親バカ魔術師、娘の幼馴染として彼女を見守る。

浅葱 沼

プロローグ

 

 鬱蒼とした森の中、まだ日は高く、吹き抜ける風が当たる木も気持ちがいいと言うように葉を揺らし、その隙間から入る光が森の中を照らす。それと対照的に光が入らないような草木の多い場所は、暗い闇の中から何かがこちらを見ているような気さえする不気味さを感じさせる。そんな美しくも恐ろしい自然の様子など気にも止めず森を駆けていく二つの影。


「ドロシア、はやく来ないと置いてっちゃうよ?」

「ちょっと…待ってよルナ」


 木漏れ日を受けて水面のように輝く少しウェーブがかった長いブロンドの髪をなびかせて走りながら、後ろの僕に声をかける彼女は【ルナリス・サーバン】、家族や友人からはルナの愛称で呼ばれている。男の子にも負けない程活発で好奇心旺盛な女の子である。


 それに対し、後ろから息を切らし長く黒髪を汗で濡らしながら彼女を追いかけているのが僕、彼女の幼馴染【ドロシア・ローゼスト】、ルナと同じ歳の女の子だ。ルナとはもっと小さい頃からよく一緒に遊んでおり、一つ所にとどまっておけない彼女に振り回されながらも楽しい毎日を送っていた。

 今日は、森で凄いものを見つけたと興奮した彼女に連れられて、本来森に入るのは大人が同行しないと危険なのだが、好奇心の権化のルナにとっては些事な問題なのだろう。


「着いた!遅いよ〜ドロシア」

「僕が…遅いんじゃ…なくて…ルナが速すぎるんだよ」

「そうかな?」


 軽く10kmは走った為、肺をフル活用しながら肩で息をしている僕と違い、涼しい顔で汗一つかいていないルナリスは軽いジョギングでもしたかのように、ふぅと軽く息を吐く程度である。

 僕としては、ルナリスの速さについてこれる人は同世代どころか大人でもいないと思うのだが…


「でもドロシアなら大丈夫だよね?」

「まぁ、僕もついていくのがやっとだけど…」


 呼吸を整えながらの返事に彼女は少し微笑んだように見えたが彼女の背後から漏れる逆光で顔ははっきりとは見えなかった。


「それより、これ見てよ!」


「なに?…わぁ!」


 ルナリスの指差す先に目をやると、そこには森の木の切れ目になっているらしく、その空間には降り注ぐ光を受けて輝く花畑が広がっていた。


「どう?綺麗でしょ?昨日森を散歩してたら見つけたの!ドロシアに見て欲しくって」

「ふふっ」

「どうかした?」

「ううん、ルナはかわいいなって思って」

「な、何よそれ。ドロシアってたまに変な事言うよね」


 かわいいと言われたことに照れているこの子は、村の人達には男勝りなんて言われてたりするけど、今みたいに花を愛でるようなとっても女の子らしい一面も持っているのだ。そんな所を見たらかわいいに決まってるではないか。


 僕が幼馴染であるルナリスをどこか保護者のような目線で見ているのは理由がある。


 結論から言ってしまうと、僕は彼女の父親である。


 いや、正確に言うと父親…だった。

 

 時は遡ること10年程、ルナリスが産まれたばかりの頃になる。



   ◇◇





「この子は素晴らしい才能の持ち主ね!きっと偉大な事を成し遂げるような子になるはずよ」


 家に呼んだ知り合いの女魔術士【リリシエラ】が真剣な眼差しでそういうので、詳しく訊いてみると、どうやら我が娘は非凡な才能を秘めているらしく、剣士を目指せば一流、魔法を修めればこれまた一流、なんならその両方にもなれるという。そんなとんでも二刀流これまで生きてきて聞いた事もないが…


