勾玉の力と僕の決断

 柏木が母親に運ばれていくのを見届けた僕と琴子は学校に登校した。自分たちのクラスに入って席に着くと、康太が後ろを向いて話しかけて来た。


「おはよう武光! なぁお前横浜の話聞いたか?」


「横浜の…? 何かあったの?」


 とりあえず昨日の時点では彼は柏木と同じく自宅謹慎処分になったという事ぐらいしか知らない。彼の本処分は今日か明日に行われる職員会議で決定されると思われる。多分退学になるとは思うけど。


「あいつ、今朝刺されたらしいぜ? それで今病院で緊急手術中だとよ」


「えっ? どういう事?」


 横浜が刺された? まぁ彼は人から恨みを買いすぎて、いつ刺されてもおかしくない状況だったけど。誰が刺したのだろうか?


 僕は康太から事の詳細を聞いた。


 彼の話によると、どうも横浜を刺したのは彼が捨てた女の子の内の1人らしい。その女の子も横浜の子を妊娠していたらしく、今回の事件の話を聞いて怒りが爆発し、凶行に及んだらしい。包丁で彼の腹部と股間部分を数回刺したそうだ。


 もっと言うと、今回の事件で横浜の蛮行は全校生徒どころか生徒の保護者も知る所になったようで、横浜が無惨に捨てた女の子やイジメの被害者の保護者が彼の家に怒鳴り込む事態にもなっているんだとか。暴行の件で警察に被害届を出そうとしている人もいるという。


 これは横浜の家族も大変だろうな。下手すると横浜の家族も無茶苦茶になるんじゃないか?


 …しかし昨日の今日で横浜の蛮行の詳細が出回るとか、かなり情報の回りが早いな。ひょっとして誰かが意図的に情報をバラまいたとか?


「ざまぁねぇな。今まで散々好き勝手やってきた罰が下ったんだよ」


 康太が清々したという表情で横浜を罵倒する。彼も今までイヤと言うほど横浜に暴言を吐かれていたから鬱憤が溜まっているのだろう。康太はそのまま話を続けた。


「これも全て『横浜被害者の会』をまとめあげ、証拠も集めてくれた瀬名さんのおかげだな。瀬名さんがいなかったらあいつの悪事が世にでなかったかもしれねぇ。ありがとう瀬名さん!」


 康太は琴子の方を向いて感謝を述べる。確かに今回の件の1番の功労者というと「横浜被害者の会」をまとめあげ、更に証拠集めもしていた琴子になるのかな。


「私はただ、武光君の周りに這いまわる害虫を処分したかっただけだよ♪」


 琴子はサラッと笑顔でそんな事を言い放った。もしかしてだけど…横浜の蛮行を全校生徒に拡散したのって琴子なんじゃ…? 僕の頭にそんな予感がよぎる。


「どうしたの武光君♡」


 彼女は僕にとびっきりの笑顔を向けて来た。僕は怖くてその事については彼女に聞けなかった。やはり彼女は怒らせない方が良さそうだ。


 でもそんな彼女のおかげで僕たちは心置きなく夏休みライフを送る事ができるのだ。あと2日で夏休み、楽しみだなぁ…。



○○〇



 学校も終わって帰り道、琴子を家まで送り届けた僕は自分の家へと帰宅する。


 その途中、夏の景色を楽しみながら帰宅していると、例の勾玉を貰ったあの神社が僕の目に入って来た。


 思えばこの1カ月、色々な事があった。でも僕がこの苦難を乗り越え、琴子という素晴らしい女性を彼女にする事が出来たのはこの神社の…もとい、自称神様から貰った勾玉のおかげだ。


 僕はその感謝の意味を込めてまたお賽銭でも入れようかと思い、神社の前で立ち止まる。


 そしてふと首にかけてある勾玉を取り出した。取り出した勾玉は以前に見た時よりもくすんでいる…というよりも完全に輝きを失っているように見える。どうした事だろうか? 


 僕はその勾玉を見て不安になった。この勾玉の効力が切れるとどうなるのだろうか? 


 もしかすると…琴子に嫌われる? 


