どこかの姫君の体に移ったのだけど……

 私の手元には刺繍の枠がある、かなりのクオリティ。サイドテーブルには針山と刺繍糸が。もう糸を切った後のようだから、完成したのかな?


 刺繍の絵柄をよく見ようと思ったが、私の意思に逆らって体が動いた。は布を枠から外し、枠と針山と刺繍糸を小箱に入れてからドレッサーの引き出しに片付けた。

 ドレッサーの上に置いてあった鏡の柄には「エリーザElisa・A」と彫られていた。この体の主の名前かブランド名?

 片付け終えるとはソファに座り、布を陽に翳してシゲシゲと眺めた。中央に子羊が、子羊の周りに5輪のアネモネが刺繍されている。陽に翳すと、赤い花が透けて輝き、その中央に鎮座する子羊が仰々しく見えた。何だか、悪趣味。羊の色の薄橙を使っているから?


「綺麗」と、体の主はうっとりと呟いた。「昔見たままだわ」


 昔何を見たの?

 好奇心がウズウズして来た。


 ドアがガチャッと開き、メイドのような女がお盆を持って入ってきた。ノックもしないのね。

「夕食です」と、ガチャンと乱暴に部屋の中央にあるテーブルに置いた。


 体の主はおずおずと布を置き「ジョルジョの体調はいかがですか?」と、メイドに対するには丁寧な口調で訪ねた。

「エリーザ姫に関係ありますか?」と突っけどんに返したメイドはガチャンと音を立て部屋を出ていった。この主はエリーザという名前で合っているのか。


 ジョルジュって兄弟? それとも友達? この目線だとエリーザは15〜16歳くらい? この国に異性との交友に制限はあるのかな?

 静かになった部屋で1人での食事を始めたエリーザが何を考えているのか、私には分からない。エリーザが鏡を見ない限り表情も分からない……仕草は分かるけど。「姫」ということは彼女は王女? それともただの皮肉?


 食事を終え食器がメイドに下げられると、窓に向かいエリーザは床に跪いた。

 何語なのか分からない言葉で呟き始めた。跪いているから祈りの言葉?

 ポロポロとエリーザは涙を流し始めた。


 何が起こっているのか分からない。自由に動けないのがもどかしい。

 それにしても、何でこの子裸足なの?



 その時、外から呻くような叫び声が響いた。

 エリーザはカタツムリのようにノロノロと窓から外を見た。そして静かに十字を切り、跪いた。

 外では誰かが殺されていた。台の上で。まるで生贄のように……。

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ある日、引き籠もり少年がフロンティア・トラベラーになった件について 神永 遙麦 @hosanna_7

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