9.大罪
「で、20年前から行われているサイレント事件は、お前の仕業だと?」
ルディーに取調べを受けるシンバはコクンと頷いた。
「信じられる訳ないだろう!!!! いい加減、本当の事を言え!!!! ロシュ・バートゥを殺したのはなんでだ!? あの教会で何があった!? お前とロシュ・バートゥはもめたのか!? だからお前も怪我をしてるのか!?」
「・・・・・・オレがロシュを殺しました」
「それだけじゃわからないだろう! なら、レーチュル・マシュリーもお前が殺したのか!? ロル・アストも、昔の少女のように殺害したのか!? どうなんだ!? 本当の事を言え!」
「オレが殺しました」
「そんな訳ないだろう! 大体、お前はサイレント事件が始まった頃、15年の刑を受けていた。それをどう説明するんだ!?」
「オレはシンバ・フォートです、今迄で刑など一度も受けていません」
「・・・・・・なんだと?」
「オレはシンバ・フォートです」
「お前、そんな供述して、本当にサイレント事件の犯人になるつもりか? もう未成年じゃないんだぞ? わかってるのか?」
「はい」
「なら、お前が犯人だと言う事を証明してみろ! サイレント事件の最初の被害者を言ってみろ!」
「・・・・・・いちいちどんなだったか覚えてませんが、女の子です——」
それはファイルなどを見なくても、わかる事だった。
最初に猫を殺したというロシュ。
まだ幼かった彼が、最初に、手にかける相手など、高が知れている。
——所詮、ボク達は自分より強い者には向かってはいけない臆病者なんだよ。
——天罰だの、そうしたかっただけだの、欲を満たすだの、殺人をソレらしく言うだけ。
——本当は強い者には向かっていけない弱者に過ぎないんだ。
「お前、間違いなく死刑だぞ!?」
そう言ったルディーを見て、シンバは頷いた——。
『シンバ、ひとつ嘘をつくと、全部を嘘にしなければならない。だが、ひとつ嘘がバレた時に、全部の嘘が崩れ、真実が出てきてしまうよ。だから、嘘をつくなら、全ての嘘を真実にしなければならない』
レーチュルにそう教えてもらった通り、シンバはひとつの嘘を、全て真実にして、全部を自分のせいにした。
世ではサイレント事件解決が報道され、シンバは少年Aではなく、シンバ・フォートと名前を出され、顔写真も公表された。
正義の名の下にある組織から出た悪は、人々から賛美なく、罵声ばかりが飛んだ。
シンバが死刑所へ送られた後、ジャンは、刑事の任務を下りる為、辞表を出した。
「お前がなんで責任を感じるんだ?」
そう聞いたルディーに、ジャンは、
「俺は知らない間に、奴等を傷付けていた。適当な事を言って、奴等を追い込んで、奴等に深い傷を与え、そんな事思いもせず、奴等を何度も何度も刃物で切り刻んでいたに違いない。俺の態度や言葉、ひとつひとつ、奴等は苦しかっただろう——」
そう言った。
「奴等?」
「シンバとロシュ。奴等を責められる人間じゃないんだよ、俺は」
「それを言うなら、俺もだ」
と、ルディーはジャンを見ながら言ったが、ジャンは、顔を伏せたまま、
「情けねぇよな、俺達大人がよ、揃いも揃って、子供達に罪を重ねさせてるんだ」
悲しい事を言う。
「奴等にちゃんとした居場所を与えれる人間がいるとしたら、それこそ神だよ」
ルディーはそう呟き、空虚を見つめた——。
実際、殺人者を相手にする刑事さえも、元殺人者と聞いて、今の現状を見つめる事はできない。
幾ら、今、正義を振り翳す者になっていたとしても、過去、犯した罪を蒸し返し、疑い、恐れ、遠ざかってしまう。
悪魔でも天使でも、ましてや神でもない人間は、許す事などできないのだ——。
そして、その罪は許してはならないのだ。
その日、外は霧雨が降り、少し肌寒くて——。
13階段を登ろうとするシンバに、最後に言い残す言葉は何もなく——。
赤茶色の染められた髪は銀髪に戻り、ブラウンのコンタクトも外して水色の瞳のシンバ。
紛れもなくシンバでありながら、その姿はルーセンであった。
まだ痛む足を引き摺りながら、ゆっくりと階段を登る。
一歩、一歩、階段を登りながら、思っていた。
この先、行き着く所で、両親にも祖父母にも、レーチュルにも、ロルにも、ロシュにも、鉈で殺害した少女や赤ん坊にも逢えないだろうと。
——ハニエル、ボクはキミにも逢えないだろうね。
——きっとボクは、みんなとは違う所に行くんだろう。
——だって、ボクはキリストの心臓を鉈で突いたのだから。
——ボクは天国でも地獄でもなく、きっと、もう二度と出れないよう、無になるだろう。
——ずるいよね、ボクは。
——ロシュの言う通りだよ、ボクはズルイ。
——無になりたい為に、キリストを晒し者にしたようなものだ。
——最後まで計算高くて、嫌な人間だね、ボクは。
——ボクの人生で、たった1つ、幸せだった事はキミに逢えた事だよ。
——キリストが逢わせてくれたようなものだったのに、ボクはキリストを許せなかった。
——ボクに逢わなければ、キミの人生は今も尚、幸せに続いていた筈だから。
——ボクが無になったら、キミは生まれ変わるんだよ?
——今度は幸せに。
——どうか永遠に幸せに、キミが前世のまま、皆から愛されますように。
もうシンバにはハニエルの幻も見えなくなっていた。
ルーセンが見ていた優しいハニエルの幻。
ハニエルの穏やかだった表情、優しい笑み、その全てが思い出せない。
彼女は確かに優しかった。
常に微笑んで、見つめてくれた。
だが、それは今となっては想像だけの彼女——。
だからルーセンが都合良くハニエルを想像してしまっていたんじゃないか、そう思った時から、ハニエルを思い出せなくなってしまった。
それに彼女がもし微笑んでくれていたとしたら、その優しさはルーセンへのもの。
ここにいるのはシンバ・フォート。
ルーセン・C・ファークレイではない。
誰もシンバを愛する者はなく、想像でさえ、許されず、大きな罪だけを背負い、今、たった一人で、最期の時を向かえる——。
キリスト事件を類似した事件はアグルスで、今も尚、続いているが、徐々に犯罪は減り始めている。
重い罪を背負う者は、刑を終えても、罪が終える事はない。
だが、重い罪を、生きて償っていける程、人の世は美しくはない。
死んで償っても、許される訳ではない。
加害者を崇拝する者は、被害者側になる事ができますか?
被害者が加害者になる事を責められますか?
そして、罪を背負う者が傍に現れた時、アナタはその人の今を見てあげれますか?
人は重い罪を憎む。
だからこそ、罪を重ねてはいけない、罪を賛美してはいけない、これ以上——。
神は見ている ソメイヨシノ @my_story_collection
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