第15話(終)

 「━━━━━五月十二日、午後五時二十四分。 暴行、及び傷害の罪で、保津陽太……もとい烏丸湊を現行犯逮捕する。 ……詳しい話は、また署で聞かせてもらおうか」

 

 あれから数十分後。けたたましいサイレンの音を響かせ、アジト近辺に数台のパトカーが停車した。のそのそと現れた西大路刑事によって、湊君の身柄は拘束されたのだが、その時にはもう、彼は抵抗する意思すら見せなかった。

 

 「綾火っ……!!」

 

 と、西大路刑事の乗っていたパトカーから、世奈が降りてきた。驚く間もなく、彼女は私のことをギュッと抱き締めると、そのまま泣き崩れた。

 

 「よかった……よかったよぉ……! 大地くんと刑事さん達から事情聞いて、綾火の身に何かあったらどうしよって……アタシ、心配で……!」

 

 「世奈……ありがと。 私は大丈夫だから、安心して」

 

 「ううっ、ぐすっ……綾火ぁ~っ!!」

 

 「あぁもう……よしよし、泣かないの~」

 

 さっきあれほど泣いたはずなのに、わんわん泣きながら抱き付く世奈を見ていると、なんだか私まで涙ぐんでしまう。心の奥底から"安心感"の涙が沸き上がって、悲しみでポッカリ空いた私の心の穴を埋めてくれるようだった。

 

 

 「さて、と。 ……今回はお手柄だったな。 警察としては頭が上がらんばかりだが、お前のお蔭で未解決事件が二つも片付いた。 ウチの署から感謝状でも贈られるんじゃねえか?」

 

 「いえ、そんな。 ……あの、それで……」

 

 「んぁ? ……あー、ケンカの事は気にすんな。 ありゃ立派な正当防衛だからな。 ……まぁ、にしてもちとやり過ぎな気はするが」

 

 「すみません……。 じゃあ、後の事はよろしくお願いします」

 

 「おぅ」

 

 向こうで、刑事さんと大地君が何やら話しているのが聞こえた。詳しいことは分からなかったが、二人の表情には安堵の色があるように見えた。一週間弱の騒動も、二年前の事件も、これで本当に一件落着だろう。そう思うと、今度は涙の代わりに笑顔が溢れた。


 その後、西大路刑事はパトカーに乗り込み、湊君と一緒に警察署まで帰っていった。一時は騒然としたサーガ団のアジトだったが、今はもう、私と世奈、大地君の三人しか残っていない。向こうで、私たちの送迎のためにパトカー一台と婦警さんが待機してくれているが、「もう少しだけ時間をください」と言って待ってもらっている。そんな中で大地君は、湊君の乗ったパトカーが通った道の方をじっと見つめ続けていた。

 

 

 「…………大地君」

 

 落ち着いた世奈をなだめてから、大地君の方へと近づく。名前を呼ばれた彼は、目に浮かんでいた涙をコッソリと袖で拭ってから振り向いた。傷だらけになった彼の顔は、一週間前に出会ったあの時よりも、ずっとたくましく見えた。

 

 「……ありがとう、助けに来てくれて。 それに、事件も解決しちゃうなんてスゴいね」

 

 「フン……俺はガイアの力と一体化しているからな。 ……それに、俺も必死だった。 事件の真相を知って、サーガの身に何かあったらと心配になって、それで……」

 

 「そっか。 ……ふふっ、この前までは"仇"だなんて言われてたのにね」

 

 「そ、その話はもう良いだろう!」

 

 ムキになる大地君の姿があまりにも愛らしくて、思わず笑みが溢れる。保津君の顔をした湊君と一緒に居た時とはまた違う、穏やかな幸福感が胸を包み込むような、そんな感じがした。翼をはためかせ飛び回っていた水鳥たちが、静かに水面へと降り立った。辺りには相変わらず、サラサラという川の流れる音だけが響く。

 

 

 「……なぁ、サーガ」

 

 静寂を破るようにして、大地君が静かに口を開いた。よくよく見ると、今日の彼はマスクをしていないな、と今更ながら気づく。

 

 「……お前は、罪を一人で抱え込み過ぎていると思う。 二年前の事件でも、姉さんの事件でも、サーガは犯人扱いをされてきた。 姉さんの件については、お前を勝手に疑った俺に落ち度がある……それは重々理解している。 ……でも、それも含めてお前は、それらを"自分のせい"と思い続けてきた」

