8.ルシファーvsミカエル


シンバはガタンッと物凄い音を出し、長椅子に体をぶつけながら立ち上がり、ロシュを見る。ロシュは、そんなシンバに、


「大丈夫? 顔色が悪いよ?」


と、ゆっくりと立ち上がる。


「・・・・・・そ、その手の平の傷——?」


「聖痕だよ、おねえちゃんと同じみたいだ」


「おねえ・・・・・・ちゃん・・・・・・?」


シンバはハッとする。


そういえば、ハニエルには弟がいた。


シンバは、あの日を思い出す——。


『おねえちゃん、僕、オシッコ』


ハニエルと同じクリクリのグリーンの目を輝かせて、そう言った男の子。


『行ってくれば?』


ハニエルがそう言うと、男の子は頷いて、駆けて行った。


『あれ弟のミカエル』


聞いてないが、ハニエルがそう言うので、頷いた。


どうでも良かった、それが誰であれ、ルーセンにとって、ハニエル以外は全て『それ』に等しかったから——。


「ロシュがミカエル? 嘘だよ、だって、髪も瞳も、真っ黒じゃないか!」


「シンバ、加害者だけじゃないんだよ、この世界にいられなくなるのは。被害者側もね、全とっ変えしないと、やってけないんだよ。なんせ、世の中にはルシファーを崇拝するバカ共もいるからね、そうなると被害者側である僕達が非難を受ける場合もある。それだけじゃない。常にマスコミはついてまわり、異常な程、人の目に晒され、僕達は身内が死んだ悲しみだけで押し潰されそうなのに、更に屈辱な目に合うんだよ。父と母は未だ精神病院で入院中。幼かった僕は施設に入れられて、裕福だった家庭はどん底だよ」


「・・・・・・そ、そんな・・・・・・」


「シンバ、子供の頃、虐められて悲しかった? でもね、そんなの同情しないよ、僕も施設では虐め続けられた。親だって失ったも同然。おねえちゃんが殺されてから、僕は独りだった。ずっとずっとずっと! 名前も変えたのに、僕を知る奴は次から次へ現れるし、可哀想とも思ってない癖に、哀れんだふりをして、だったら、お前も同じ目に合えばいい、そう思って来たんだよ、僕は!」


「ま、まさか・・・・・・サイレント事件は・・・・・・ロシュが——?」


「あぁ、そうだよ、僕だよ。正確にはミカエルである僕だ。僕の中にいるミカエルが、天使を見下す者に天罰を与えようって。だから僕は聖なるチカラで、人を裁いた。言っておくけど、悲鳴をあげられるのが嫌だから喉を切るんじゃない、人の言葉を聞く必要はないと言う意味で切るんだよ、命乞いも懺悔も、そんなもの聞く必要はない。無意味だ。天罰は絶対に下されるのだから」


完璧にミカエルになりきっているロシュに、シンバは長椅子にガンガンぶつかりながらも、脅えるように、後退する。


「家庭環境が悪いとか、大人が悪いとか、世間が悪いとか、そうやって加害者を庇う連中も、加害者が未成年と言うだけで、加害者に未来を与える法も、間違ってる。誰だってね、家庭環境は良くも悪くも、それぞれ違うし、大人だって、常に正しい訳じゃなく、僕達のまわりには存在しているし、世間は正しい時なんてなかった。でも、殆どの人間はその中で普通に生きている。そこからはみ出した者が、はみ出した理由を、それ等のせいにするのは違うだろう? 誰かのせいじゃない。悪いのは加害者だ。加害者は速やかに死刑にするべきだ、未成年だろうが、0歳の赤ん坊だろうがね。そう言う事がわからないから、人間達にはわからせる他ない。でも思うよ、本当に人間達は低脳過ぎる生き物なんだって。こんなにも天罰を下し、教えてやってるのに、未だ、誰もわかっちゃいない」


