映画の予告は好きじゃない

結城瑠生

第1話

 E―7。中央列の前が通路になっている一番左の席。俺は、いつも映画を観るこの特等席で、ポップコーンを膝の上に置き、ジュースを右の肘掛けに置いた。


「もうすぐ時間だ」

 

 客席が暗くなる。遅れて入って来た人がいるのか、足音が少しうるさかった。「ちっ」と一回舌打ちをする。


 俺は暗くなってすぐの予告が好きだ。邪魔されてはたまらない。


 スクリーンが光り始める。お待ちかねの時間だ。


 あと少しで命が終わる。黒い背景に真っ白に描かれた言葉が画面に映し出された。遅れて聞こえてきた音楽は、不気味としか言いようがないくらい耳に響く。突如、映し出されたのは病院、点滴や機械の音が絶えまなく続いたので、集中治療室のようだ。そこにいたのは包帯を巻かれた人。性別はわからないが、こいつが主人公だろう。と思ったが、主人公は別にいた。治療室にいたのは大切な奥さんだったらしい。交通事故に巻き込まれたそうだ。1分間の予告は、彼が彼女との記憶を語っていくところまでで終わった。


 絶対に好みじゃねぇな。俺は心の中でそう吐き捨てたが、次に聞こえてきた音でテンションが上がっていた。


 あの黒澤明も認めた! ナレーションの生き生きとした声とともに、銃を持った体格の良い黒人の男性二人が走り始める。ド派手な火災の演出と銃撃戦が流れ始め、またナレーションが続いていく。ナレーション以外は英語だ。画面が何度も切り替わり、彼らが逃げることになった事件の概要が明らかになっていく。舞台はニューヨーク、テロリストにされ逃げていく話らしい。途中でキャストの名前が出ていたが、誰かはわからなかった。たぶん有名な人なのだろう。二分近くの予告は体感では三十秒くらいで終わった。


 十二月公開か、これは見る。俺は心の中でそう思いながら、切り替わった映像に驚いていた。


 葉っぱと同じくらいの大きさの少女が、小さな家で暮らしている。アリエッティの続編?


 そう思えるほどに似ている小人が、掃除に洗濯などをしている様子が流れていく。ただ家事をしているだけ、それなのに透明感のある美しい作画に目が離せなくなった。


 これは楽しみだな。そう思ったことを、間違いだったと気づくのに数秒もかからなかった。最後に映画のタイトルが映し出された瞬間、会場全体が笑いに包まれた。どうしてこんなものが公開されているのだろう。


「泉の森のアリエティ」


 ただのパクリだ。


 今回はあまり期待できる作品がなかったな。他にも何作品か予告が流れたが、気に入ったものはあまりなかった。ポップコーンを2つ口に入れる。キャラメルの香ばしい香りはしなかったが、かわりに歯に豆が当たった。何の嫌がらせだよ。映画泥棒のお決まりの文句が始まり、終わっていく。よし映画が始まる――


「映画は何か! 続きは――」


 スマホ画面に映った広告を見て、僕はスキップボタンをそっと押した。

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