第52話 夜
「<アイシクル・レイ>!」
槍の様に降り注ぐ氷が、目の前の泥のゾンビに叩き込まれる。
しかし、倒されたゾンビは地面に倒れると泥へと変形し、足場を悪くする。
「ユキ! 後ろ!」
「くっ……! はああ!」
繰り出す細剣の突きが、泥のゾンビの眉間を貫く。
ぬめりとした感触。まさに泥を突いたのと同じ感触だった。
「く、キリがない……!」
泥のゾンビは倒しても地面からあふれかえり、気が付けば囲まれている。
ユキはいくら倒してもあふれかえってくるそれに嫌気がさす。
唯一の救いはその脆さだが、足場が悪く移動系のスキルが意味をなさない。
「ど、どうなっちゃうんですか!?」
シズネは半分パニック状態で声を張り上げる。
探索者といえど、三層ではまだ初心者に毛が生えた程度。多くの探索者がパーティを組んで多対一をしていることを考えれば、この大量の敵との乱戦は全く経験のない未知の領域。
何もわからず混乱するも無理はない。
あの廃ゲーマーが特例中の特例であることを、ユキはそこでようやく本当の意味で理解した。
あのテンリミットという高校生は、そのスキルの使い方や戦い方も確かに別格だが、なによりも特筆すべきことはあの適応能力だ。
未知の場所、未知の敵、未知のスキル、地上と違う体の感覚。
普通なら混乱してゆっくりと理解していくことを、戦いの中ですぐに習得・適応していく。でなければ、探索者を始めたてであんなつばぜり合いなど出来るわけがないのだ。
地上でプロスポーツ選手や格闘家、剣術家なんかをやっている人が多くこのダンジョンへと足を踏み入れた。しかし、そのほとんどはそんなアドバンテージなどないも同然だった。
それは、この場所があまりにも異質すぎるからだ。
技術だけでなく、精神力と思考力、忍耐力……さまざまな要素が要求されるのだ。
それらすべてを、もしかすると兼ね備えているテンリミットという男は、まさにこのダンジョンという魔境にうってつけなのかもしれない。
しかし、たとえそんなどんな状況でも打破できそうな地力を持つテンリミットといえど、ユキは今回ばかりは分が悪いと感じていた。
「テンリミは……無事!?」
棺に引きずり込まれてから五分程がったが、二人が戻ってくる様子はない。
二人を引きずり込んだ棺はそのまま地面に沈み込み、今はそこだけがぽっかりと穴が開いている。
少しして、地面からにじみ出るように泥のゾンビが湧き出したのだ。
「わ、わかりません!」
「八王との戦い……デュラルハンの例からタイマンが基本かと思っていたけど、そうじゃない……のかしらっ!」
ユキは剣を振りぬく。
さっきから後方で、配信用マジックアイテムが地上へと映像を送っているのは気が付いていた。
配信者魂を見せるならここで自分も配信するのが得策なのだが、ユキは今回それをしないと決めていた。
今はとにかく、目の前の敵が優先でもある。
「この墓地と、テンリミたちが連れていかれた棺の中……。二人が戻ってくるまで耐えればいいのか、それともこっちはこっちで別のクリア条件があるのか……最悪、こちらの戦況が向こうに影響していたとしたら……」
いくら考えても正解は出てこない。
しかし、何かからくりがあるはずなのだ。
「くそっ、来栖さんは一体!?」
アイアンナイツの新人が、必死で弓を射ながら叫ぶ。
「私たちどうすれば……!」
「死んじゃうんだ俺たち!!」
シズネの彼氏の例があり、今回ばかりはもしかするとデッドラインが関係ないかもしれないという恐怖が、その場を支配していた。
それが、この状況を打破しようとする意欲をそいでいた。
下手に動けば死ぬかもしれない。いつもより何十倍も重い重圧が、ユキを含めた全員の足を重くしていた。
来栖はベテランだった。
完全におんぶにだっこのつもりで来た新人に、この突然の状況はついてこれない。
アイアンナイツは分業制のため、ボス部屋を他のクランメンバーを使ってスキップしたりする。戦闘能力がなくても使える場面がある、というのが彼らの企業にも似た体制の言い分だった。
だから、戦闘に特化していなくても三層くらいなら平気で足を踏み入れたりする。
それは、戦えるメンバーが先頭に立つことを前提にしたプランだ。
しかし、ユキはそこに違和感を覚えていた。
アイアンナイツがいくら古株といっても来栖だけしか新人為つけてないのは不自然。三層をなめるような組織ではない。
もしかすると、多くの人員を割くようななにかが、他のところで行われていたのかもしれない。
「ユ、ユキさん危ない!」
「!」
(――しまった、考え事が……!)
泥のゾンビの大群が、背中側に襲い掛かる。
「ッ! <フリーズ>!!」
瞬間、後方のゾンビたちが一瞬にして凍り付く。
ユキ最大の攻撃スキル。防御と攻撃を兼ね備えた、攻防一体のとっておき。
(くそ、こんなところで貴重なフリーズを……リキャストが三時間もある、最悪……!)
これは確実に消耗戦になる。
一度撤退も視野にいれたいが、二人の安否も気になるし、仮にユキたちがいなくなっても増え続けるのなら、対処しないわけにはいかない。
放っておけば、この辺り一帯がまずいことになる。
「――待って……うそでしょ……!?」
瞬間、夜が訪れる。
急速に広がる闇が空を覆う。
三層の天候を操るほどの巨大な力。
全員がこれから何かが起こることを察する。
それはまさに、棺の中でズルドーガが姿を現したときと同じタイミングだった。
森の木々がざわめき、甲高い音が鳴る。
「これ……まさか……!?」
『片割れの顕現があるなら、我もでなければなるまい』
そう、美しい女の声が響いた。
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