「でも、その大きすぎる才能のせいで孤独に悩むことになるかもね。もしそんな時がきたら、あなた達両親や友人がよき理解者としてそばで支えてあげる必要があるわね」



「将来が楽しみね。私の弟子にしたいくらいよ」

 そんな言葉を残して帰って行った占い師を見ながら、自分の子をそばで守るのは親として当然だろうと思いながら扉を閉めて家の中へと戻る。


「良かったわねあなた、ルナリスこの子が素晴らしい才能を持って生まれてきてくれて」

 妻のシュガーは、寝ているルナリスを優しく抱きながら起こさないように小さい声で呟くように話す。


「確かにそれも嬉しいけど、僕はこの子が元気で優しい子に育ってくれればそれが一番だよ」


 才能なんて無くても良かった…なんて言うと嫌味に聞こえてしまうかもしれないが、それが悩みの種になるというのならば、そんなものはいらないと思ってしまうのが親というものではないだろうか。

 

「それに、この子には僕達が付いてるしな」


 ルナリスの頬を指の背で撫ぜながら僕も小さい声で返す。


 僕とシュガーはお互い冒険者として出会った。僕は魔術師、シュガーは剣士として、自分で言うのもなんだが、冒険者としては中の上ぐらいには活躍していたと思う。

 そんな僕達は一緒に旅をしているうちに惹かれあい、結ばれた。

 子供を授かったのを機に冒険者は引退し、田舎に家を買って冒険者時代の貯金と魔術書執筆の仕事、後は少しの畑で自給自足をすることで生活を送っていた。


 そんな穏やかな日を重ね、ルナリスが産まれたタイミングで国の風習にあやかり、魔術士を呼んでルナリスの才能を占ってもらうことにしたのだが、ありがたいことにこの子は僕達夫婦の両方のいいところを受け継いだらしい。


「こんなにかわいいのに才能もあるなんてウチの子は反則だなぁ」

「もう親バカ?すごいにやけ顔してるわよ」


 シュガーが僕の顔を見ながらくつくつと笑うので、どうやらひどい顔をしていたらしい。こんなにかわいい自分の子供を見て、にやけない親なんていないだろうと憤慨に思いつつもにやけ顔を見られたことに少し照れる。


 こんな日が続いていくんだなと、これからの娘の成長を見ていく生活に胸を躍らせていたのだが……ルナリスが産まれて五年が過ぎたある日、僕は病に倒れてしまう。


 元より体は強い方ではなかったし魔術書執筆のための研究に没頭してしまうと睡眠も食事もろくに取らなかったので不摂生がたたったのだろう。


 僕の罹った病は治療薬がなく、ただ治るのを祈って寝ておくことしかできない不治の病というやつだった。生活の為の研究とはいえ、生死の境を彷徨うことになるとは…こんな事ならもっとシュガーやルナリスとの時間を大切に過ごせば良かったなどと考えているとベッドの横にいたシュガーが話しかけてくる。


「きっとよくなるから、今はゆっくり休んでね。無理させてごめんなさい」

「パパ、はやくげんきになってね?」


 ベッドに臥せる僕の手を握りながら優しく微笑むシュガーとベッドの縁から心配そうに顔を覗かせるルナリスに「大丈夫だよ」と言いたかったが、声を出すこともままならず、自分のとは思えないほど力の入らない手で二人の手を握りしめながら、視界は徐々にくらく深く沈んでいった。




 次に目に光を感じた時、そこにはルナリスを占った魔術師リリシエラが僕の顔を覗き込んでいた。


「ん、りりしえら?」


 なんだか言葉が話しづらいな、寝込んでたせいで舌が回ってないのか?


