第29話 死の帯

「ぬおっ……!! 手数が多すぎる……!」


 二本でやっとだった奴の攻撃が、三本目の腕の出現によって一気に厚みを増す。


 回避では間に合わずなんとか弾きで応戦するが、死角からの攻撃に俺は初めて、右脇腹にダメージを受ける。何とか剣で軌道をそらしたから掠った程度で済んだが、その威力は想像を超える。


「うっ……! くっそ……HPがゴリっと減った……!」


 まずい……あと一撃で確実に死亡!

 避けきれないんじゃ無理筋すぎる、さすがは多人数用ボスって訳か。


 デュラルハンは人型で明らかにタイマンを想定した性能だった。だからこそある程度のいい勝負が演出できていた(実際の実力差は置いておいて)。だがこいつは恐らく、数でのゴリ押し推奨ボス! そもそも1人で捌ききるように出来てねえって訳だ。


「えりぴよ、ファイア頼む!」

「うん!」


 だがやることは変わらない。何とかしてあの腕をもう一回削るしかねえ。


 えりぴよのスキルが発動し、後方から彗星のように炎の固まりが飛んでくる。

 しかし、クリティカルヒットしたえりぴよの炎は、奴の甲殻によって弾かれる。


「! な、なんで!?」


 さっきまで炎が触れたところは変色して攻撃が通る様になっていた、今回はそうはならなかった。


「まじかよ、フェーズ2は常時硬化状態ってことか……無理ゲーかよ!」


 よく見ると、ボスの体表はさっきよりも光沢が増している。落下のときに自身の身体を防御していたあれだ。攻撃中には使えなかったはずだが、フェーズ2から可能になったらしい。


「くっそ……いいね、面白くなってきたじゃねえか!」

「面白くないよ~~!!」


 後ろからえりぴよの泣き声が聞こえてくる。

 テンリミットを舐めんじゃねえ。今まで数々の難敵を倒してきたんだ、今回だって例外じゃねえ!


 とはいえ無策じゃ無理だ。一旦体制を立て直すしかねえなこれは。


「えりぴよ、煙幕頼む!」

「りょ、了解!」


 俺とボスの間に広範囲の煙幕を張られる。

 ボスが俺を見失っている隙に、俺はクリスタルの裏へと退避する。


 合流すると、えりぴよはあわあわして叫ぶ。


「う、腕生えたよ!? もう一本!」


 コメント欄も、流石に絶望的な雰囲気に悲観的なものが目立つ。

 

「生えたってか、再起動したって感じだな。腹のとこに隠してやがった」

「だ、大丈夫かな……?」

「当たり前。だけど、常時硬化と攻撃の厚みが増えたせいで打開策が見つからねえ。考えないと。観察が大事だ、初見の相手は特に」

「観察……」


 さてどうする?

 相手はこれまでの攻撃に腕一本加わった状態。さすがに回避は厳しい。しかも、ファイアとのコンボでのダメージも望み薄……。


 戦い方を変えるしかねえ。あれだけ全身が硬化してるんだ、何か弱点があってもおかしくない。例えば3番目の腕の耐久力が極端に低いとか。……いや、硬化がある以上意味はないか。


 あるいは、移動速度低下とか? 腕が増えたんだ、その動きも鈍くなるはず。――だが、数分打ち合ったがその気配がない。むしろ腕を封印してた時の方が本調子じゃなかったまである。


 さて、どうするか。


「ねえ、テンリミさん」

「どした?」


 えりぴよは遠くを見つめながら言う。


「あれ、ほら……なんかお腹のところ薄くなってない……? 気のせいかもだけど……」


 言われて、俺はボスの方を見る。すると、ちょうど俺たちを見失って体を上げたボスの腹が、さっきまでのクリスタルではなくなっていた。


 それを見た瞬間、俺はハッとする。近距離から殴り合っていたから、鋏と重なって見えていなかった。


「そうか、腕が殻の役目を果たしてたから、それが稼働を始めて逆に腹が無防備になってるのか!」

「そうらしい!?」


 なら、あそこを狙えばいけるか……!? 可能性は十分ある!

 だが、それを守るのは三本の腕だ。それをどうにかしないといけない。行ける……か。


「ナイス発見だぜ、えりぴよ!」


 俺は思わずえりぴよの頭をワシワシと撫でる。


「っ!」


 えりぴよはハッとした顔で、頭を抑える。


「えりぴよ、作戦会議だ! 倒すぞ!」

「う、うん!」


 :えりぴよちゃんがファインプレー!?

 :安全に安全に……。

 :いけそう?!

 :怖いよう……怪我しないように……(T . T)


 短い作戦会議を終え、俺たちはお互いに頷きあう。

 そうして、俺はまたボスの前へと舞い戻った。


「さあ、第二ラウンドだ」

「キイイイイイイイ!!」


 轟く奇声。

 向こうも本気だ。さあ、勝負しようぜ。


 ボスはまっすぐに鋏を振り下ろす。その後ろからは、二発目が迫ってきている。

 新しい作戦。それは――。


「――完全集中で全ての鋏を弾き飛ばす!!」


 俺は体の感覚だけに意識を集中させる。目だけではなく、その他の感覚器官へ。


 ゲームでは目と耳が大事だった。動体視力がFPSやアクションに必要で、相手の方向を見極めるのに音が重要だったからだ。しかし、それはディスプレイという平面ですべての情報を得る必要があったからだ。


 だから、俺は癖でここに来てからも基本的に目に頼っていた。確かに、いろいろな判断材料があることを頭で理解してはいたが、結局のところそれを最大限有効活用しているとは言い難く、目で見てから反応するのがほとんどだった。だけど、それじゃあ遅い。


 ここはリアルなんだ。使えるものはたくさんある。攻撃が迫る音、空気を伝わる振動や風、独特な匂いやビビッとくる死の匂い。


 ダンジョンの魔素により強化された俺の五感を最大の集中で活用して、目ではなく感覚で見切る!! 俺なら出来る! 集中しろ……感覚を研ぎ澄ませ……!


 ―― 瞬間、俺の眼に光る帯が見えた。


 その帯は、紫色に禍々しく光り、空気中に漂っている。


 それはどうやらボスの鋏から伸びているようで、その様相は俺に嫌悪感を抱かせる。直感的に、俺はそれが何か理解した。


 これは……俺の五感が弾き出した、絶死の領域――!!


「つまり……ここだろ!!」


 俺は鋏の死角を利用した2連撃を、完璧に弾き返す。

 紫の死の帯に沿って放たれた、同じ二発の斬撃。それが見事に鋏にクリティカルヒットし、その鋏を弾き飛ばしたのだ。


「う――うっそ!?」

「見えたぜ、勝利への道が!!」


 その時、俺の周りをスキル獲得の光が包んだことに気づいたものはいなかった。

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