第25話 ライブラリ
「フィールドボスって言うのはね、ボス部屋に居る階層のボスとは別で、その階層の特定の場所に突然現れる、階層の主って感じかな」
「聞いてねえ~……」
おいおい、フィールドボスだと?
つまり、デュラルハンみたいな奴が居るってことだよな? いや、でもあれはユキとかそれなりの探索者にとってもイレギュラーだったみたいだし、少し違うのか。
けどニュアンスは似てるだろう。
「いや、いやいやいや!」
えりぴよは慌てて両手を左右に振って全力で否定する。
「本当に! 本当に滅多に現れないから! 出現条件も不明だし、ここで目撃されたのも二ヶ月前が最後だから」
「詳しいじゃねえか。おいおい、それ聞いてなかったら不意打ち食らってたかもしれねえのかよ、こえ~」
「ご、ごめんなさい……言ったら来てくれないかと思って……」
えりぴよは唇をすぼめ、うつむきながら悲しそうに眉を八の字に曲げる。
「失敬な、俺はテンリミだぜ? ボスと名がつくなら倒しておくに決まってんだろ!」
「え?」
「しかも、そんなレア出現エネミーだったら水晶より良い素材落とすかもしれねえし、出会えたらラッキーじゃねえか、誰がそんくらいで気が変わるかよ」
「テンリミさ~ん」
えりぴよは泣きながら俺に抱きついてくる。
「離れろ!」
「うえーん、嬉しくて……」
えりぴよはズズズと鼻水をすする。
コメント欄も良かったねえとまるで保護者のような空気感だ。
「んで、そのフィールドボスってのは強いのか?」
「クリスタルクラブの強化版みたいなやつって話しだよ。ただでさえ下層への道順から大分離れてるから、そもそも遭遇する探索者が少なめらしくて情報はそこまでないんだけど。こういうフィールドボス系って、図鑑データ有料だから……」
「図鑑?」
「え、テンリミさん知らないの!?」
うん、と俺は頷く。
「本当に初心者なんだ……良く一層クリアできたね、すごい。えっとね、”シーカー”の拡張機能なんだけど、シーカーって何個かアプリを入れられて、そのうちの一つが図鑑って呼ばれてるアプリなの」
えりぴよは自分のシーカーを機動する。
「おぉ、俺のとちげえ!?」
俺の無機質なホログラムディスプレイと違い、えりぴよのは着せ替えされていた。
ピンクと紫のディスプレイで、ネオンライトのような光り方をしている。
「画面カスタムも有料でできるよ、まあこっちは脱獄だからデバイスイジれるエンジニアにお願いする必要あるけど」
「へえ、意外と自由なのな」
「素人がやると壊れるからおすすめしないけどね。で、これが図鑑」
えりぴよは画面をスワイプする。すると、ライブラリと書かれた画面が現れる。
そこには、モンスター、ボス、採集などのカテゴリが列挙されている。
ボスの欄をタッチすると、そこには一層のボス「キャーヴドゴーレム」の記載もあった。
「すげえ、ピケモン図鑑ってわけか」
「そんな感じ。自分で遭遇したデータは魔素を読み取って自動アップデートされるんだけど、未遭遇のモノを入れておきたい場合は、誰かがエクスポートしたデータを買って取り込まないといけないの」
「へえ、面白いな」
情報を売って金を稼ぐこともできるってわけか……こりゃダンジョンだけで一つの経済圏が出来上がってるのも納得だな。
「フィールドボスみたいなレアなモンスターはそれだけで値段が高くて、私じゃ手が出なかったの。動画漁ってみたけどまだ記録してる人居なかったし、ちょっと詳細は分からないの……」
「ま、ネタバレはされたくねえから、情報はなくていいだろ。ぶっつけ本番! その中でどうやって倒すか考えるのがおもしれえんだろ!」
「ええ! 死ぬのが怖くないの……?」
「死ぬの怖かったらこんなとこ来ねえよ」
すると、えりぴよは一瞬目を見開いた後、僅かに口角を上げる。
「――まあ、それもそうですね。死ぬのが怖くないから、私もダンジョンに来てるわけだし」
えりぴよは、自嘲気味に笑う。
「とにかく、俄然やる気が出てきたぜ。どうせならフィールドボスも倒したいけど、遭遇は運か」
「ですです。とりあえず進んでみるしかないね」
「よっしゃ、じゃあじゃんじゃん行こうぜ!!」
「おー!」