「やった!成功よ!目を覚ましたわよシュガー!」


 僕が目を覚ましたのを妻に伝えに行くため部屋から出て行ってしまったリリシエラをぼうっと見ながら、薬もないのによく回復したなと思いつつ起き上がろうとすると、体に違和感を感じる。


 寝ているベッドも大きく感じるし、なんだか目に入る物が全て大きくなった気がする。まだ本調子に戻ってないのかなとぼんやり考えていると、リリシエラとシュガーが部屋に入ってくる。


「しゅがー、ごめんよ しんぱいかけて」


 久しぶりに見た気がする妻に話しかけると、こちらに駆け寄って抱きつかれる。

「よかった 生きててくれてよかった」


 涙声で話すシュガーを抱きしめようと彼女の背に手を回そうとした時、ふと気付く。


 僕の手、小さくないか?それにシュガーも大きくなってないか?



「あーっと、落ち着いて聞いて欲しいんだけど」

 

 困惑している僕にリリシエラがゆっくりと話しかけてきてくる。


「私が来た時あなた、衰弱しきっていて予断を許さない状況だったの、だから一旦私の工房に連れて行ってできる限りの事をしてあげようと思ったの」


 リリシエラは、シュガーと同じで冒険者時代の知り合いだが、僕のためにそこまでしてくれるとはありがたいことだ。


「だけど、何をやってもあなたを治すことはできなかったの。だから、最後の手段として私が新しく作った魔術『逆転魔術』を使うことにしたのね」


 リリシエラは世間では大魔導士と呼ばれるほどの魔術師だが、その本質は僕と似ていて研究者気質である。そんな彼女が新しい魔術まで生み出しているとは、流石である。


「それをかけてくれたから なおったの?」

「うん、まぁ治ったといえば治ったわね…ただ」


 リリシエラは目を逸らしながらポケットから手鏡を取り出して僕に渡し、自分の顔を確認してと言ってきた。その時彼女が聞こえるかどうか分からないほど小さい声で「悪いとは思ってるんだよ?」と呟いたのを僕は聞き逃さなかった。


「な……な……なにこれ!?」


 リリシエラの呟きを不穏に感じながら手鏡を覗くと、そこに写っていたのは自分ではなかった、いや、自分なのだろうが、自分とは到底思えなかった。



 そこには、僕が写っていた。髪は黒く艶やかさが増して長くなっているが、目のクマはすっきりとなくなりぱっちりして、長めの睫毛の下にある綺麗な瞳が印象的な五歳児ぐらいの頃の僕が写っていた…のだが。下腹部に違和感がある。というよりあるべきものがない。


「どうなってるの?」

 自分のほっぺや体を触りながら、何が起きているのか思考が追いつかず戸惑うしかなかった。


「いやー、『逆転魔術』を人にかけるのは賭けだったんだけど、まさか病気だけじゃなく年齢や性別まで反転しちゃうとは…」


 あははと笑いながらとんでもないことを言うリリシエラにツッコミたかったが、治してもらった手前言い出せるわけもなく。


「これ、どうやったらもとにもどるの?」

「分かんない」

「じゃあどうすんの!?」

「せっかく可愛く若返れたんだし、無理して戻らなくてもいいんじゃない?ほっといたら解けるかもだし」

「あたしも、自分の夫ながらかわいいって思っちゃった」


 シュガーとリリシエラは僕を見ながら「いいなぁー」とか「やっぱりかわいいー」などと口々に話す。そんな呑気なこと言ってる場合じゃないだろう。もし、こんな姿を…

「もしこのすがた、ルナにみられたら…」



「その子、だあれ?」



 僕が心配している事を二人に話そうとした時、部屋のドアの影から顔を覗かせて喋りかけてきたルナリスと目が合う。


「ルナ!?」

「ルナちゃん!?えーっとこの子はね…」

「ゴホン!!」


 闖入者のルナリスにシュガーとリリシエラは慌ててどう説明しようかと狼狽えているので咳払いで二人の注意を引いた後、冒険者時代に使っていたハンドサインで僕が話すと伝えると、二人も納得したらしく頷く。


「こんにちは、ルナリスちゃん。ぼく、ドロシアっていいます」

「僕ってことは、男の子?」

「おんなのこ、みたい」

「みたい?」

 

