第30話 刹那の判断

 見える……すべて見える!!


 まるで少し先の未来が見えるかのように、このボスの攻撃軌道が見える。

 

 それは、よくあるマンガとかアニメのように、スローで見える訳では無い。ただ俺の眼には、このボスが攻撃する軌道が紫の輝く帯として視認されていた。


 1、2、3――。


 小気味よく、俺はボスの振り下ろす鋏を弾き飛ばしていく。

 鋏を弾きながら考える。これは、恐らく俺の脳が弾き出しただ。


 攻撃の初動、初速。加速の具合や方向。受ける風の変化や相手の状況。そういった目に見えない情報を、俺の脳が視覚化し、紫色の死の帯として俺に認識させているんだ。


 これがいつまで続くかわからない。このチャンスを逃す訳にはいかない……!!


 えりぴよの攻撃が通るだけのスペースを開けるんだ。こじ開けろ……こじ開けろ!!


「うおらあああああ!!!」


 回転数ケイデンスが上昇していく。もはや脊髄反射での攻撃。だが、根拠がある。論理的思考の果ての無我だ。


 身体反応する。今なら、攻撃を食らう気がしねえ。


「ギガアアアアアア!!!」


 ボスも、ここが正念場だと攻撃の手を一切緩めない。

 恐らく、ここを押し切ったほうが勝つ。


 キンキン! と甲高い音が響き渡る。

 あと少し……こい……こい!!


「グアアアアアアア!!!」

「――――待ってたぜ、それを!!」


 瞬間、俺の目の前に、紫色の壁が迫る。

 死の帯が重なり合い、壁のように立ちはだかる。それはつまり、すべての鋏がということだ。


 裏を返せば、すべての鋏に瞬間だ。


 ここに、すべてを掛ける。

 <分裂>はクールタイムで使えない。全力の攻撃を、この紫の死の帯が重なる一点に、完璧なタイミングで叩き込む。


 一瞬でもタイミングや角度がずれれば、いずれかの鋏がすり抜け俺の身体を切り刻む。そんな、精密な一撃を求められている。


 俺に出来ない訳がねえ!! こんくらいのタイミングゲー、何度も突破してきてんだよ!


 ボスの攻撃を、ギリギリまで引き付ける。まだ、まだ…………。

 今返せば最後の一本が俺を捉える。まだだ……まだ……――。


「――――今ッ!!!」


 俺は初めて両手で振り上げた剣を、まっすぐに振り下ろす。

 正真正銘、俺の全身全霊を掛けた一振り。


 その一閃の攻撃は、ボスの3つの鋏の交わるポイント――交点に、完璧なタイミングでクリティカルヒットする。


 稲妻のような、黄色い閃光が迸る。


「――――ッ!!」


 ボスの三本の腕が、


 ガードが開いた――。


 澄み渡る景色。その先に、ボスの薄い腹がむき出しになる。


 言わないでも、俺が突破口を開くのを信じて待っていたかのように、完璧なタイミングで後方から熱気を帯びたそれが俺の頭上を通り越す。


「本当、凄すぎ……!」


 轟轟と燃えるえりぴよの<火撃ファイア>は、こじ開けたガードの中をくぐり、まっすぐにその無防備な腹へと激突する。


「グオオオオオオオオアアアアアアア!!!!」


 断末魔の叫びが、クリスタルの広場の中を駆け巡る。


「やった!?」

「まだだ……!」


 くそ、火力が足りない……! もう一押し……!


 もしここを逃せば、こいつは行動パターンを修正してくる可能性がある……! ゲームじゃないんだ、戦闘の中で対策されても不思議じゃない!


 このチャンスを逃すわけには……いかねえ!


 眼の前はすでに、俺の弾きでスタンしていた腕が回復し、反撃のモーションに入っているボスの姿があった。


 紫の帯が、また視界を覆っていく。空いているのは、僅かな隙間。一瞬でも判断が遅れれば閉じてしまうかあるいは攻撃をもろに受けてしまう、薄い希望。


 だが俺は、考えるよりも先に剣を前に構え、<突撃>を繰り出していた。こればかりは、センスではなく――積み重ねた経験からくる、最適解。


 数多のボスを討伐してきた、最強のゲーマー――テンリミットだからこそ出来る、好機を逃さない刹那の判断。


 俺の最速スキルを乗せた剣での突進。針の穴を通すように、その僅かな生存の隙間を通り抜ける。俺のさっきまで居た場所に、鋭い鋏が三本突き刺さる。


 ――抜けた!


 そして俺の突き出した剣は、えりぴよの炎で変色したボスの身体に、深々と突き刺さる。体内に入り込んだ剣の切っ先で、何かを砕いたような振動が手に伝わる。


「じゃあな、蟹野郎……!」

「――――」


 生命が抜けていく感覚。

 突き刺さっていた剣が緩まったかと思うと、ボスの身体が青白く光り輝く。


 そして、空へと放たれる綿毛のように、光の泡となったボスが崩壊していく。


「はあ、はあ、はあ、はあ……」


 俺はその場で立ち尽くし、空へと上がっていくその光景を目に焼き付けていた。


「綺麗…………」


 後ろから、えりぴよのそんな声が聞こえた。

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