「・・・・・・本当にハニエルの弟——? ロシュが——?」


シンバの膝の上から落ちたサイレント事件のファイルを拾い上げ、ロシュはメガネを中指で上げて、それをパラパラと見る。


「これにはコレクションされてないな、最初の僕の天罰を受けた者は猫だよ。ニャーニャーうるさいから、舌を切ってやった。僕はね、僕の声を聞かない者は大嫌いなんだよ、だから静かにしろって言っても聞かない者は速攻で静かにさせる。ルシファー、キミならわかるよね? 誰も悲痛の叫びを聞いてくれないから、真実なんて述べれなくなる。その癖、何もかも、わかった風に偉そうに分析して来て、『可哀想に』『もっと人に甘えなさい』『アナタの居場所はあるのだから』って僕を哀れむ。僕が可哀想? まさか! 人に甘えろ? 冗談だろ! 居場所はある? フッ・・・・・・ふははっ! 笑える。こんな汚い世界に僕の居場所なんてあるもんかっ!!!!」


ファイルを力一杯、床に叩きつけ、ロシュは大声でそう叫んだ。


ビックリして、シンバは腰をストンと床に落として、座り込んだまま、後退し続ける。


ロルの遺体を見て、犯人像を分析していた時、犯人に対し、本当にムカツクと思った気持ちが失せていく。


ロシュがハニエルの弟である事、ミカエルである事、犯人である事、全てにシンバは首を振る。


ロシュの犯行全てはルシファーである自分のせいだと認めたくないシンバは、心の底から脅えている。


「ねぇ、ルシファー? 一度、聞いてみたかったんだけど、キミは小動物を殺したり、人を殺す時に射精したりする? よく書かれてたでしょ? ネットでさ——」


シンバは言葉が出てこなくて、首を横に振って、只、後退を続けている。


「だよね。でもさ、殺人鬼ってそうらしいよね。僕には理解できないよ、この世の下等生物でどう勃起しろって言うんだ」


言いながら、クックックッと喉で笑い、ロシュは、


「女と寝たってつまんないよ。この世に、本当の温もりも真実の愛の囁きもないんだから」


そう言って、


「あるのは、興味だけ——」


そう呟いた。


シンバは、ロシュを見ながら、恐怖を知る。


ロシュをこんな風にしたのは、自分なのかと、自分さえも恐ろしく思う。


ロシュは神父が置いていった鉈を手に持って、シンバを見る。


シンバはロシュとバッチリ目が合い、だが、怖すぎて、全く反らせない。


「ルシファー、僕は会いたかったよ、キミに」


言いながら、近づいて来るロシュに、シンバは立ち上がり、長椅子にガンガンぶつかりながら、逃げ出す。


「僕はね、ミカエルじゃない時でも正義の名の職業でいようと決めて、刑事になった。配属した所が殺人課じゃなかった事にガッカリしたけど、キミがネット犯罪課に来てからは、あぁ、やっぱり神様は正しい僕を見捨てないんだなぁって思ったよ。最初はルシファーだって、全然わからなかったけど、僕に似てるなぁとは思って、キミを見てたんだよ。なるべく、息を潜めるようにして、誰にも気付かれないよう、存在するキミに、何度教えてあげたかった事か。『そんなに目立たないように生きてても無理があるよ、だって人間の中で悪魔は目立つでしょ』ってね——」


「オレは悪魔じゃない。ロシュ、キミだって天使じゃない」


「僕とおねえちゃんはね、同じ特異体質で、時々こうして手の平に聖痕が現れる。でもそれを誰かに喋る事はしちゃいけないんだよ。だって聖痕はその昔、奴隷や罪人に押した焼印の事だから。僕は親に連れられて、この教会に来た頃から、聖痕が現れ出し、おねえちゃんもそうだったみたいだね。誰にも言ってないから親も知らない。姉弟そろって、ルシファーにだけは打ち明けるなんて、ホント、キミは大した天使だよ、流石、神に一番愛されただけの事はある。今は一番、嫌われて、悪魔となったけどね」


「違う、オレは悪魔じゃない! ロシュ、キミだって天使じゃない!」


「キミが悪魔である正体を出せるような話をしてあげようか」


意味深に笑みを浮かべながら、ロシュはそう言うと、


「レーチュル・マシュリー、彼はね、喉を切られる間際に、こう言っていたよ、『どうかシンバには何も知らせないでくれ』って。そんな事言ったってねぇ、シンバは刑事だし、知らせなくても知っちゃうでしょ。それとも僕の正体をって意味かな、『やっとシンバには友人ができて、あの子もそれを感じている』なんて言ってたから」