 自分を女の子と言うのに抵抗はあるが、ここは我慢だ。今ルナリスに僕が父親である事を伝えても、五歳の女の子に理解などできるはずはない。いずれ伝えることになるだろうが、今でないことは確かだ。混乱させないため、名前も僕の名前を少しもじってドロシアと名乗ることにした。


「ふーん、変なの。でもどうしてパパのベッドで寝てるの?パパはどこ?」

「えっ…それは、えっと」

「ルナちゃん、ドロシアちゃんは私の子供なの。病気になってたんだけど良くなったから仲良くしてあげてね」


 ルナリスの鋭い質問の返答に戸惑っていると、話を逸らすようにリリシエラが僕を息子だと言って誤魔化してくれた。


「分かったけど、パパは?パパどこなの?」

 涙を目に浮かべて僕の居場所を聞いてくるルナリスに何と告げればよいか分からず、大人は皆困り果ててしまう。


 目の前にいるんだけど…言いたいよー!言ってすぐ抱きしめてあげたいよー!でもこんな女の子の姿で言っても話をややこしくするだけだし…


「あのね、ルナ。パパは病気を治す為に旅に出たの。きっといつか元気になって帰ってきてくれるから、一緒に待っててあげましょう?」


 それからは、泣き喚くルナリスをあやすのに三人がかりで数時間かかり、一息つけたのは泣き疲れた彼女を寝かしつけた後だった。



「はぁ〜、凄かったね〜ルナちゃん」

 椅子の背もたれに寄りかかり天井を仰いで息を吐くリリシエラ。


「これからどうしようかしら」

 こちらも疲れたようで頬杖をつきながらお茶を飲むシュガー。


「元に戻る方法が分かるまでこのまま過ごすしかないかな」

 やっと言葉を上手く喋れるようになってきた僕もこれからの事について考える余裕が出てきていた。


 その後三人で話し合った結果、リリシエラと僕で体を元に戻す方法を探し、その間僕はこの家に預けられたという設定でルナリス達と共に暮らしていく事にしたのだった。




   ◇◇




 それから5年の時が過ぎ、未だ治せる方法が見つからないままルナリスと共に10歳に成長してしまったのだが…



 はー、娘がかわいいー!かわいすぎるー!



 前から体を動かすのは嫌いな子ではなかったが、それが今では山の中を獣並みの速度で走り回るほどに成長し、花を愛でる一面もある程かわいい。おまけに最近始めた勉強の覚えも早いときた。


 顔もかわいいし運動もできて頭もいいとか、うちの子は天才か?いや、もはや天使かもしれない。神が与えたもうた奇跡が今、目の前にあるんですね?

 

「ドロシア?またにやけてるよ」

 ルナリスをじっと見つめていると、怪訝な表情で顔を覗かれる。


「ルナリスがかわいすぎて見惚れちゃった」

「なっ、…ドロシアって恥ずかしげもなくそういうこと言うよね」


 ルナリスは顔を赤らめながら照れ隠しにそっぽを向いてしまう。


 照れてるルナもかわいい〜。


「そんなに怒らないでよルナ。この花で花冠でも作る?」

「………作る」


 頬をぷくっと膨らませて仏頂面を見せた後、それを冗談めかすように笑って花畑に座り込み、黙々と花冠を作り始めるルナリス。


 は?かわいすぎか?天使かと思ったら小悪魔じゃん。とんだ悪女に育っちゃったね我が娘は〜。


「ほら、ドロシアも早く一緒に作り合いっこしよっ」

「うん!」


 しばらくの間はお互い黙々と花冠を作って過ごした。僕は真剣に花冠を作るルナを見ていたせいで作るのが遅れたが、完成した花冠をルナリスの頭に乗せてあげると嬉しそうに口元をゆるませてお礼を言われた。


