琴子VS柏木

 夏休みまで後数日と迫ったある日の事、僕と琴子はその日の授業が終わったので一緒に帰ろうと廊下を歩いていた。その時…。


「ねぇ、ちょっと顔貸しなさいよ」


 僕たちの目の前に突然柏木が現れた。僕はいきなり現れた彼女に警戒し、琴子を後ろに下がらせて彼女を守るように前に出る。


 最近は大人しくしていると思っていたのに、今度は一体何をしてくる気なのだろうか? 琴子も柏木の登場に顔をしかめる。


 僕は周りを見渡す。この前の写真事件の時みたいにどこかに横浜の仲間たちが隠れていて、僕たちに襲い掛かってくるかもしれない。


 ここは校舎の2階で、左側は窓だからこちら側から襲い掛かられる心配はない。問題は右側だ。右側には今は使われていない空き教室があり、誰かが隠れるにはもってこいである。僕は右側を重点的に警戒した。


「そんなに心配しなくても私1人よ。今日はね、あんたたちに最後通告に来たの」


 彼女は自分1人しかいないと言っているが、クズの言う事をそのまま信用する人はいないだろう。その発言が嘘である事も十分考えられる。それに最後通告しにきたとはどういう事だろうか?


「ここじゃなんだし、この空き教室で話しましょ?」


「嫌だね。僕たちはお前と話す事は何もない」


 柏木はそう言って空き教室のドアをガラガラと空けるが…僕は警戒して彼女には従わなかった。彼女はため息を吐いて僕たちの方を見る。


「あっそ、まぁいいわ。他の生徒に聞かれるかもしれないからわざわざ人のいない空き教室をチョイスしてあげたのに。あんたたちが廊下でいいというのならここで話すわ」


「だから僕たちはお前と話す事など何もないと言っているじゃないか。こんな奴放っておいて帰ろう琴子!」


 僕は琴子の手を引っ張って彼女を無視して帰ろうとした。


「いいの? これは私の慈悲よ。秀君はあんたたちに酷くご立腹なの。一応あんたは幼馴染だし、このままだとかわいそうな事になると思うからお情けをかけてあげようと思ったのに」


 僕は彼女の言葉にピタリと立ち止まる。またあいつは何か余計な事を考えているのか。しかしこれは柏木から情報を聞き出せるチャンスかもしれない。あいつが何をしてくるのか分かれば、事前に対策を立てられるはずだ。僕は彼女に向き直った。


「…話してみろよ」


「その前に…あんたたち、別れる気はない?」


「はぁ?」


「秀君は…癪だけどそこの陰キャ女をご所望よ。あんたたちが別れて、陰キャ女が秀君の物になるのなら…あんたたちへの報復を止めるかもしれないわ」


 意味が分からない。あいつはあれだけの事をしておいてまだ琴子と付き合えるとでも思っているのだろうか? それに柏木の考えもだ。何故自分の彼氏が他に女を作るという行為に協力するのだろうか?


「そんなのは当然却下だ! あのさぁ柏木、お前自分が何をしているのか分かっているのか? 仮に横浜に新しい彼女が出来た場合、お前は無惨に捨てられるだけだぞ?」


「あんたこそ何を言ってるの? そんな事はありえないわ! 秀君の1番は私なの! 他の誰でもないこの私! 彼は言ってくれたわ『早苗が今まで付き合った女の子の中で1番だよ』って。仮にそこの陰キャ女が秀君の遊び相手になっても私が彼の1番だから問題無いの。彼はモテるもの。多少のお遊びには目をつむってあげるのが恋人の度量ってもんでしょ?」


 ああ、そうか。今まで柏木が何故横浜に協力するのか疑問だったが、彼女はもう完全に横浜に洗脳されているんだ。


 女の子はイケメンに「数多の人の中で1番特別」に扱われるというシチュエーションに弱いと聞く。横浜の普段の言動は横暴そのものであり、その横暴な横浜が自分にだけは優しい。そこに彼女は特別な物を感じてキュンと来たのだ。


 おそらく彼女を落とす際の口説き文句として「他の女よりも柏木が1番良い」と散々言ったのであろう。そのゲスな本性を甘いマスクで隠して。


 そして柏木は見事にそれに騙され、自分が彼の中の1番であると妄信しているのだ。それは彼が彼女を落とすために言った嘘だと知らずに。まるでホストに洗脳されて必死に貢ぐキャバ嬢のように、彼女は横浜に尽くしているのだろう。


 しかしその先に待っているのは破滅。彼の興味の対象が別の女に移った瞬間に彼女は彼の庇護対象から外れるのだ。彼女と付き合っていた時に横浜が周りに行っていた横暴な態度が自分に返って来るとは思いもしないのだろう。