楽しそうに、それは本当に楽しそうに、そう話し出した。


「ねぇ幸せ? 最後の最後まで自分を想ってくれてたなんて。だけど彼が死体となり、一番涙を流していた息子さんへのメッセージは何もなかったよ。そんなだから、この世は良くならないんだ、そう思わない? 彼はルシファーではなく、息子さんを想い、息子さんに何か残して死んでいくべきだった。最愛の人は息子じゃなきゃ、息子さんも報われない。でもねぇ、ソーシャルワーカーという仕事上、やっぱりルシファーを更正させれた事は名誉なのかなぁ、シンバは彼の仕事での成果そのものだった訳だから、そこに愛情はなく、只の自分の名誉を守る為だったんだろうね。人間なんて、そんなもんだよ」


「・・・・・・黙れ」


「あの日、キミ達が帰った後、僕も酔いつぶれたふりをしてね、ロルにワンコールの電話をしたんだ。勿論、ロルは電話をかけ直して来る。その電話を酔って出れない僕の変わりにジャンさんが出てくれて、ロルに僕を迎えに来させた。僕を好きで好きでたまらないロルは直ぐに飛んできたよ。外に出て、酔ったふりのまま喧嘩をふっかけて、ロルを路上に置いて、ロルが乗って来た車で、キミ達を追った。キミ達がのんびり歩いていてくれて良かったよ、直ぐに追いついた。彼が乗ったバスを追いながら、彼が下りたバス停で、僕も車を下りて、彼を呼び止めた。彼は僕を見るなり、そりゃもう笑顔で、普通に近寄って来たよ、なんせ僕はシンバの友人みたいだからね。まさか、これから天罰が下されるなんて夢にも思ってなかっただろうね」


「・・・・・・黙れって言ってるだろ」


「それからロル・アスト。彼女を最初に見た時は驚いた、おねえちゃんにソックリだったから。キミも驚いてたよね、僕もあんなだったよ、あんな風に驚いて彼女を見てた。最初の出会いは偶然。でも次からの偶然は必然。僕は彼女を使えると思ったんだよ、どうせ人間なんて、どの人間も天罰を下されて当然。彼女だって例外じゃない。別にそれ相当の理由がなくても天罰を下す事は当たり前。だから僕は彼女に近付いて、彼女とキミを引き合わせる事を、ずーっと計画を立ててきたんだ」


「・・・・・・もういい、聞きたくない」


「キミの大事なレーチュル・マシュリーが、ミカエルにより天罰を下された後、直ぐがいいかなって思い、彼女が職場に訪ねてくるよう、僕は彼女に対し冷たくあしらった。案の定、彼女は職場に来てまで、僕と話がしたいとランチを誘ってきた。帰りも待っていると言っていたが、僕は殺人課の女と自分のアリバイ作りに、その日は直ぐに帰った」


シンバはキッとロシュを睨みつける。


だが、ロシュはシンバのその強い瞳を脅える事なく、笑みを浮かべながら、


「どう? 僕を殺したくなったんじゃない? ルシファー?」


挑発している。


シンバはロシュを睨みつけ、黙っている。


「神様はいつも僕の味方なんだよね、酷い土砂降りの雨で、映画館に入る口実を作ってくれた。眠くなるから映画は嫌だって言うからさ、どうやって目を疲れさそうか考えてたんだよ。でも、映画もつまんない内容でさ、あの女、眠そうにしてたよ。僕の家に呼んで、睡眠薬入りのコーヒーを飲ませたら、グッスリ寝てた。深夜2時頃だったかな、ロルを呼び出すと直ぐに来たよ、僕と話をしたがっていたから寝起きだろうが、なんだろうが、来るよね。そしたらシンバの話が出たよ、『凄くいい人ね』ってさ。笑っちゃうよな、何にも知らないって本当に怖い事だね、相手はルシファーなのにね、いい人だって。あれは人じゃねぇよって言いたくなるのをグッと我慢して抑えたよ、ホントに」


