ひまわりと琴子

 その日、僕は琴子と隣町にあるひまわり畑に行くために駅で待ち合わせをしていた。


「今日も暑いなぁ…」


 僕は額から流れて来た汗を手で拭う。天気予報によると今日の気温は34度まで上がるらしい。琴子が熱中症にならないように気を付けてやらないとな。特に今日は長い時間屋外にいる事になると思うし、休憩をこまめに取ろう。


「たっけみっつ君♡ 来たよ」


 僕がそんな事を思っていると琴子が到着したようだ。今日の彼女の服装は僕と初めてデートした時に着用していた白のワンピース、それに加えて頭には日よけの麦わら帽子を被っていた。


 琴子はいつも綺麗だけど、この姿の彼女は僕の目には格別に美しく映る。例えるならまるで美の女神のようだ。


 夏×白のワンピース×麦わら帽子×美少女…この組み合わせは本当にエクセレントだと僕は思う。王道であるが故に隙が無く、見る者の心を感動で打ち震えさせるのだ。


 食べ物で例えるなら日本人にとっての白米×みそ汁×焼き鮭×漬物ぐらい王道の組み合わせだと思う。この組み合わせを見て魅力を感じない日本人はいないだろう。それくらい魅力的なのだ。


 あぁ、僕にもし絵心があったなら、彼女のこの姿を絵画の中に永遠に残しておけるのに…僕に絵心が無いのが悔やまれる。スマホカメラの写真でいいじゃんと思うかもしれないが、写真では個人的に趣が無い。


「どうしたの武光君?」


「いや、なんでもないよ。服、凄く似合ってる。それじゃあ行こうか?」


「うん!」


 僕と彼女は腕を組むと駅のホームに入って行った。



○○〇



 地図アプリによると、ひまわり畑は隣町の駅から10分ほどの所にあるようだった。僕は熱中症にならないように、駅のホームに置いてあった自販機で僕と琴子2人分のスポーツ飲料水を購入する。


「また口移しで飲む?」


 琴子はいたずらっぽくクスクスと笑いながらそんな事を言ってくる。僕の頭にあのトイレでの出来事が再生されて「カァ」と顔が熱くなったが、流石に今日は人前なので断った。


 そして駅を出る前に鞄にしまってあった折り畳み式の日傘を彼女に渡した。


「日傘?」


「うん、琴子が熱中症にならないように」


「ありがとう! やっぱり武光君って優しいね。でも私だけが日傘の中に入ってたら武光君が暑いし、一緒に入ろ?」


 彼女はそう言って日傘を広げると僕もその中に入れてくれた。傘が少し小さいので肩の部分は傘から出てしまっているが、本来琴子さえ日から守れればいいと思って持って来たものなので仕方がない。


 …何気に彼女とは初・相合傘になるのかな。今年は雨が降った日が少なかったので、中々傘をさす機会がなかったのだ。雨の日に相合傘をするのではなく、晴れの日に相合傘をするとはなんとも不思議な気分である。


 彼女と相合傘をしながら田舎道を10分ほど歩くと目的のひまわり畑が見えて来た。入場料はなんと無料らしい。学生のお財布に優しくてありがたい事だ。


「うわぁ~…すご~い!」


「ホントだね」


 ひまわり畑に入った僕たちの目に写ったのは辺り一面に咲き誇る大輪のひまわりたちだった。…そりゃひまわり畑に来ているんだから、ひまわりがあるのは当たり前の話なんだけど、いざ目にするとその光景に圧倒される。貰ったパンフレットによると約20万本あるらしい。


 ここまで見事なひまわりを僕は見た事がなかった。子供の頃に小学校の夏休みの自由研究で、ひまわりの観察日記を付けたことがあるが、ここまで立派には育たなかった。みんな太陽の方角を向いて凛々しく咲き揃っている。


 僕と彼女は畑と畑の間にある道をひまわりを見ながらゆっくりと進んでいく。TVドラマとかだと男女がひまわり畑の中を走って追いかけっこをする…というのがあるが、ここではそれは当然NGである。畑の中に入るとひまわりが傷つくからだ。


 なので僕たちに許されているのはこの道からひまわりを眺めたり、写真を撮る事だけである。


 あたりを見ると昨日TVで紹介された影響からか、田舎町にも関わらず他の観光客の姿がちらほら見えた。夏休み中だからか家族連れの姿が多い。父親と母親とその娘が手を繋いで仲良く歩いている。なんとも微笑ましい光景だ。


