第14話

 またしても、言葉を失った。凪沙なぎさは、湊君が生きている事を知っていた……? 信じがたい事実の連続に混乱する私を、保津君は殺気をはらんだ目で睨んでいた。

 

 「有栖川が供述したそうだ。 姉さんは、整形手術を頼もうとしていた訳じゃなく、烏丸湊のことについて話を聞こうとしていた、と。 それで、ヤツは姉さんの事を鬱陶うっとうしく思っていたそうだ。 ……ただし、自分は殺そうとしていない、と言っていた」

 

 「……」

 

 「お前は、有栖川からその事を聞いていた。 そして、自分の正体がバレるのを恐れて、姉さんの口を封じようとした。 ……保津の時と同じ、"サーガの火"を用いた殺しの方法によって!」

 

 「黙れっ!!」

 

 「警察の調べで、お前が事件の三日前に、ホームセンターで七輪と煉炭れんたんを購入していた事も判明した。 もう言い逃れは出来ないぞ」

 

 「うるさいうるさいうるさいうるさいっ!!!」

 

 「ぐっ……!!」

 

 保津のパンチで、大地君が持っていた支柱が弾き飛ばされた。素手同士となった両者は、拳を構えながら睨み合う。お互いの手は、かすり傷やあざで赤くなっていた。

 

 

 「……ねぇ、何で否定しないの?」

 

 堪らず、私は保津君に問いかける。話を聞いてくれる様子じゃないとは分かっていても、そう聞かずにはいられなかったから。違うのなら違うと、そうハッキリ言って欲しかったから。

 

 「ねぇ……違うって言ってよ保津君。 大地君が言ってた事全部嘘だって。 保津君は保津君だって!! そう言ってよ……!」

 

 涙声の私に、保津君は……いや、保津君だった人は、もう見向きもしなかった。ただ怒り狂った目で、大地君を睨んで動かない彼に、私はこれ以上何も言うことが出来なかった。

 ふと、大地君がポケットから一枚の紙を取り出し、私の方に投げた。四つ折になっていたその紙は、私の目下に落ちると同時に開き、何枚かの写真を私の目に飛び込ませた。

 

 「……かつて、保津は烏丸広海の手術を受けたと言ったな。 本物の保津は、小学生の時に交通事故で負傷したことがあって、広海の手術を受けて一命はとりとめたものの、右腕に大きな傷が残っていた。 だから、右手にいつも包帯を巻いていたんだ。 

 ……今、目の前にいるヤツの右腕には、包帯どころか傷跡すら残っていない。 代わりに、火事の現場には包帯の切れ端が残されていた。 これが動かぬ証拠だ」

 

 「……じゃあ、やっぱり…………」

 

 「……ああ。 コイツは黒翼の悪魔━━━━━レイヴンだ」

 

 涙が、すうっと頬を伝う。信じられなかったのに……疑いたかったのに……気づけばもう、疑う余地すらなくなってしまっていた。

 目の前で私たちを睨む、保津君の顔をした湊君。そんな彼の悲しい姿を、私はただ茫然としながら見つめていた。

 

 

 「どうして……?」

 

 口から漏れたその言葉は、震えていた。

 

 「どうしてこんな事を……?」

 

 ゆっくりと立ち上がり、真っ直ぐに彼を見つめる。大地君と湊君の攻撃が、ピタリと止む。一瞬、彼の殺気が和らいだかと思うと、彼はそのまま構えていた拳を下ろし、しかしその手は固く握りしめたまま、小さく呟いた。

 



 「━━━━━僕は……保津君とは違う」


 

 「っ……!」

 

 その言葉には、聞き覚えがあった。

 

 ……そう、私が保津君にフラれた後、私を慰めようとしてくれたレイヴンに、私が言い放ったあの言葉。

 彼は、それをずっと覚えていたのだ。

 

 「サーガ様に認められるのが保津だけなんだったら……僕はもう要らない。 ……僕が保津陽太になればいい! そうすれば、保津はサーガ様の前から居なくなる。 僕は、サーガ様の側に居られる」

 

 「なぜ分からない! そんな事をしても、サーガがお前自身を見ている事にはならないだろうっ!」

 

 「黙れッ!!! ……そんな事はどうだっていい。 僕は……サーガ様の側に居られたらそれで良い。 全ては、サーガ様の為に……!!」

 

 「湊君……」

 

 こんな言い方したくないけど……湊君は、狂っていた。

 私が感じた"恐怖"は、形を持って私の前へと現れ、私の過去の罪と共に私の心を飲み込もうとしていた。『全てはサーガ様の為』というのなら、これは全部、サーガである私が引き起こした悲劇ではないのだろうか。……そんな風にさえ思えて、嗚咽おえつが走る。

 私は……私は一体どうすれば……!