 

 「…………」

 

 「俺だったら、きっと耐えられない……。 胸が張り裂けそうになるくらいの罪悪感を抱えながら生きるなんて、俺には出来ない。 ……改めて、サーガの強大さを思い知らされた気がする」

 

 買い被りすぎだ、そんなの。

 私はずっと逃げてきただけなのだから。過去を捨てて、自分と向き合わないようにしてきただけなのだから。

 そんな私のことを"強い"と言ってくれる。そういう存在が居るというだけで、私にとっては大きな救いだった。

 


 「……サーガ、頼みがある」


 改まった態度で、大地君が言う。そんな彼に釣られてか、無意識私も、唇の端にキュッと力を込めていた。


 「俺を……大地の化身グランディスを、サーガの配下にして欲しい。


 お前が……いや、貴女が罪を抱えながらこの先も生きていくというのなら、その重荷を、俺にも分け与えて欲しい。 一人で背負うんじゃなくて、共に前へ進んで欲しいんだ」

 

 「大地君……」

 

 湊君に対し、私はこう言った。『私は、幸せになっちゃいけないんだ』と。

 ……でも、目の前にいる大地君は、私が幸せを求める事を肯定してくれているようだった。私の罪を、共に背負うと言ってくれた。


 ……どうしよう。私、もうこの時点で幸せだ。大地君や世奈、湊君、凪沙……私の周りには、こんなにも私の事を大切に思ってくれる人たちが居たのだ。サーガの威光は、きっとまだついえていない。サーガの……私の未来は、きっと幸せに溢れている。

 

 

 「……光栄に思うがいい」

 

 口から出たのは、そんな傲慢ごうまんな言葉。……でも、私にとっては運命の言葉。過去を捨てたつもりでいた私だったけど、今だけは、その身に"サーガ"を宿す。世奈の前だからちょっと恥ずかしいけど……でも、今はそんな事どうだって良い。そうして、悠々と笑みを浮かべながら、私は同士たるグランディスと、契りの言葉を交わす。

 

 「我がサーガの力の一部を、お前に託すことにした。 人間界とのバランスを保つための特異点として、お前が選ばれたのだ。 だから、共に……私と歩むことを誓うのだ、グランディス」


 

 「はい、喜んで。 ……サーガ様」

 

 

***


 

 夏休み真っ只中という事もあってか、病室の中はいつも以上に蒸し暑かった。

 いつもは分厚い布団にくるまれている患者さん達も、今日は薄手のタオルケットへと使用変更がなされている。凪沙の病室は比較的風通しが良い為、他の病室よりは若干過ごしやすいのだが、それでもやっぱり蒸し暑い。お気に入りのピンクのベストも、今日ばかりは脱ぐべきだろうか。

 

 

 「……というか、こんな過酷な状況の中でよく寝れるね、アンタらは」

 

 凪沙のベッドに倒れ込むようにして、グースカと呑気のんきに眠る二人の友達。両者とも、涼しげな格好をしているからか、暑さを気にせずぐっすりだった。なんか平和だな……と、二人の間抜けな寝顔を見ながら思う私の前を、ヒュウ、と穏やかな風が流れていった。

 

 

 「……ほーら、グランディス、セーニャ。 もうそろそろ帰って宿題やるよー」

 

 ユッサユッサと二人の身体を揺するも、なかなか起きる気配がない。だからゲームのし過ぎは良くないって言ったのに……。

 やれやれ……とため息をつきながら、いつでも帰れるように荷物だけまとめておく私。このツケは、後でジュースにして返してもらおう。あれこれと、二人の私物なんかを鞄に放り込んでいきながら、最後に、机の上に置いていたノート……魔導書に手を伸ばす。


 ……その時だった。

 

 

 

 「………………ん、んん……」

 

 

 「…………え?」

 

 サァッと吹き抜ける風にあおられ、魔導書がパラパラと捲られていき、白紙のページで止まる。


 それとほぼ同時。

 ずっと眠り続けていた凪沙のまぶたが微かに動き、うっすらと━━━━━━開いた。


 

 

 おしまい

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呪縛のサーガ ~中二病たちの事件簿~ 彁面ライターUFO @ufo-wings

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