第47話 嘆きの森のズルドーガ

『闇を讃えよ』


 瞬間、ズルドーガの気配が消える。


「くるぞ……!」

「わかってる!」


 すると、来栖も一気に気配が変わる。体の周りに、ぼんやりと赤い湯気のようなものが見える。


 スキルか! 自己強化系か? くそー気になる!


「俺が奴の攻撃を受け止めて道を切り開く! お前は奴の周りを観察しておけ!」

「おい、おれも回避タンクみたいなもんだぜ? 別に後衛なんてしなくてもいいんだけど」

「紙装甲のお前に任せられるか! 初見のモンスターだぞ!? いいから定石に従え!」


 瞬間、闇の中から鞭のような攻撃が繰り出される。


「来たぞ!!」

「はああ!!」


 来栖は斧を振り上げると、その鞭へとまっすぐに振り下ろす。

 激しい衝突音が鳴り響く。


「この鞭、さっき俺たちを捕まえたやつか」

「速さはあるが、<インパクト>一発で粉々になるとは耐久はそれほどないようだ。これなら俺だけで捌ききれる」

「油断は禁物だぞ」

「待て、何か……」


 闇の中で、ぼとりと何かが落ちる音がする。

 それは、一度ではなく何度も何度も繰り返し聞こえてくる。


 まるで、雨がポツポツと振り始めるように。


「なんだ……?」


 来栖はごくりと唾を飲み込む。


「何かくるぞ……」


 今度は、闇の中からべちゃ、べちゃと何かを踏みしめる粘性のある音が鳴る。

 そして次の瞬間、来栖の<蛍火>の下に、それは現れた。


「なんだこいつ……!? 見たこともないぞ!?」

「なるほど、そういうタイプのボスね……!」


 それは、まるでゾンビのような姿をした、黒い泥の塊のような何かだった。

 目はなく、口のようなボコっとした穴があるだけ。


 それが、まるで通勤ラッシュの満員電車から一斉に降りるように、闇の中から次々と現れる。


「来栖!」

「ちっ……前言撤回だ!! お前も戦え! 数が多いなら話は別だ! 自分の身は自分で守れ!」

「言わなくても……そのつもりだったぜ!」


 俺は剣を構える。

 ようやく戦える!


「「「グルルルルル……ガアアアア!!!」」」


 一斉に唸り声をあげ、その泥のモンスターたちが襲い掛かってくる。


「<サイクロン>!!」


 来栖は斧を振り回し、周囲の泥を一気に屠っていく。


 範囲攻撃スキル! 欲しいんだよなあ! 


「だけど、ないものねだりをしても意味はねえ!」


 スキルを発動し、俺の隣に分身を作り出す。

 まずは通常攻撃で様子を見る!


「なんだそのスキルは……!?」

「あれ、知らないですか来栖さん」


 斧で泥ゾンビを吹き飛ばしながら、来栖が叫ぶ。


「反応がうざいな、お前は……! スキルマニアじゃないもんでね……!」


 どうやら、最前線を戦っているアイアンナイツでも知らないスキルがあるらしい。

 もしかして魔技石スキルストーンって意外とドロップ率渋いのか……?


「おらっ!」


 クリスタルブレイカーを振り、目の前の泥を切り捨てる。俺の横で同じ動きをする分身が、同じように敵を薙ぎ払う。


 どうやら見た目通りドロドロとしており、切り倒した感触もあまりないが、一撃で地面へと倒れそして泥の様にべちゃっと広がる。

 

 これなら数が多くてもなんとかなりそうだ。


「はっ! おらっ!」


 剣を立て続けに振り、返す刀で次々と倒していく。


 しかし、散った泥が剣にまとわりつき、徐々に重くなっていく。

 さらに、倒した泥がそのまま地面に残り続けるせいで、徐々に地面が泥でまみれ、ぬかるんで行く。


「くそ、足場が悪い……!」


 来栖は転びそうになりながら、斧で何とか体をさせ、スキルで周囲の敵を薙ぎ払う。


「というか、見える範囲が狭すぎて後続がわからねえ! 何か視認性あげるスキルないのか!?」

「ない!! 俺のジョブはウォーリアーだ、そういうサポートスキルはない!」


 恐らく、来栖の言っていることは半分正しいのだろう。

 このゲーム……ダンジョンの仕組みとしては、ジョブ専用のスキルはあるが、それ以外で魔技石スキルストーンなどで習得できるスキルも多い。


 <蛍火>のような攻撃スキルじゃないものを来栖が持っていたのは探索に必要最低限のスキルだからだろう。それ以外のサポート用のスキルを覚えようと思えば、そう難しいことじゃないはずだ。


 だがしないということは、それがアイアンナイツの方針なんだろう。


 アイアンナイツは明確な役割を持ったクランということだ。本来は複数人での戦闘を基本とし、ロールのようなものを決めて覚えるスキルを固定しているのかもしれない。


 つまり、来栖は典型的なアタッカーなのだ。もしかすると、この状況では本来の力は出せないかもしれない。だから体制を立て直すために一旦外に出たいわけだ。


「どうする……このままじゃ後手に回って体力を奪われるだけだ。何か……あっ、そうだ……!」


 俺のスキルを使えば、倒した泥を松明にできるかもしれない。


「来栖、ここで見たことは誰にも言うなよ!」

「約束できない!」

「まあいいや、行くぜ<闇火球>!!」


 手を前方へと翳し、紫色の火球を放つ。

 それは闇を照らし、地面に広がった泥へと着弾すると、ボウッと地面を燃え上がらせる。


「なんだそのスキルは……火球!? いや、違う……色も、燃え方も違う……?」

「泥が消えないっていうなら、一度火をつければ持続的に燃え続けるはずだ、これで光源は確保できる!」


 狙い通り、普通の火と違う闇火球は泥に着火し、持続的に燃え続ける。

 俺はうまく泥のゾンビを誘導しながら、そこへ闇火球を放っていく。


 気が付けば、結構な広範囲で松明のように炎が燃え上がっていた。目視範囲は、蛍火の10mから飛躍的に広がり、目測で70m程は見えるようになった。


 しかし、どうやら見える範囲にはいまだ泥のゾンビがひしめいていた。

 しかも、倒れていくたびに泥が広がり、足場がどんどん悪くなっていく。


「くそっ……残り続ける泥が厄介すぎる、足が……!」


 瞬間、来栖が初めて泥のモンスターから一撃を貰う。


「来栖!」

「ぐおっ……!? こいつ……体力に対して攻撃力が異常過ぎる……!」

「まじか!?」

「2000持っていかれた……!」

「はあ!? 俺一撃じゃねえか!?」


 いまだ攻撃を受けていないが、このままでは足を取られ、物量でダメージを追うのも時間の問題だ。


 何とかしないと――と、その瞬間。

 俺の首のラインを横切るように、死の帯が——致命の線が見える。


 これは――死――!!


「飛べええええ!!!」

「!?」


『あぁ……——<嘆きの憧憬>』

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