 柏木…まさかお前がここまで馬鹿な人間だとは思わなかった。もう彼女には何を言っても無駄だろう。


「あんたが反対なのは分かったわ。でもそこの陰キャ女は? 秀君ってイケメンだし、お金も持ってるし、そこのチー牛野郎よりはよっぽど良い人だと思うけど?」


 柏木はそう言って自分のポケットから高級そうな財布を取り出す。


「見てこれ! 秀君に買ってもらったの。ブランド物の財布。どう? 秀君の物になればこういうのも買って貰えるかもしれないわよ? あんたが首につけてるその安物のチョーカーなんて目じゃないぐらいの高い奴!」


「それ以上喋らないで頂けますかドブネズミ? 空気が汚れるので」


 琴子は凄まじい怒りのプレッシャーと共に彼女を睨みつけた。間違いなく彼女はブチ切れている。柏木は琴子にビビりながらも言葉を返した。


「な、なによ。あんたとそのチー牛が別れさえすれば、あんたたちは秀君に報復されずに済むし、あんたはブランド物のバッグとかも買って貰えるのよ? いい話だと思うけど?」


「あんなのと付き合うぐらいなら死んだ方がマシです」


「逆に聞きたいんだけど、あんたそのチー牛のどこがいいの? 顔だって別に良くないし、特にこれと言った長所もない陰キャ…。付き合ってて恥ずかしくない?」


「あなたは人を外見でしか判断できないのですか? ああ、だからあんな性悪ゴキブリに引っかかるんですね。私は武光君の中身が好きなんです。優しくて、強くて、誠実なその人柄が…」


 琴子は愛おしそうな目で僕を見て来る。そこまで言われると少し恥ずかしい。


「秀君だって優しくて誠実よ。それに強いし」


「あのゴキブリは下心があってあなたに優しいフリをしているだけでしょ? それは本当に優しい人間とは言いません。本当に優しい人間は相手の事を思いやれる行動の出来る人間です。武光君は私がどれだけ誘っても私の事を思って断りました。これこそ真に優しい人間の行動です」


 琴子は一呼吸おいて話を続ける。


「あと、複数の人間と付き合おうとしている人間のどこが誠実な人間なんですか? 武光君は他の女の子に誘われても私の事を思って断りましたよ。これこそ真に誠実な人間です。それにあのゴキブリは強いというよりは粗暴なだけでしょ?」


「…どうやら交渉は決裂の様ね」


 柏木はそう言うと後ろを向いてここから去ろうとした。その去り際にチラリとこちらを向いて言い放つ。


「ま、明日を楽しみにしてるといいわ。じゃあね。一応忠告はしたわよ」


 明日? 横浜は明日何か仕掛けてくる気なのか? だとしたら明日は常に警戒しておかないとな。


「おえっ…」


 僕たちから去ろうとした柏木が突然口を押えてうずくまった。


 なんだ、気分でも悪いのか?


「あれはもしかして…つわり?」


 僕の隣にいた琴子が柏木の様子を見てそんな事を言った。「つわり」って妊娠している女の人に見られる吐き気の事か? …という事は柏木は横浜の子を妊娠してるのか? おいおい、マジかよ…。


「ふふっ。そうよ。私は超絶イケメンでクラスのトップカーストの秀君の子を孕んでいるの。だから私が捨てられる事は無いのよ!」


 柏木…どこまで愚かなんだ。あんな奴が素直に自分が孕ませた子供を育てるわけがないだろうに。最悪の場合、認知もせずに養育費も払わない可能性だってあるんだぞ。そしてお前は捨てられるだけだ。

 

 僕たちは去っていく柏木を哀みの目で見送った。



○○〇


すいません、ここからざまぁが続くので少し長くなります。


※少し柏木について補足、彼女は容姿に関してはクラスの真ん中ぐらいの女の子で、横浜に口説かれるまでは武光の事が気になっていました。

しかし、クラスのトップカーストでイケメンである横浜に口説かれた事(横浜自身はは柏木が武光の事を好きだと知ってゲーム感覚で寝取った)で一変、自分がイケメンでトップカーストの人間に熱烈に口説かれている→自分はイケてる側の人間で横浜と一緒の上位の人間なんだと勘違い。それ以降、武光君の事を冴えないカースト下位の人間だと見下すようになります。


彼の子を妊娠したのは彼に女性の影が多かったから。横浜は彼女と付き合っている時から他の女とよく浮気していました。彼はモテるので多少のお遊びは仕方ないと黙認しつつも、心の底では自分が捨てられるのではないかと不安に思っていました。


そこで彼女が思いついたのが、彼の子供を妊娠すれば彼は他の女ではなく自分を選ぶだろうという考え。高校生の妊娠というのは褒められたものではないとわかってはいますが、彼女はそれよりも彼の1番でありたいという気持ちが勝ってしまった。


これにより柏木は自分は絶対に捨てられることは無いだろうと思い込んでいる訳ですね。


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