第54話 戦乙女

 漆黒の鎧を身にまとった金髪の女性が、<氷雪の華>の前へと歩き出す。


「だ、だめ! そいつは八王の――」


 その女性はマレザードの放った<大嵐>に手をかざすと、スキルを発動する。


 瞬間、さっきまで猛威を振るっていた<大嵐>は、一瞬にして消滅した。


「えっ!?」


 何が起こったのか、ユキには理解できなかった。

 あれだけの威力のスキルが一瞬にして消滅するなんてあり得ない。


 それと同時に、ユキが保っていた<氷雪の華>もゆっくりと朽ちていく。本当にぎりぎりだった。


 その女性は嬉しそうに笑う。


「風……いいねえ、嘆きの森のズルドーガ! どっちが本当の風使いか、勝負をつけようじゃないか」


 そういって、その女性は手のひらに風を発動するとそれをマレザードへと向けて放つ。


『小癪』

 

 それを、マレザードは簡単に風で吹き飛ばす。


「風使いの……まさか!?」


 瞬間、ユキはハッと息をのむ。


 それは、このダンジョンにおいて女神と呼ばれる探索者。慈愛や救済の女神ではない。


 鬼のごとき苛烈な戦いで、すべてを巻き込む戦女神。


 名前を文字って戦乙女――ヴァルキュリーと呼ばれる、探索者で十本の指に入る猛者だ。

 風を操り二本の刀で暴れまわるその姿は、アイアンナイツの異端児とされている。


「佐々木乙女……!!」

「デュラルハンの映像を見たとき、唇から血が出るほど悔しさを募らせ、悶々とした日々を送っていた。それがまさか、こんな形で叶うとは!!」


 佐々木は両手を広げ、堂々とその身をさらす。


「嘆きの森のズルドーガ!! 十四層の”虚無の森”を探索させていたが、まさか三層とは! やってくれるじゃないか」


 言いながら、腰から二本の日本刀を引き抜く。


「妖刀【阿】と……宝刀【吽】……!」


 ともにダンジョン産の最高ランク武器。

 ダンジョン産の武器はその性能と希少性でランク付けされており、両方とも文句なしのSS級。


 これが、巨大クラン【アイアンナイツ】の副団長。


「佐々木さん、来栖も忘れないであげてください」

「もちろんだとも! こいつを殺し、さっさと来栖を連れ帰るぞ」

「ちょ、ちょっとまって下さい!」


 ユキはずんずん前へ進んでいく佐々木を慌てて引き留める。


「なんだ、私には助けねばならない部下がいる。邪魔をするな」

「そ、そうじゃなくて……それ、ズルドーガじゃなくて、”嘆きの王の片割れ”マレザードです!」

「……なに?」


 佐々木は怪訝な顔で振り返る。


「馬場、解析」

「はい」


 馬場と呼ばれた黒髪長身のメガネの男は、<解析>スキルを発動する。


「……ユキさんのおっしゃるとおりのようです」


 瞬間、佐々木はげんなりした顔で、がっくりと肩を落とす。


「また八王もどき……くそ、私はなんてついてないんだ!!」

「いつものことです、慣れてください」

「やれやれ……これが上に立つものということか。いいかお前たち、目標は変わらない! 二人を救い出すぞ! 馬場と東郷は私に続け! 残りはバックアップと雑魚処理! いくぞ!!」


「「うおおおおおおお!!」」


 総勢21名。

 佐々木の率いてきたアイアンナイツは、素早く隊列を組むと、それぞれの役割に集中して行動を始める。


「私も戦います!」

「ユキ……配信者風情は好きではないが、お前の氷スキルはかなり有用と聞く。ついてこれるか?」

「はい!」

「よし、ついてこい!」


 ユキは細剣を改めて抜く。


「シズネちゃんはアイアンナイツの人のところで身を潜めてて!」

「はい……頑張ってください……!」

「うん!」


 ユキは佐々木と共に走り出す。


「佐々木さん!」

「なんだ?」

「来栖さんとテンリミが連れていかれたとき、棺は下に沈んでいきました! マレザードが出てくるときも、逆に下から棺が上がってきて……関連がありそうです!」

「次元の隔たり……なるほど、情報感謝する! 馬場、五分やる、答えを出せ」

「はい」


(マレザードは確実に下のズルドーガと関連している……テンリミの為にも、ここでこいつを倒す……!)


 こうして、アイアンナイツとユキの共同戦線が開始したのだった。

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