第9話 配信者ユキ視点:再生
「うっ! ……はあ、はあ……」
再生される時のこの乗り物酔いのような感覚は、何度経験しても慣れない。
7層まで攻略してきたが、あの王ほどの強者とは戦ったことがなかった。名前しか聞いたことのなかった存在。実物を目の当たりにして、ようやくその恐ろしさが理解できた。
同じ場所に立っているだけで感じるプレッシャー……剣を一度受けるだけで骨の芯まで震える衝撃。あれは、モンスターという括りを超えている。
<氷雪の華>は、氷系魔法スキルの中でも、効果も高いレア防御スキルだ。展開までの時間の短さと、効果時間の長さ。加えてその圧倒的な硬さで、敵の攻撃をほとんど受け付けない絶対防御だ。
だが、王には効かなかった。
効果時間内に盾が破壊されるのは初めての経験だった。
あれを壊される以上、もう私に攻撃を防ぐ手段はない。<斬魔剣>は、もっと別タイプの強固なスキルじゃないと防御は不可能だろう。
全て受けきるという選択肢もあるけど、正直現実的じゃない。誰があの高速の斬撃を予測し捉えることが出来る? 無理に決まってる。
別の策を考えないと。王と当たるのが普通のエリアならまだやりようもあっただろうけど、場所がピリオドというのが厄介すぎる。
このままデッドラインを超えて死ぬ運命が、手招きしてこちらを見ている。策を練っている時間も、考えをまとめる時間もない。
――けれど、
私は助けに入ったことを後悔していない。
数秒後、体の再生を終わる。
直後、眩い光を受け咄嗟に手を目の前にかざす。
こんなに洞窟は眩しかったっけ? と頭にはてなが浮かぶ。
さっきまでの状態なら、これほどは明るくなかったはずだ(普段よりは明るかったけど)。
だが、気にしている暇はない。
ここからが本番だ。なんとしても、あの子だけは生かして帰す。
私は意を決し、目を開いて叫ぶ。
「――戻ったよ! ……って、あれ……?」
目を開けると、そこは見慣れた復活ポイントだった。
目の前には神殿があり、私は周りから一段窪んだ円形のスペースの中央に佇んでいた。叫んだ私に驚いて、周りの探索者たちがこちらを見ている。
「そ、そんなはずは……! 何でここに……!?」
私だけ戻れた!? あの子を置いて!? いや、あり得ない。そんな話聞いたこともない。
「何が……どうなってるの……」
明らかにおかしい。ピリオドで死んだらあの中で復活するはずなのだ。それなのに、なんで神殿で目が覚めたのか。
右肩の上で浮遊している配信用アイテムは健在で、コメント欄は高速で流れていく。
:王は!?
:何、やらせ?
:ユキちゃん生きてた……良かった……。
:どういうこと?
困惑しているコメント欄に、私も首を傾げる。見ると同時視聴者数は10万を超えている。こんなにあの映像を見ていた人がいたなんて。
「それより、あの子……!!」
しかし、周りを見渡してもその姿はない。
私だけ戻ってきた……?
もしかすると、あの子……デッドラインを超えて消滅してしまった? いや、だとしても私がこっちに再生する理由にはならない。
それに、あの子はノーダメージだったし、まだ一回も死んでなかった。流石にデッドラインを超えるまでの間には私がリスポーンしているはずだし。
ということは、まさか倒した……? 倒した結果、私の再生縛りがなくなったのだとしたら……。
消去法で導かれた答えに、私はすぐさま頭を振る。
いや、ありえない。いくらスキルゲーで、戦い方さえ上手ければ上のレベルにも勝てるとはいえ、あの王は別格だった。スキルも規格外。戦術でどうなるものでもない。あの後私と同様すぐさま死んでしまったのは想像に難くない。
……いや、あの子の戦いっぷりからして、なくはないと思えてしまうのは何故だろうか。あの動き……嫌でも期待が高まってしまう。
いずれにせよ、王とあの子の間に何かがあったのは間違いない。それが決着にせよ、何にせよ。
ダンジョンの王たちについては、まだ何もわかっていないのが現状だ。何が起きても不思議ではない。
ダンジョンについての研究はほとんど進んではいないが、それでもダンジョンからは、なんらかの意図を感じるというのが通説だった。ダンジョンの意思――と、探索者はしばしば口にする。
ならば――あの時、あの場所、そしてあの子の前に王が現れたことも必然と捉えるべきだろうか。
何にせよ、確認しないわけにはいかない。
私はすぐさま配信を切ると、急いでピリオドに戻る。
さっきまで多くいた周囲の人はほとんど残っていない。
「あれ、ユキさん!? 何でそっちから?」
「ちょっと死んで……」
私はピリオドの入り口を見る。すると、そこにあったはずの穴は完璧に塞がっていた。
「なんで……封鎖されてる!?」
今までそんなこと一度もなかったはずだ。
「あぁ、いやあ、ついさっきものすごい音がしたと思ったら、急に塞がっちまって……」
「一体なにが……ねえ、あの子は!? あの子は出てきた!?」
男の装備をガシャガシャと揺らし、問いただす。
「あ……あぁ! 転移ゲートが出てきて、戻ってきたよ! その後閉まったんだ!」
「本当に……?」
男は必死に頭を縦に振る。
「良かった……!」
私はほっと胸を撫で下ろす。
良かった、とりあえず無事だった。
それにしても、何でピリオドが閉鎖されたのか。あの子が何かの条件を満たした?
王と出会い、何かを起こし、そしてピリオドは閉鎖された……これもダンジョンの意思なのだろうか。それとも、デュラルハンの……?
確かめなくては。あの後、あの子に何があったのか。
そうして、ダンジョンの長い一日は終わった。
その日を境に、一層のピリオドは姿を消した。
◇ ◇ ◇
「ここね」
白い軍服のような服を着た金髪の少女は、手に持ったランプでピリオドの中を照らす。
「おい、キサラ。こっち」
これまた白い軍服のような服を身に着けた男に呼ばれ、キサラはそちらの方へと歩いていく。
すると、地面につけられた無数の切り傷を見つける。壁にも、深々と斬撃の跡が残っている。
隣に立つ赤髪の男が言う。
「剣……か。ここってコボルドの巣だよなあ? 居たか? 剣を使う奴なんて」
キサラは頭を振る。
「あの切り抜き映像の通りね。ここで、奴が現れた」
「みてえだな。入口が塞がっててどうなることかと思ったけど、転移結晶があって良かった。座標記録しておいて良かったぜ」
「ルカ、別にあんたが記録したわけじゃないでしょうが。リーダーでしょ、リーダー」
キサラは呆れて大きなため息をつく。
「うっせえな! ……とにかく、当たりか?」
「そうね。少なくともここで何かがあったのは間違いないわ。ネットでもリアルタイムで見ていた視聴者が大勢いる。噂になってるわ」
「本当に動き出したのか?」
「映像だけじゃなくて、大森林の巫女も言うんだから可能性は高いんでしょ。なら、私達の出番」
キサラはニヤリと笑い、胸を張る。
「ダンジョンの王……私達が頂くわ」
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