 

 

 

 「……深淵の業火よ、我が魂の鼓動に答えよ。 そして今こそ、我が身にその力を降ろすが良い……!」

 

 その呟きは、大地君の口から発せられたものだった。馴染みのある詠唱をブツブツと呟いたかと思うと、彼は目をカッと開いて、そのまま湊君の方へと殴りかかった。

 

 「おおおおおおおおァァァァァァッ!!!!!」

 

 「ごはッ……!?」

 

 今まで防戦一方だった大地君の急なカウンターに、すべなく吹き飛ばされる湊君。ガンッ! と、倉庫の壁と湊君とがぶつかり、激しい音を立てる。唖然とする私の目の前で、大地君は、両手を強く握りしめて、怒りの表情を見せていた。

 

 「お前は……お前は今までサーガの何を見てきたんだっ!? サーガの配下として、姉さんと一緒に活動しながら、ずっと楽しい毎日を過ごしていたんじゃないのか!?」

 

 よろめく湊君の胸ぐらを掴みながら、大地君は大声で怒鳴る。

 

 「それなのにお前は、お前自身のエゴでそれをメチャクチャにした! 保津を、姉さんを……何よりサーガを、こんな苦しい目に遭わせておいて、何がサーガ様の為だッ! 金持ちで賢かったはずのお前が、どうしてそんなことにも気づかなかったんだ!

 ……お前の化身は、悪魔そのものだ!」

 

 「うるさいっ! 黙れっ! ほざけっ! ……僕はただ……ただっ!!」

 

 すっかり覇気を失った湊君の首を締め付けながら、大地は何度も、何度も、何度も彼の顔を殴った。その仮面を剥ぎ取らんとばかりに。保津君の顔の裏に隠れた、湊君の顔を殴らんとばかりに。彼の怒りは頂点に達し、我を忘れる勢いで、抵抗すらしなくなった湊君をひたすらに殴り続ける。それは、あまりに悲しすぎる光景だった。

 

 だから━━━━━━━

 

 

 

 「━━━━━━━もう止めて、大地君」

 

 

 そんな彼を見ていられなくて、私は彼の赤く腫れた拳をギュッと掴んだ。

 

 「サー、ガ……」

 

 ビックリした様子で動きを止める大地君を、湊君からそっと引き離した。川のせせらぎと、両者の荒い息づかいだけがその場に響く。

 そうして、息絶え絶えになりながらこちらを見つめる湊君を━━━━━━私は優しく抱き締めた。

 

 

 「……サーガ、様…………?」

 

 「……レイヴン。 貴方が保津君や凪沙にやった事は、許される事じゃない。 私も、その事は絶対に許さない。

 ……でもね。 それ以前に私には、貴方にもう一度逢えた時に、ずっと伝えたいと思ってた事があるの」

 

 涙が、頬を伝って湊君の肩へと落ちる。ヒュウ……ヒュウ……と、かすれた彼の息が私の髪にかかるのを感じながら、私は彼に囁いた。

 

 

 「……あの日、私は貴方に酷いことを言ってしまった。 『お前は保津君とは違う』なんて、酷いことを。 ……私ね、この二年間それをずっと後悔してた。 どうにかして謝りたいって、そう願ってた」

 

 「っ……!」 

 

 「……だから、謝らせて。

  ……ごめんなさい。 貴方を傷つけてしまって、ごめんなさい……! 貴方の思いを踏みにじってしまって、ごめんなさいっ……! ごめんなさいっ……!!」

 

 最後の「ごめんなさい」は、ほとんど声にならなかった。涙を流し、しゃくりあげながら、私は何度も何度も湊君に謝った。初めは棒立ち状態で、どうすれば良いか分からず困惑していた湊君も、私が「ごめんなさい」を重ねていく度に、だんだんと脱力していった。そうして、私に体重を預けるようにしながら、わなわなと喉を震わせ、彼は私と一緒に泣いた。

 

 「サーガ様……うっ、ぐ……サーガさまぁ……う、あっ……! ぐ、うっ……!」

 

 「ごめんね……ごめんねっ……!!」

 

 倉庫の壁に寄りかかりながら、中学生の子供のように泣きじゃくる私たち。湊君を巣食すくっていた狂気は、いつの間にか消えていたような気がした。チラリと目をやると、一人立ち尽くす大地君の目にも、うっすらと涙が浮かんでいるのが見えた。夕暮れ空の下、川沿いのひっそりとしたサーガ団のアジトの中に集まった三人の高校生の涙は、夕日に照らされ、キラキラときらびやかに輝いていた。

 

 

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