 そんな暖かい時間が流れ、日も高かった位置から低くなり始め、辺りは橙色に包まれ暗い夜が遠くに見え始めた頃。


「そろそろ帰ろっかルナ」

「えー、まだ帰りたくない」

「そんなこと言わないで。また来ればいいし、ね?」


 夜の森は獣達の動きも活発になり始めるし、子供が二人でいるには危なすぎる。そんな事を優しく諭すように教えると、遊び足りない様子で口を尖らせながら渋々了承するルナリスを連れて花畑から離れようとした時、


「グルルゥ…」


 低く森に響く唸り声が聞こえる。

 ぞくりとしてしまう寒気を感じながらすぐさま声のする方に目を向けると、そこには牙を剥き出しにしてこちらを見ている三頭の狼と目が合う。


「ルナ!逃げて!」


 咄嗟に僕が叫びながら駆け出すのと狼達の方がルナへと駆け出すのは同時だったが、当然僕の足で狼より速くルナの元へ辿り着くことなどできるわけがなく、鋭い牙を光らせて大きく口を開いて飛びかかる狼。


「きゃっ!」


 ルナリスは反射的に体を横に動かした事で狼の噛みつきを直撃することは免れたが、頬に爪で引っかき傷がつく。

 それを見た瞬間、ドロシアの中で何かがぷっつりと切れるのを感じた。


薄氷うすらい


 ドロシアがそう唱えると、周囲一帯の地面にあっという間に氷の膜が張られる。突然できた氷の地面に足を取られた狼達は踏ん張ろうとするも、カリカリと氷と爪の擦れる乾いた音だけ鳴らしてすっ転んでしまう。


「ルナ 今のうちにこっちへ」

「う、うん」


 狼達が足を滑らせて体勢を崩している間にルナリスを呼んで自分の後ろに下がらせる。


 ルナリスは普段見たことのないドロシアの表情と冷たい口調にたじろぎながらも、彼女の言葉に従う。



 ドロシアは怒りに肩を震えていた。


 こんの畜生共がぁ〜、娘の顔に傷をつけてくれやがって、絶対に許さん!


「ちょっと下がっててね」


 ドロシアはそう呟くと狼達の方に手をかざす。


糸電しでん


 冷たい目をしたドロシアの指先からいくつもの細い電流が狼達に向かって走る。


「キャウッ!」


 体勢が崩れた所に電撃をくらった三頭の狼は甲高い鳴き声を響かせてその場に痙攣して倒れ込む。


「大丈夫だった!?ルナ」


 ドロシアは狼を制圧したのを確認するとすぐさま振り返ってルナリスの怪我を心配そうに見る。


「うん、ちょっと爪が掠っただけだから」

「良かった…」


 ルナリスの頬の傷をそっと撫でて己の不甲斐なさを悔やむ。


「ドロシア?」

 

 僕が付いていながら、大事な娘の顔に傷をつけてしまうなんて。僕は回復魔術なんて高度な魔術使えないし...


「そんなに心配しないでも全然大丈夫だから!」


 少し涙ぐんでしまっているドロシアに心配をかけまいと、両腕を掲げてアピールする。


「ならいいんだけど…早く帰って手当しよ?」

「こんなのほっとけば治るって。そんなことよりドロシアがさっき使ったのって魔術だよね!」


 目を輝かせながら僕がさっき使った魔術について聞いてくる。この歳の子供が魔術を行使するなんて事は普通に考えれば異常なので、ルナリスの前では使わないようにしていたのだが。事態が事態で咄嗟に使ってしまった。魔術なんて珍しい物を見た好奇心の化身が次に言う言葉は…


