エピローグ

「マーガレット・ローヴァー公爵令嬢! 貴様とは婚約破棄をするっ!!」



 ――はっと我に返る。

 目を見開いて、目の前の光景を見た。


 わたしの眼前には、トマス・マークス王太子殿下。そして、彼の隣にはリリアン・キャロット伯爵令嬢がぴったりと王子様に引っ付いていた。


 幾多の鏡が監視するかのように、わたしたちを映している。

 それらはキラキラと光を反射して、わたしの未来への道を明るく照らしているようだった。


 ここは、大神殿の中枢である『女神の間』。

 部屋中に大小さまざまな鏡が並べられて、中央の祭壇には見上げるほどに巨大な『聖なる大鏡』が鎮座していた。



「わたし……本当に元の世界に戻って来たの……?」と、目を見張りながらぼそりと呟く。


 今、ここで繰り広げられている茶番劇は、自分が辺境へ向かう前に経験したものと同じだった。


「おいっ! 聞いているのか、マーガレット!」


 がなり立てる声のほうに視線を送ると、王太子殿下が眉を釣り上げながらぎゃんぎゃんと吠えていた。

 ……そっか。わたし、彼から婚約破棄を告げられて、反論しようとしたら聖なる大鏡が割れて意識を失っていたんだっけ。


 だったら、これからやることは一つ。



 わたしは彼に向かってカーテシーをして、


「承知いたしましたわ、王太子殿下。では、わたしは婚約破棄の責任を取って辺境へ参りますので」


 彼の返事も待たずに踵を返す。


「お、おう……。分かっているじゃないか……」


 殿下は背後で何か言っていたけど、もう聞く必要もないわ。彼とは、二度と関わらないのだから。……もっとも、スペクタクルカメレオンはもう一度送り込むけどね。


 ゆっくりと神殿を出ると、覚えずに早足になって、ついに駆け出した。


 早く辺境に行かなければ!


 わたしの胸は踊っていた。辺境へ行ったらやることが沢山あるのだ。

 いろいろ想像すると、楽しみと嬉しさでいっぱいで、思わず顔をくしゃりと動かして笑ってしまった。


 今のわたしの片えくぼは左右どちらかしら? ま、それは後で鏡の前で確認すればいいことだ。


 それよりも、まずは――…………、


「小屋を作らないと……!」


 志半ばで頓挫してしまった小屋作り。次は必ず完成をさせて、それから道を広げて、街を整備して……辺境を王都よりも多きな都市にするのだ。

 それが、彼との約束だから。


 そして、今度こそデニス様の好きな料理を作らなきゃ!

 あぁ、忙しくなりそう!



「デニス様……待っていてください……!」









「お~う、いい感じじゃないか!」


 デニス・アレッド辺境伯はここ数日、目が回るほど忙しかった。王命で、マーガレット・ローヴァー公爵令嬢との婚約が決まったのだ。


 彼は未来の妻を迎え入れるために、急いで屋敷の整備を行っていた。なにせ、もうこっちへ向かっているらしい。


 今は、公爵令嬢の部屋を用意している。

 そこは彼の母である辺境伯夫人が使用していた部屋だ。さすがに壁紙や家具が古くなっていたので、新しく入れ替えているところだった。


「デニス様、中央貴族なんかのために、ここまでやる必要ないと思いますけど」と、彼の側近のブレイク子爵令息が口を尖らせる。


「大事な俺の花嫁だ。気持ちよく過ごして貰わないとな」


「王都の令嬢なんて、どうせ傲慢でろくでもない女ですよ。やるだけ無駄ですって」 



 デニスは王宮からの無茶な命令に苦笑いをする。


 これから領地へ来る予定の、マーガレット・ローヴァー公爵令嬢。

 彼は5年前に一度だけ彼女と会ったことがあった。

 少しの間だけ会話をした仲だが、とても楽しくて、今でも心に残る大切な思い出となっていたのだった。


 一番印象的だったのは、彼女が笑った時に現れる片えくぼ。

 くしゃりと大きく笑ったときに浮かぶえくぼは、ちょっと大人びた澄まし顔の彼女が年相応の子供の姿に戻ったみたいで、とても可愛らしかった。


「マーガレット・ローヴァー公爵令嬢か……」



 その時、不意に彼は違和感を覚えた。

 視界に見覚えもないものが飛び込んで来たのだ。


「本……?」


 ベッドサイドにあるチェストの上に、一冊の本が置かれてあったのだ。

 それは、隣国の言葉で書かれたハーブについての書物だった。ところどころメモ用紙がはみ出ている。


 ドクンと一つ、胸が大きく打つ。

 彼は不思議と緊張感を覚えながら、おそるおそるそれを手に取った。


 その時、ページの間からはらりと一通の手紙が落ちた。


「これは……母上の筆跡?」


 慌てて封を開ける。そこには、母の字で『デニスは読まないように』と書かれていた。

 彼は狼狽しながら封筒にしまう。幼い自分がいたずらをした時に叱る母親の顔が頭に浮かんで、恐ろしくなったのだ。


 それにしても、なぜ自分の知らない母親の手紙がここにあるのだろうと首を傾げていると、


「っ……!」


 次の瞬間、彼の中に卒然とあの名が思い浮かんだ。


 愛しい人の、あの愛称が。



「マーガレット嬢…………マギーが来る!」







◆ ◆ ◆




最後まで読んでくださって有難うございました

厚く御礼申し上げます


2023/6/13 あまぞらりゅう



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【完結】婚約破棄された社交苦手令嬢は陽キャ辺境伯様に愛される〜鏡の中の公爵令嬢〜 あまぞらりゅう @tenkuru99

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