何とか評論家の娘

 もうじきカメラが来る。何とか評論家の娘さんと一緒に。私の何を評論するんだろう?


 曲に合わせて滑りながらも、夕魅はそのことが頭の片隅から離れずにいた。

 ボーッとしていると誰かにぶつかる、それは知っている。何度かやらかしては、コーチに叱られた。でもさ、曲が掛かっている間は周囲のこと考えずに、滑りたくない? それで事故起こしたら、大変なんだけどね。それに今は別なこと考えてたし。


 くだらないことを考えている間に『くるみ割り人形』のクララは金平糖の精になっていた。カメラと美桜さんが来ていた。

 最後のワルツを終え、息をハアハア整えていた。美桜さんがこちらに近づいてくる気配はない。スケート靴ないのかな?


 あたしの息が整うと、美桜さんが生まれたての子鹿のように近づいてきた。

「初めまして、美園 美桜です」

 タイミングを測っていたのか。

 足元が不安定ながらも、美桜さんは私に手を差し出して来た。

 だからあたしはその手を握った。

「こちらこそ。朝緑 夕魅です」


 *


 夕魅ちゃんは朝緑くんとあまり似ていない。

 そのことは写真で見た時から知っていたが、実際に会い美桜は更にそう思った。

 とは言え、それは仕事に関係のないこと。


「大晦日だからか行き交う人々が皆忙しそうだね」

「あの中にお年玉用意している人はどれくらいいるんですかね?」


 目的地に向かって進んでいく車の中、私と夕魅ちゃんは無難な話を繰り広げていた。


「帰省はするんですか?」

「しないよ〜。夕魅ちゃんは?」

「弟の容態によるですけど、多分おじいちゃん家に行きます」


「好きな本は何?」

「鬼減の刃が好きです」

「流行ってるよね」


 教育評論家の娘らしく、時事話も。

「そう言えば武漢で流行っている、って言うウイルス。日本に来ないといいな〜」

「あれ来たら終わると思います。多分練習中止になりますし」

「学級閉鎖になるかもしれない」

「それだけはラッキーです!」


 作った声でケラケラ笑うと、ピカっと閃光が見え、美桜の視界は白に染まった。




「どこ? ここ」

 知らない城の中にいた。着たこともないプリンセスドレスを身に纏い、ソファに座っていた。

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