「私も使いたい!教えて!」


 そらきた。だが言い訳は考えてある。


お母さんリリシエラに教えてもらったんだよ。ルナもまた今度教えてもらえばいいと思うよ」


 まだリリシエラをお母さんと呼ぶ事に違和感しかないが、今はそんな事より、

「今はそんな事より、危ないから早くお家に帰ろ?みんな心配するし」

「分かった。じゃあ帰ろ」


 ルナリスは狼に襲われたばかりだというのに、まだ遊び足りないと言った様子で少し寂しそうに呟きながら家路へとつく。



   ◇◇



「うーん、こう?いや、こんな感じかな?」


 帰り道、さっき見たドロシアの魔術を見よう見まねで出そうとするルナリスを見て微笑ましくなってしまう。


 魔術を出すのは難しいからなぁ。形だけじゃなくて全身の魔力の流れを感じて頭で術式を構築して出すイメージが必要だからね。


 ドロシアは昔、自分も魔術を覚えようとしていた時のことを懐かしんでいると…


「あ、出た」

「え!?」


 ルナリスの言葉と同時に、彼女の指先からはパチリと火花が散るのを見て目を丸くするドロシア。


 ぼ、僕でも独学で魔術が使えるようになるまで二年はかかったのに、さっき見てもうできるようになるなんて…


 ウチの子天才すぎるんですけどー!自慢したい!誰かに自慢したいー!


「どう?すごい?」

「すごいよルナ!天才!勉強もできて運動もできて魔術までできたらもう文句なしに天才だよ!」

「そ、そう?私からすれば、もう完璧に使いこなせてるドロシアの方がすごいと思うけど…」


 つい親の気持ちでルナの頭をよしよしと撫でると、ルナは照れ臭そうに顔を赤らめながら僕も褒めてくれる。まぁ僕は見た目はルナと同じ歳の女の子だけど、中身は元冒険者の魔術歴十数年のベテランだから使えて当然な訳で。


「でももうすぐしたら私達も学校に入る歳だし、ドロシアと一緒に魔法も勉強できるしね」

「学校?僕も行くの?」

「何言ってんの?同い年なんだから当たり前でしょ?」


 この歳で娘と一緒に学校かぁ。別に今更学び直すような事もないと思うからシュガーと一緒に家で過ごそうかと思ってたんだけど。

 しかし、よく考えれば学校なんて所にかわいいルナを一人で行かせれば悪い虫が付く可能性もあるし、露払いとして同行するのはいいかもしれないな。


 ドロシアがルナリスが学校に行く事に過保護気味な心配をしていると、遠くに家の灯りが見えてくる。


「やっと帰って来れたー」


 家を見つけるなり駆け足で寄っていくルナリスの背を見ながら一安心するドロシアは背後に感じる存在に話しかける。


「ずっと僕達を尾けてたけど、こんな所まで付いてきちゃったのかい?」

「グルルゥ」


 ドロシアが振り返ると、そこにはさっき襲ってきた狼より一回り大きい狼が牙を剥き出しにして木の影から顔を出す。


「ルナが君を見たら飼いたいとか言い出しそうだなぁ」

「バウ!」


 軽口を呟くと同時、狼は左右にステップを踏む素早い動きで襲いかかってくる。


紫電しでんほこ


 飛びかかってくる狼にドロシアが素早く腕を振るうと、その手からは紫に光る電撃が狼の体を貫いた。


「キャウン!」


 空中で電撃に撃たれた狼は地面に落ちると声を上げて倒れ込む。


「殺しはしないから逃げるといい。もう人を襲ったりしたら駄目だよ」


 狼にそう告げて家の方へと向きを変えて歩き出すドロシアをよろよろと立ち上がりながら見つめる狼は、本能で勝てないと悟ったのか弱々しい足取りで山へと脚を向けて帰っていった。


 ドロシアはほっと胸を撫で下ろす。


 あんなのがルナリスと鉢合わせていたら無事では済まないだろう。うちの可愛い娘に傷を付けるわけにはいかない。この世には危険がいっぱいだ。そう思いながら、ドロシアは娘の学校についていくことを決めたのだった。


「ドロシアー!もうご飯できてるってー!」

「はーい。今行くよー」


 ルナリスに振り回される、父であり幼馴染、ドロシアの生活はまだ始まったばかりである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

親バカ魔術師、娘の幼馴染として彼女を見守る。 浅葱 沼 @asaginuma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