俺たちはやる気を新たにし、水晶洞窟を進んでいく。
緩やかな下り坂が続き、道も徐々に細くなっていく。襲ってくるクリスタルクラブの数も増えてきたが、えりぴよの炎魔法スキルからの俺の近接攻撃コンボが板についてきて、難なく蹴散らしていく。
そうして、少し開けた場所に出る。
「お、なんかすげー明るいな」
「そうだね」
今までの空間以上に明るい。
周囲はすべて青色の水晶の壁に囲まれ、それは地面にも続いている。
えりぴよは一人で奥まで歩いていくと、壁に触れる。
「えっ、行き止まり……?」
そこは完全に袋小路だった。
下り坂の先の行き止まり。
「おかしいな……この辺りに水晶の山があったはずなんだけど……」
「確かか?」
えりぴよは頷く。
「しばらく細い道を下って、崖みたいになったところの先に更にもっと広い空間があるところまでは見えたはずなんだけど……。大量のクリスタルクラブが居て、そいつらから追いかけられたから私は急いで上まで戻ったんだけど……それさえ居なくなってる」
「うーん、道間違ったか?」
「いやいや、一本道だったし、クリスタルクラブがたくさん襲ってきてたから間違ってはいないと思うんだけど」
えりぴよは眉間にしわを寄せながら、壁をつついてみたり、クリスタルクラブさん居ませんかー! と叫んでみるが、特に反応はない。
突然空間がまるごと消えるなんてことはありえない――とまで言い切れないのがダンジョンってところだよな。
だけど、きっと何かあるはずだ。
「よく観察してみよう。なにかヒントがあるはずだ」
「うん」
俺たちは手分けして周囲を見て回る。
水晶は硬く、削り取るのは難しそうだ。この周囲の壁のどこかに抜け穴があるとは考えにくいな。
続いて上を見上げると、周囲の壁からせり上がった水晶が、そのまま天井をドーム型に形作っている。これまでの順路とそれは変わらない。
「まあ、色々試してみるしかねえか」
俺は剣を抜くと、壁に近づく。そして、おもむろに壁を斬りつける。
「ッ!? な、なに!?」
えりぴよは、壁に弾かれた甲高い音に反応して慌てて杖を持ってこちらを見る。
「いや、壁なぐったらスーッと消えないかと」
「消えるわけ無いでしょ!?」
「わかんねえだろ、ダンジョンなんだから。あ、そうだ。火の魔法さ、壁に出してみてくれよ」
「ええ、意味ある?」
「一応試しだよ、試し」
「まあ良いけど……」
渋々えりぴよは杖を構えると、<
炎は壁に当たり、いくつかの火が跳ね返る。
しかし、壁には傷ひとつつかない。
「やっぱり意味ないよ」
「意味ねえかあ……確かに無傷だな」
俺は炎の当たった場所を眺めてみる。傷ひとつつかない、きれいな水晶だ。
――と、その時。視界の端に違和感を覚える。
さっきまで視界全体が水晶の水色で埋め尽くされていたからこそ気付ける違和感。
それは、水色の中に現れた、指の先程の小さな赤いシミだった。
俺の足元に現れたそれは、俺が視線を向けたときにはスーッと消えていった。
「…………おいおい、そんなでけえのか?」
「え、何かわかったの?」
「あぁ。――えりぴよ、もう一回ファイア頼む。次は地面に向かってだ」
「ええ、また? まあ良いけど……」
めんどくさそうに口をとがらせ、えりぴよは渋々杖を地面に向ける。そして。
「<
放たれた炎は地面にあたり、その辺りを真っ赤に染め上げる。
「! この色って……!」
「やっぱり……おい、俺の身体に掴まっとけ!!」
「ひいい!」
えりぴよはわけも分からず俺の身体をガシッと掴む。
遅れて、地面が激しく揺れだす。
「地震!?」
「ちげえよ! 来るぞ!」
「ギギギギギギギギギギ!!!!」
奇声と共に、地面はその蓋を開けた。
地面が、落ちていく。
「きゃあああああ!!」
「はは!! すげえ!」
眼下には、体育館ほどの大きさの水晶の山が見える。ここが、えりぴよの言っていた場所だろう。そして。
「来た……でけえ!! こいつが、フィールドボス!!」
「ギギギギギギギアアアアアア!!!」
真下の地面は姿を変え、その巨大な正体を露わにした。
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