シンバこそ、今、怒りをグッと我慢し、抑えている。


「ロルは毒薬で殺す必要があったけど、僕が差し出した缶コーヒーを何の疑いもなく口にしてくれて、今迄で一番、楽な天罰だったよ。直ぐに車で海まで走らせ、ロルを砂浜に置き、ラファエロの絵画と似せさせ、手の平に用意しておいた焼印を押した。苦労したのは鳩の羽かな、海風で飛ばされるし、針金で刺しても、砂が柔らかくて、なかなかうまくいかなくてさ。雨が降ってくれた御蔭で、少し硬くなってくれてたけど、小さな羽根は何枚も重ね、大きな翼にするのは時間がかかったよ。自分の足跡を消し、家に戻ると直ぐにシャワーを浴びて、海のニオイをとり、まだ眠っている女を裸にして、僕も裸で眠った。朝、目を覚ました女が全裸に驚いたが、『おはよう、昨日は楽しかったね、次はいつ会う?』って髪にキスするだけで、女は覚えてないなんて言えなくなる。しかも旦那がいるから、余り公にしたくないだろう、僕と一緒にいたと言う事は。殺人課の刑事だし、だから、適当に僕のアリバイを言ってくれる事になる」


「そうまでして、何がしたいのか、オレにはわからないよ!」


そう叫んだシンバに、


「なんで? わかってくれたでしょ? 被害者側となる気持ち」


平然とそう言って、ロシュはシンバを見ている。


「ロシュは被害者側だったんだろう? 被害者の気持ちを理解してるんだろう? なのにどうして加害者になるんだよ、どうして直接オレに攻撃して来ないんだよ」


「だって、一番、僕の気持ちを理解してくれるのはルシファーでしょ? 只、ルシファーに足りないのは被害者側の気持ちでしょ? 攻撃するには、まだ何も知らなかったでしょ? ルシファーは僕を殺したいと思う程、憎んでくれなきゃ。そして僕もルシファーを殺したいと思う程、憎んでる」


「・・・・・・マシューもロルもオレのせいで——」


「そうだよ、ルシファー、お前がハニエルをあんな風に砂浜に描き、面白おかしく晒し者にした時から、全人類がミカエルの裁きにより殺される運命になったんだよ」


「・・・・・・まだ続けるのか? こんな殺戮を——」


「当然だろ、キリスト事件は世界中に広まり、人々はルシファーを崇めたり、ハニエルをイラストで描いたり、知った風に語ったり。それがどんなに侮辱行為か、愚かな人間共はわかっちゃいない。だから、その余りにも許しがたい行為を止める為にも、全人類殺戮しかないだろう? ノストラダムスの預言も真実にしてやろうと思うよ、全世界に大いなるチカラを堕とし、大爆発させ、人々の半分は死に至るだろう、ある国はウィルスに苦しまされ、ある国は飢えに苦しみ、ある国は見えない敵に脅える。僕は感謝するよ、この時代に生まれた事を。パソコンなんてものが普及されて、キー1つで、世界を司る全ての機関が狂い出す事ができる、この時代にね——」


ロシュは狂っている訳ではない。


当然の被害者側の心理だ。


どんなに世の中に苦しめられてきただろう、どんなにルシファーに苦しめられてきただろう。


誰もロシュの気持ちなど、全く理解せず、だからロシュはずっと探していた。


自分の気持ちを理解してくれる人を。


それが皮肉にもルシファーしかいないと気付いた時、ロシュは殺人者になるしかなかった。


ルシファーと同じ傷をつくるしかなかった——。


「・・・・・・ロシュ・・・・・・ごめん・・・・・・ごめんなさい」


シンバはロシュをこんなにも傷付けた事に謝罪するしか、思いつかなかった。


「なにが?」


「オレのせいで、そんな風になった事、オレのせいで、辛く過ごして来た事、オレのせいで、人間である大事な何かを失わせてしまった事、本当にごめんなさい」


シンバはそう謝罪する。


だが、ロシュは、


「ルシファー、キミはずるいよね」


と、許す筈もない台詞を吐く。


「そうやってキミは1人、人間に戻るの? ハニエルを天使にしておいて? 僕をミカエルだと知っておいて? 僕は戻らないよ、ルシファー、キミを殺した後も、僕は続けるよ」