 あり得る話だ。冷静になって考えてみれば、彼女はこの勾玉の不思議な力のおかげで僕の事を好きになったのかもしれない。でなければ、平凡な僕にあんな美少女の彼女が出来るはずがないのだ。


 僕はそこまで考えて「ハッ」とした。


 逆に考えれば、琴子はこの勾玉の力のせいで僕の事を好きにさせられているのかもしれない。勾玉の力で彼女の感情を無理やり僕を好きになるように書き換えたともいえるのだ。


 人の感情を無理やり書き換える。それは…許される事ではない。


 軽い気持ちでとんでもない事をしてしまったという事実に動悸が走り、罪の意識が心を襲う。僕は立っていられなくなってその場に膝をついた。


 あぁ…僕はなんてクズ人間なんだ。彼女欲しさに神頼みをし、あまつさえ神様から貰った勾玉で1人の女の子の感情を無茶苦茶にしてしまったのだ。


 琴子は僕の事を誠実で優しい人間だから好きだと言ってくれたが…今思うと僕は誠実でも優しくともなんでもない、ただクズ人間だ。


 不思議な宝具の力で女の子の感情を書き換え、自分の事を好きにさせる人間のどこが誠実で優しい人間なのだろうか。


 横浜の事を笑えない。むしろある意味彼より酷いのではないか。彼は一応自分の魅力で女の子を惚れさせたが、僕は自分の魅力ではなくズルをして女の子を無理やり惚れさせたのだ。


 ごめん琴子…。ごめんよ…。


 僕の心は彼女への謝罪の気持ちで一杯だった。自分の愚かさに涙が溢れて来る。


 そして僕は決断した。もうこんな事はやめようと。琴子を勾玉の力から解放し、本来あるべき形に戻すのだ。


 彼女の事はもちろん好きだ。だが好きだからこそ…彼女をこのままにはしておけない。その結果彼女が僕ではない誰かを好きになったとしても…僕はそれを応援しよう。彼女が幸せならそれが1番いい。


 僕は相変わらずボウボウに生えている草をかき分け、神社の境内に入って行く。なんとか神社の本殿までやってくると、そこに勾玉を置いて神様にそれをお返しした。


「神様! 僕はとんでもない間違いを犯しました。自分の魅力ではなく、道具の力で女の子を惚れさせようとした愚かな人間です。女の子は自分の魅力で惚れさせないとダメですよね。なのでこの勾玉はお返しします。僕はこれから…彼女に罪を償います」


 勾玉の力から解放された琴子が僕の事を許してくれるかは分からない。もしかすると彼女の怒りによって僕は学校を退学になるかもしれない。でも、それでも僕はこれまでの罪を彼女に償わずにはいられなかった。


 僕は勾玉を神社に返還すると走って家まで帰り、そのままベットに潜った。


 頭の中で琴子との今までの思い出が蘇る。屋上での告白、一緒にお弁当を食べた時の事、初めてのデート、試験勉強。色々あったけど楽しかった。でもそれは本来僕が体験するべきではなかった事なのだ。


 琴子、さようなら…。僕はベットの中で泣いた。そして泣き疲れていつの間にか眠ってしまっていた。



○○〇



~side???~


 武光が勾玉を置いて走り去った後、神社の本殿からのそりと這い出る男がいた。その男こそ、武光が勾玉を受け取った髭もじゃの男であった。髭もじゃの男は彼が置いて行った勾玉をつかむとボソリと呟く。


「少年よ、お主は勘違いしておるな。この勾玉の効力はそのような物ではないぞい。仕方ない、少しサポートしてやるかの」


 髭もじゃの男は勾玉を自らの懐に収めると、神社の本殿を出て夜の街に消えていった。



○○〇



~side武光~


「おはようお母さん…」


「あんた酷い顔ねぇ。どうしたの?」


「何でもないよ…」


 僕は次の日朝の7時に目が覚めた。いつもならまだ眠っている時間ではあるが、それ以上眠れる気がしなかったので起きる事にした。制服に着替えて下の階に降りる。とても学校に行く気分ではなかったが、彼女に謝らなくてはいけない。


 僕は母親の用意してくれた朝食をモソモソと食べた。その最中も僕はずっと琴子の事を考えていた。


 琴子にどう罪を償おうか。僕の頭の中にはその話題ばかりがループしていた。とりあえず彼女に会ったらまず土下座だ。それから…彼女が許してくれるまで罪を償おう。


 僕が朝食を食べ終えたその時「ピンポーン」とインターホンが鳴った。お母さんはもう仕事に行っていなかったので僕が玄関のドアを開ける。


 そこには琴子が立っていた。



○○〇


なんか不穏な空気になっていますがハッピーエンドなのでご安心を。途中にも書いていますが、勾玉の効力は武光君が考えているようなものではありません。


本日は最終話を午後8時に投稿予定です。


今後の展開が気になるという方は☆での評価やフォローお願いします。

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