第53話 夜②

「急に夜になった、何が起こってる!?」

「なんだよこの声! モ、モンスターが話してるのか!?」

「なんなのよもおおお!!」


 完全にパニックになる新人たち。

 その周囲に居合わせて探索者たちも、完全に動揺していた。


「おいおい……これ歴史的な映像がとれるんじゃねえか!?」

「そんなこと言ってる場合じゃないわよ!? みんな、一か所に固まって!! 早く!」


 正解はわからないが、少なくともバラバラに散らばっていては各個撃破される可能性がある。


 人語を話すモンスター……そんなものは、聞いたこともない。


 可能性としてあるのはやはり、八王……。

 テンリミから聞いたデュラルハンとの会話を考えると、そう推測するほかない。


 全員が声のした方から視線を動かせず、後ずさりするようにユキの周りに集まってくる。


 <氷雪の華>なら、即死級の攻撃でも恐らくなんとか耐えられるはず。


「こ、怖いです……」


 震えるシズネをユキは自分の背後へと回す。


「大丈夫、なんとかなるから」


 シズネは小さくうなずく。


 この戦いにおいて、デッドラインが機能しない可能性を考慮する必要がある。シズネの彼氏の件からもそれは明白だ。


 ピリオドの場合はその場で蘇生されるが、ここではどうなるかわからない。テンリミが引きずり込まれた棺桶の中は尚更だ。


 とはいえ、今目の前に現れようとしている何かが、本当に八王に関連するものならば、だが。


 それだけ八王は未知数なのだ。死んでも神殿で再生するとたかをくくっていれば、足元をすくわれかねない。


「…………」


 張り詰めた空気がその場を支配する。

 泥のゾンビたちは動かず、まるでその場に主が現れるのを待つ執事のようだ。


「――来る」


 空気が僅かに揺れ、目の前の地面から棺が現れる。


 そして、泥のゾンビがそれを開けると、中から何かが跳躍する。


「上空!! 警戒して!!」


 全員が夜空を見上げ、飛び上がる何かを視認する。

 そしてそれは、ユキたちの目の前、30メートルほどのところへと着地する。


 ドシン!! という重々しい大地を踏みしめる音と、土埃が舞い上がる。


 ユキたちは風圧に耐えるため腕で風を受け止める。


(一体、棺の中から何が……)


 土煙が晴れ、それは目の前に姿を現す。


 その場の全員が息をのむ。


 現れたのは、女性だった。

 いや、女性というには異形すぎた。


 人間の倍近くはありそうな背丈。

 頭は金髪の美しい女性。首から下は白い体毛のような羽に覆われている。


 そして、手には長い鞭が握られている。


「美しい探索者……な訳ないですよね……」


 あり得ない。

 この感覚は、上の層でボスと相対するときに感じる重圧……!


「<解析>……」


 解析スキルにて、目の前の脅威の情報を引き出す。


 その名前を見て、ユキは息をのむ。


「な、何が出たんだ!?」

「”嘆きの王の片割れ”マレザード……! 八王本体じゃない!?」


 しかし、棺の中に居るの方は八王の可能性が高い。もしかして、片割れというのは二体で一体という意味なのだろうか。


 一先ず、テンリミたちがやられてこちらへとやってきたと言う可能性は低いだろう。


 だとすると、こいつをテンリミたちの方へと行かせてはいけない。2体の相手はきつすぎる。


「ここでこいつを食い止めるわよ……! あいつの動きを見逃さないで……何かしてきたら全力防御! 私のスキルでも止められるのは限度があるから!」


 まずは行動を見るしかない。

 何をしてくるのか不明であることが、こんなに不安だなんて。


『あぁ、臭い臭い……下等種の臭いがたまらぬわ』


 そのモンスターは、白い手で自分の鼻を抑える。

 その流暢な言葉に、脳が混乱する。


『嘆かわしい……。片割れが首なしごときに導かれるなど……下等な種族の相手は面倒でならん』

「下等種……?」


 このモンスターは何を言っているのか。

 自分たちを上位種とでも言うような口ぶりに、全員が混乱する。


 確かにモンスターの中では上位種であることに疑いはないが、探索者を明確に下等とみなしているとは微塵も認識していなかった。

 この言葉に、八王のあり方があるような気がした。


『いやまあ、片割れの手を煩わせる必要もなしか。……駆除だ』


 瞬間、そのモンスターの目がカッと見開かれ、体が僅かに大きくなる。

 

「伏せて!!」

『<風神>』


 速――。


 駿案、風が駆け抜ける。


「ぐおわあああああああああ!」

「「「!?」」」


 叫び声があがり、慌てて振り返ると。

 そこには腕を抑え座り込む配信者の姿があった。


 配信用マジックアイテムごと腕を切断され、満身創痍でうずくまる。


「大丈夫!?」

『あら……久しぶりで外してしまったか。鬱陶しいマルベルの核も破壊したしよしとしよう』

「何を言って……」


 いや、今はそれどころではない。

 速すぎる!!


 恐らく風系のスキル……しかし、発生が早すぎて防御スキルが間に合わない。


「どうすれば……!」


 その場の全員が、恐怖に飲まれていた。

 先頭に立つユキの背中だけが、全員の最後の希望だった。


(いや、あきらめるな……! テンリミを思い出せ私! あくまでスキルなんだから、かならず発動の隙はあるはず。ならば、それを見極めるまで……!)


『次は外さない』


 瞬間、その美女の体毛のような羽が逆立つ。

 さっきも、そのような現象を見た気がした。


『風――』

「<氷雪の華>!!」


 瞬間、目の前に展開される氷の障壁。

 それは、キン!! という甲高い音をたて、モンスターのスキルを受け止める。


「何とか間に合った……!」


 すると、一発でこちらの防御の強さを悟ったのか、すぐさま別のスキルを繰り出してくる。


『<大嵐>』


 それは、巨大な竜巻だった。

 移動するたび地面が削り取られ、破片が空中に舞う。


 トルネードはそのまま<氷雪の華>に激突すると、ドリルの様に障壁をえぐっていく。


「くっ……! 断続的な斬属性攻撃……! 削り取られる……!」


 <氷雪の華>が消滅するのに、そう時間はかからないように思われた。

 七層レベルでは敵なしの防御スキルだが、こいつには効かない。


 刻一刻と進む時間。

 目の前の氷の障壁はどんどんと削れて行き、もうあと数回転もすれば一気に崩壊する。

 そうなれば、ここにいる全員が<大嵐>に巻き込まれる。


 <フリーズ>を使ってしまった今、これを正面から防ぎきるすべはない。

 残ったフェンサーのスキルでは、これには対抗できない。全員を守り切ることは不可能だ。


「何か……何か出来ることはないの!? このままじゃ、全滅したうえにテンリミや来栖さんたちのところへ――」


「その話、詳しく聞かせてもらいたい」


「!?」

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