と、シンバの傍まで来ると、鉈を振り上げた。


シンバは咄嗟に避けるが、直ぐ横にあった長椅子が、鉈により割られ、木の破片が辺りに飛び散り、だが、ロシュは休む間もなく、鉈を振り上げ、シンバ目掛け襲ってくる。


シンバは逃げながら、自分が鉈で殺した女の子と赤ん坊も、こんな気持ちだったのかと、今になり、その恐怖を知る。


まるで教会ごと壊すように、手当たり次第、鉈を振り回し、壁などを壊すロシュ。


角の壁に追い詰められ、シンバは振り上げられた鉈を持ったロシュの腕を掴み、そこで2人、もみくちゃになる。


シンバはロシュの腹部を蹴りつけ、ロシュは、背後にあったパイプオルガンにぶつかり、だが、直ぐに向かって来るロシュに、またシンバはロシュの腕を掴み、鉈を捨てさせようとするが、ロシュもシンバを鉈で切り裂いてやろうと、物凄いチカラをみせる。


「ルシファー、必死だな、そんなに生きたいか! 自分は殺しておいて!」


「・・・・・・くっ!」


シンバは喋る余裕がない。


歯を食いしばり、ロシュの腕を持ち、振り落とされる鉈を止める事で精一杯。


シンバはロシュを傷付けたくない、ロシュはシンバを殺したい、その2人の気持ちにはチカラの入り方が違う。


どうしてもシンバを殺したいと思うロシュの方がチカラが上回る。


人を殺してやろうと思う、人のチカラは、絶対的だ。


殺人鬼と格闘王が戦ったとしたら、殺人鬼が勝つだろうと言われる程、人は誰もが、そういうチカラを秘めている。


「ぐわぁ!!!!」


鉈がシンバの左肩を抉るように裂き、シンバは激痛に悲鳴を上げた。


鉈の刃に赤い血がつき、


「へぇ、赤いんだな、ルシファーの血って。まるで人みたいだよ」


と、嬉しそうに言うロシュ。


シンバは左肩に激痛が走る為、手をあげられなくなり、片手で、ロシュの腕を掴み、鉈を止めるしかできなくなる。


鉈の刃がシンバの顔に近付いて来て、顔を背けると、再び、刃は左肩を直撃。


「——!!!!」


言葉にならない悲鳴。


今更、被害者が、どんなに痛かっただろうかと、知るシンバ。


シンバはロシュを蹴りつけ、ロシュを後退させると、左肩から鉈を遠ざけた。


「さっきから邪魔な足だ」


と、ロシュは、鉈を投げて来た。


鉈はシンバの太腿辺りを掠り、壁に突き刺さる。


掠ったと言えど、かなりの肉を持っていかれ、肉を抉られたようなもの。


だが、シンバは悲鳴をあげず、壁に刺さった鉈を右手で抜くと、ロシュ目掛けてブーメランのように投げた。


まさかの攻撃に、無防備だったロシュは、鉈が腹部に突き刺さり、ガクンと足元から崩れ、前のめりにバタンと倒れた。


シンバは足を引き摺りながら、ロシュの傍に行き、ロシュを仰向けにすると、


「ロシュ・・・・・・ありがとう、僕と友人になってくれて——」


そう言った。まだ生きているロシュは、シンバに手を伸ばす。


その手を握り、


「ロシュ・・・・・・ごめんね、本当にごめんなさい。僕のせいでキミの人生を変えてしまって——」


ロシュの顔に涙をポロポロ落とし、シンバは、ロシュに謝り続ける。


そんなシンバの頭部を狙うように、ロシュは握られてない手で、腹部から鉈を抜くと、鉈を振り上げた。


だが、それをシンバは掴み、


「世間にロシュを晒されないようにするよ。晒されるのはオレだけでいい。だから信じて? オレの言葉を聞いて? 嘘じゃない。オレに任せて? オレを信じて?」


そう言った。ロシュはシンバの言葉を信じたのか、それとも、力尽きたのか、瞳を閉じた。


シンバはロシュの手から鉈を取ると、ロシュの手を祈るように組ませ、そして、鉈を持って、二人の戦いをずっと見ていたキリストを見上げた。


シンバは鉈を、キリスト目掛けて投げた。


キリストの心臓部分に、鉈はカツンと音を立て食い込んだ。


中庭にいた神父が通報したのだろう、パトカーの鳴る音が聞こえて来た——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る