哀れな柏木

 次の日、僕と琴子は晴れ晴れとした気持ちで学校に登校した。昨日までとは打って変わって気分が凄く軽い。


 あの後…僕たちは教師に生活指導室まで連行され事情を聴かれた。そしてその際に大垣さんが横浜の暴行動画を、琴子がいくつかの不良行為の動画を教師に提出した。


 横浜本人はそれを必死に否定していたが「横浜被害者の会」の皆さんがその動画を「真実です。俺たちは見ました!」と証言し、横浜が僕を殴った際についた顔の傷も残っていたため、僕たちの主張が通った。


 その結果、横浜と柏木は現在自宅謹慎処分を言い渡されている。おそらく今後の教職員会議で彼ら2人の処遇が話し合われるのだろう。おそらく退学は免れないと思うけど。


 あぁ…やっとうっとおしい奴らから解放される。横浜とのいざこざはたった3週間程の間の事だったが、僕にはもっと長い時間彼と対峙していたように感じられた。しかしそれももう終わりだ。


 それにあと2日で夏休みである。今日を含めてあと2回学校に行けば、1カ月以上の長い休みになるのだ。それは僕の気分を更に高揚させた。


 夏休みの間何をしようか? 僕と琴子は夏休みの予定を話し合いながら登校していた。


 だがそんなウキウキの僕たちの前にぬるりと黒い影が現れる。


「武光…」


 僕と琴子は化け物でも現れたのかと思って「ギョッ」とした。しかしよく見るとそれは薄汚れた姿をした柏木だった。彼女はうつろな目をしながらボソボソと僕に話しかける。


「武光…私、赤ちゃんが出来たの…」


「柏木、お前確か自宅謹慎を言い渡されていたよな? なんでここにいるんだよ?」


「赤ちゃんが…」


 僕と琴子は彼女の異常な様子に顔を見合わせる。どうも言葉が通じている気がしない。もしかすると彼女は自分が妄信していた横浜に裏切られたショックで精神が壊れてしまったのかもしれない。


 僕と琴子はそんな彼女を無視して学校に向かおうとした。だが学校に向かおうとする僕に彼女は絡み付いてきた。


「武光…あなたの赤ちゃんよ」


「はぁ?」


 僕は彼女の言葉に困惑する。何を言っているんだこいつは? 柏木のお腹の中にいるのは横浜の子供だろうに。僕と柏木は性行為などやっていない。性行為をしていないのに赤ちゃんが出来るってイエス・キリストかよ。


 僕は絡み付いてきた彼女を振り払った。


「お前のお腹の中に居るのは横浜の子供だろ?」


「よこ…はま…? 誰…それ? 私が好きなのは…あなたよ」


 ダメだこりゃ。完全に精神がぶっ壊れてしまっている。これはどうすればいいのだろうか? 流石に精神が壊れてしまった人間の対処法など僕は知らない。


 僕が悩んでいると、先ほどからたわごとばかり言っている柏木に琴子が切れた。


「いい加減にしてくださいドブネズミ。あなたが武光君の子供を妊娠しているはずがないでしょう?」


「あなた…誰?」


「私は武光君の『』の瀬名琴子です。よってあなたが武光君の子供を産む事はありえません! もう私が予約済みです!」


 琴子は彼女の部分を強調してそう言った。琴子、道の真ん中でそういう事を言うのは恥ずかしいのでやめて欲しい。


「私は…武光の事が好きよ…?」


「武光君の事をフったのは他ならぬあなたでしょ? それにあなたは散々武光君の事を馬鹿にしてたじゃないですか?」


「あぁ…ああ…わた…しは…ごめん、武光…」


「今さら後悔してももう遅いです。武光君のような誠実で優しい人間を選ばずに、見てくればかりよくて自己中心的で横暴な人間をあなたは選んだ。その結果、遊ばれて無惨に捨てられた。あのゴキブリはクズだからどうせ責任も取らないし、養育費も払わないでしょうね。でもそのおかげで私は武光君と結ばれました。『ありがとうございます』と言った方が良いんですかね」


「あぁ…あああああああああああああ!!!!!!」


 琴子の言葉に柏木は両手で頭を押さえて叫び出した。


「琴子、気持ちは分かるけど抑えて。今の柏木を刺激すると何をしでかすか分からないよ」


 この世で1番怖いのは何をするか分からない人間である。今の柏木は正気を失っている。常人が思いつかないような奇行をして、僕たちに危害を加えてもおかしくはない。


 柏木はひとしきり叫び終わると、その場にうずくまって震えだした。


 この状態の柏木を放置しておくのは良くないと思った僕はお母さんに電話して柏木の家の電話番号を聞いた。一応幼馴染だし、ついこの間までは仲が良かったので彼女の家の電話番号はお母さんが知っていた。


 僕は彼女の家に電話した。すると彼女の母親が電話に出た。僕は柏木の母親に彼女の今の状態と居場所を伝える。柏木の母親は「すぐに迎えに行く。迷惑をかけてごめんなさい」と謝って来た。


「優しいのは武光君の長所だけど、ドブネズミにそこまでしてあげる必要はないんじゃない?」


「いや、柏木をこのままにしておいたら他の通行人の迷惑になるでしょ? それに発狂して何をしでかすか分からないし。ここは彼女の母親に預けるのが1番いいと思う」


 数分程待つと彼女の母親が車に乗ってやって来た。柏木は母親に抱えられて車に乗り、自宅へと帰っていった。


 同情はしない。彼女は自分でその破滅の道を選んだのだ。


 彼女が無事回収されたのを見届けた僕たちは改めて学校に向かう。ふぅ…ヒヤヒヤした。


「あっ、武光君。さっきドブネズミに触られたところ消毒してね」


 琴子はそう言って携帯用のアルコールティッシュを僕に渡してくる。彼女は相変わらずだな。人前で「マーキングしなきゃ」とか言い出さなくて良かった。


「後でマーキングもし直すからよろしくね♡」


 まぁ…人前でやらないだけマシかな?



○○〇


※少し補足。琴子は柏木にも追加で制裁を考えていたのですが、彼女の精神が完全にぶっ壊れているためこの程度に抑えています。横浜については次回。


※11/30 内容を少し修正しました。


今後の展開が気になるという方は☆での評価やフォローお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る