 …僕も将来、琴子とああいう風になるのだろうか。結婚して…子供が出来て…。一緒におでかけして…。そういうのも悪くないなと思った。


「それにしても暑いね」


「そろそろ休憩にする?」


 20分ほど歩いたところで琴子がそう呟いた。そこでちょうど道の脇にTVで紹介されていたカフェのような店が見えたので僕は彼女に休憩を提案した。


「賛成! ソフトクリーム食べようよ!」


「よし、じゃあ休憩にしようか」



○○〇



 カフェに入った僕たちを迎えたのはエアコンの涼しい冷気だった。今までずっと外にいたのでひんやりとした風が身体の熱を奪って気持ち良い。


 僕たちは席に座るとTVで紹介されていたソフトクリームを注文した。琴子は普通のソフトクリーム、僕はひまわりの種のエキスを注入しているというひまわりソフトクリームだ。


 店員さんが持ってきたソフトクリームを僕は早速一口舐めてみる。


「うーん…」


 牛乳の味の他にかすかに香ばしい味がする。これがひまわりの種のエキスの味だろうか? 僕はひまわりを食した事が無いので、そこら辺はよく分からなかった。不味くは無いのだが…美味しいかと言われると…である。


 僕のそんな様子を見て琴子は笑っていた。


「どう? ひまわりソフトクリームの味は?」


「うん、正直よく分からないよ。ひまわりを食べたことが無いからね」


「私も食べてみたいなぁ…ひと口頂戴♡ あ~ん♡」


 僕は餌を待つ小鳥のように口の開けた琴子にソフトクリームを差し出した。思えば琴子との「あ~ん」も大分慣れたものだ。付き合い始めの頃は恥ずかしがっていた僕だったが、今では人に見られようが普通にするようになっていた。これも琴子に調教された結果だろうか。


「う~ん…確かに微妙な味だね」


 彼女も僕と同じ事を思ったのか渋い顔をしていた。


「お返しね♡ はい、武光君、あ~ん♡」


「あむっ」


 そして僕も彼女からの「あ~ん」に普通に答える。彼女から差し出されたソフトクリームを口に含むと、濃厚な牛乳の味が僕の口の中に広がった。普通のソフトクリームの方が美味しいな。


 しばらくの間カフェで休憩して涼んだ僕たちはひまわり畑に戻ろうとした。しかしそこで琴子がカフェの奥に併設されているお土産ショップを発見する。せっかくなので僕たちはそのお土産ショップを見てから行く事にした。


 ひまわり畑のお土産屋…という事でひまわりにちなんだお土産が多く陳列されている。


 お土産を見ていると琴子がトイレに行きたいと言いだしたので、僕たちは一旦離れた。彼女と離れると「またナンパされるのでは?」と少し不安だったが、店の中には僕たち以外は女性の店員さんしかいなかったので彼女がナンパされる事は無いだろうと判断した。


 トイレの前で彼女の帰りを待っていると、とある商品のポップが僕の目に入って来る。


 ふむふむ…これは…。琴子へのプレゼントにぴったりだな。僕は彼女がトイレに行っている間にそれをこっそりと購入した。



○○〇



「今日は楽しかったね♪」


「うん」


 時刻は夕方、ひまわり畑をのんびりと堪能した僕たちは電車に乗って僕たちの住む町に帰ってきていた。後は琴子を家に送り届けるだけである。こっそり買ったプレゼントは彼女は家に入る前に渡せばいいだろう。


「じゃ武光君、また明日。今日はありがとう!」


「あっ、琴子ちょっと待って」


 僕は家に入ろうとする琴子を呼び止める。そして鞄の中に隠しておいた先ほどお土産屋で密かに購入したプレゼントを彼女に差し出した。


「これ…僕からのプレゼント」


「ありがとう! 何かな? えっと…ひまわりの置物?」


 僕が琴子に買ったプレゼント…それはひまわりの造花の置物だった。造花を買ったのは現物の花だとすぐに枯れてしまうからだ。いつでも彼女の傍に置いてもらいたいから造花の置物を買ったのだ。


「琴子は…ひまわりの花言葉って何か知ってる?」


「ひまわりの花言葉?」


「I gaze at only you(僕はあなただけを見つめる)」


「ッ///////// もうっ!もうっ! こんな事されたら…ますます好きになっちゃうじゃない///// 一生…大事にするね♡」


 琴子は僕がプレゼントしたそれを愛おしそうに抱きしめた。良かった。僕の渡したプレゼントは彼女に気に入って貰えたようだ。


 …ちょっとキザなプレゼントだったかな。でも僕の彼女への気持ちはひまわりの花言葉と一緒だから問題ないよね?



○○〇


正直、花言葉のくだりがやりたかっただけです。

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