提供されてお腹が満たせることと、うるさくない落ち着いた空間であればなんでもいいっていうのが定石で、人々はハイクオリティの接客とか、おしゃれなインテリアだとかを求めているわけじゃない。

だからアンドロイドが店員をしていることの方が多いし、今時人が経営している喫茶店なんて物珍しい。


 ケンちゃんは、とあることをきっかけに郊外にこの喫茶店をオープンさせたのだ。



 僕の両親は8年前、僕が14歳の頃に、死んだ。


NECRCの自然再生研究室の中の古代地球環境研究科に所属していた両親は、遠い地でのフィールドワーク中に事故で亡くなった。


 古代地球環境研究科は、その名の通り大昔の地球環境を研究して、現代に生かせることがないか解明したり、戦争や深刻な汚染によって捨てられ、数百年単位で人間が介入していない未開の地に赴いて、再生された自然がないか探索をしている。


そこに忘れ去られた植物や良質な土などがあれば研究室に持ち帰り、今那月が所属している環境技術研究科や培養化学研究科とかと手を組んで研究する。


 遠い未開の地への遠征は、もちろん未知の危険だってある。


両親は大きな嵐に巻き込まれ、電波も通ってないような土地で、連絡の手段もなく食料も尽きて、段々体力を奪われて、どうすることも出来ずに最期を迎えたのだろうということだった。


 でも僕はとても運がよかったと思う。

両親の同僚だったケンちゃんをはじめ、研究室の人たちや警察の捜索隊が両親のフィールドワークチームの遺体を奇跡的に見つけてくれたんだから。


そうじゃない限り、僕は今でも諦められずに両親の帰りを待っていたと思う。


 もう永遠にふたりに会えなくなってしまったことは本当に悲しくて辛くて、このまま狂ってしまうんじゃないかと思った時期もあったけど、遺品整理をしている時に見つけた『さみしくなったら開ける箱』とラベルが貼られた箱の中身と、ケンちゃんや那月のおかげで僕は今まで生きてこれた。


 ケンちゃんは両親と仲が良かったし、僕が小さい頃からよく遊び相手をしてくれた。


 両親もケンちゃんも、こんな世の中になっても世界は美しく素晴らしいということを、いつも、いつだって僕に教えてくれた。


たくさんの昔話をしてくれて、いろんな素敵なものを見せてくれた。


この国に昔季節があったことも、お祭では花火をしたことも、海にはたくさんの熱帯魚がいたことも、月が綺麗だったことも、確かにここにはそんな時代があったことを、教えてくれた。


 だから僕はこの世界が大好きなんだ。


 ケンちゃんは両親が亡くなってまもなく、NECRCの研究員を辞職した。

いろんな地へ赴くことを心から楽しんでいたけれど、改めて命あってこそだと痛感したらしい。


 けれど本当の理由は、那月の両親が僕を迎え入れてくれるという申し出を、僕が頑なに断って、身寄りがなくなった僕を想ってのことだったのだろうと思っている。


那月の家で過ごしていたら、僕はいつの日か両親のことを忘れてしまうんじゃないかと怖くなって、3人で暮らした家に残りたいとわがままを言ってしまったのだ。


 ケンちゃんは退職と共に都市部から郊外の僕の家の近所に引っ越した。

2階が自宅で、1階が喫茶店『ブルースター』。

昔両親と育てていた花をドライフラワーにしたものがたくさん飾ってある。


ブルースターはケンちゃんのお気に入りの青い花で、花言葉は『幸福な愛』とか『信じあう心』だったそうだ。

(昔、花にはそれぞれ花言葉があったということも両親とケンちゃんが教えてくれた。僕は花言葉を聞くのが好きだった。)


・・・――――――――――――――――――


ちりんちりん。


 お昼を過ぎて、ブルースターのドアを開けると小さく鈴が鳴った。

見慣れた大好きな場所、大好きな人。


「パパ―!来たよ!」

「おー太陽、パパって呼ぶな気持ちわりい!」

「気持ち悪い!?息子に向かってひどいよ!あんまりだよ!反抗期になってやる!」

「いい大人が反抗期を発動するな、今コーヒー淹れる・・・。」

「ふふ、ありがとうケンちゃん。もうすぐ那月も来るよ!」


 しばらく他愛ない話をしながらケンちゃんが淹れてくれたブラックコーヒーを飲んでいると、那月が店にやってきた。


「どうも。せっかくの休日が雨なんて最悪だよ。」

「那月!遅いよ~!」

「よおなっちゃん!カフェオレでいいか?」

「ケンさん、なっちゃんって呼ぶのやめてくれよ・・・カフェオレ甘めで。」

「なっちゃん~!」

「太陽、うるさい。」


 しばらくして「今日は野菜カレーだぞ」とケンちゃんが僕たちに昼食を出してくれる。ケンちゃんが作る料理はなんだっておいしい。

カレーは香辛料を使った料理で、大昔から今でも親しまれている。


「ああ、そういえば、これ。」


 ふと食べる手を止めて那月がビニール袋を差し出してくる。


「なにこれ?」

「綿毛の正体。」

「あ!咲いた!?え、ありがとう!どんなお顔かなー?」


 前に那月に渡した綿毛は見事に栽培に成功したらしい。

小さな種子たねがどんな花になったのか、どきどきしながら袋を開けてみる。

それは、綺麗な白い花だった。


「うわあ・・・かわいい。なんていう花か分かる?」

蒲公英たんぽぽだよ。」

「え?蒲公英?似てるとは思ったけど、でもこれ白いよ?」

「俺も驚いたよ、白い蒲公英なんてもうほとんど見かけないし。」


そんな話をしているとカウンターの奥にいたケンちゃんがガタッと椅子を鳴らして会話に参加しに来る。


「白い蒲公英!?珍しいな!昔西の方で見たけどそれ以来見たのは初めてだ!」

「へえ~、そんなに珍しいんだね!」

「ケンさんがそう言うなら本当に希少なんだろうな。栽培自体はそんなに難しくないから、庭に植えたらいいよ。」

「ありがとう那月!ねえケンちゃん、白い蒲公英にも花言葉ってあるのかな。」


「ある、『わたしを探して』だな。理由は白い蒲公英が珍しいからだったはずだ。ちなみに蒲公英全体の花言葉は『幸せ』とか『真心の愛』で、綿毛は『離別』だな。」

「わたしを探して、かあ。さすがケンちゃん!綿毛さんにも花言葉があるんだね。」


「ケンさんさあ、そんないつの時代のものかよく分からない知識、どこで知るの?」

「古代についての文献とか、あとは普通にインターネットを検索すれば出てきたりもするぞ。」

「ふたりそろって本当好きだね、そういうの。あんたらがよくそういう話をしてるせいで、俺も無駄に変な知識が増えていくよ。」

「いいじゃんいいじゃん!いいことだ!」

「そうだぞなっちゃん!いいことだ!」

「変わり者親子のせいで俺の頭の容量が減っていく・・・。あとケンさん、なっちゃんって呼ぶな。」



 今日は月に一度の雨の日。

僕は雨が降る音も、ペトリコールの香りも大好き。

ケンさんと那月と穏やかに過ごすこんな日が大好き。


 なんの変哲もない幸福を感じながら白い蒲公英を眺めて、ふたりの声と外から聞こえる雨の音を、ずうっと変わらずに傍で聞いていられたらいいと思った。



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終焉、きみとユートピアで 深夜零時 @Shinya_0zi

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