【最終話】僕たちのこれから!

 玄関を開けるとそこには琴子が立っていた。


 どうして琴子が僕の家に…? 勾玉はもう神社に返したからその効力は切れているはずでは? もしかすると…効力が切れたからこそ僕に復讐しに来たのかもしれない。なら僕のする事は1つだけだ。


「ごめん、こと…瀬名さん!」


 僕は彼女に向かって土下座した。その際にもう彼女でない人間を下の名前で呼ぶのも変なので呼び名を名字に戻す。


「僕は今まで君を騙していました。本当にごめんなさい!」


 出会い頭に土下座したので、彼女が今どのような表情をしているのかは分からない。しかし彼女から感じるプレッシャーは…何度も経験したあの漏れそうになるくらい怖い怒りの圧力が、彼女から徐々に溢れてきているのは理解できた。


 ああ、やはり彼女は怒っている。当然だ。勾玉の不思議な力を使って無理やり僕を好きにさせたのだから。


「…どういう事?」


 彼女の低い声が響く。


「僕はずっと勾玉の力を使ってズルをしていたんだ。僕は誠実でも優しくとも何ともないクズ人間だ。だから…君に好きになって貰う資格はない。今まで本当にごめんなさい!」


 必死に頭の中で思いついた謝罪の言葉を彼女に向かって投げかけていく。許してくれるかどうかは分からない。でも今は必死に謝るしかない。


「つまり武光君は…私と別れたいって事?」


 …うん? なんか僕と彼女で話が嚙み合ってないような気がする。彼女は僕に騙されていたから怒っているんじゃないのか?


「うわっ!」


 次の瞬間、僕は首根っこを物凄い力で引っ張られた。そして彼女に無理やり立ち上がらせられる。僕はその時初めて彼女の顔を見た。悲しそうな顔で…目からは涙を流していて…その瞳には光が無かった。


「どうしてどうしてどうしてどうしてどうして? 私たちはあんなに愛し合っていたじゃない? どうして今さら別れるなんて言うの? 私は貴方の事を凄く、スッゴク愛しているのに…。もしかして私の事が気に入らなかった? どこが気に入らないの? 気に入らない所は直すから言って。私はもっとあなたに尽くすから。ご飯も私が3食、それに3時のおやつだって作るし、洗濯は毎日アイロンがけまでちゃんとやるし、掃除も家がピカピカになるまでやるよ。なんなら将来働かなくてもいいよ。私が働いて稼いでくるから。それにうちの家はお金持ちだから財産はあるの。だからあなたは家でゴロゴロしてればいい。それに性欲の処理だってあなたの望むようにやるし、赤ちゃんだって私が責任をもって立派に育てる。疲れたらマッサージしてあげるし、癒して欲しいなら膝枕もいつでもやるよ。あなたの望む事をしてあげるから…だから捨てるだなんて言わないで!」


 彼女は泣きながら呪詛の様な言葉を吐いて僕に抱き着いてきた。


 これは…どういう事なんだろう? 勾玉を神社に返したから効力が切れたんじゃないのか? 彼女はまだ僕の事が好きなように思える。


 彼女は一旦僕から離れて、うつろな瞳のままゆらゆらと揺れる。


「それとも…私があなたを完全に虜にしちゃった方がいいかな? そうだよね! そうすればあなたが私から離れていくことは無い。最初っからこうすればよかった。あなたの意思を無視してやる事に躊躇していたけど、完全にあなたを落としちゃえば…私無しでは生きられなくさせれば、全ての問題が解決するよね?」


 彼女はそう言ってまた僕に抱き着き、顔を近づけていつものディープキスをかましてきた。いや、これはいつものディープキスじゃない。彼女が本気になった時、僕を完全に落とすための激しい奴だ。


「ごめんね武光君。もう私、手加減しないから♡ だから…落ちて?」


 僕の頭は混乱していた。彼女はまだ僕の事が好き? あの勾玉の力は琴子の感情を無理やり書き換える物ではないのか? 


 でも今思うと勾玉の輝きが無くなって効力が弱くなったのなら、その時から彼女の感情を書き換える力が弱くなっていくはずである。しかし、勾玉の輝きがくすんでも彼女の愛情は変わらないどころかむしろ強くなっていった。


 ではあの勾玉の効力は彼女の感情を書き換える物ではない? 彼女の感情を無理やり書き換えたのではないなら、彼女は純粋に僕の事が好きって事? 彼女に落とされそうになる頭で必死に考察する。


 僕は残された力を振り絞って彼女を無理やり引きはがすと、それを確かめるべく質問した。


「瀬名さんは…僕の事が好き?」


「大好き! 愛してる! あなた以外には考えられない! だってもう私の中の遺伝子があなたを求めているのが分かるから…」


 彼女は自分のお腹の辺りを撫でまわしながらそう言った。僕は質問を続ける。


「頭の中に変なモヤがかかってたり、頭の中の誰かが無理やり指示して僕の事を好きにさせたりとかはしてない?」


「そんな事は絶対にないよ。私の頭はハッキリクッキリしてる。誰かに指示されたりもあり得ない。私は自分の意思であなたを好きになったの!」


「琴子はどうして僕が好きなの?」


「キッカケは2人組の不良に絡まれていた時にあなたに助けられた事だった。胸がドキドキして、あなたの事が気になって仕方がなかった。そして実際に付き合ってあなたの誠実な所や優しい所にドンドン惹かれていったの。この人なら…私を幸せにしてくれるって。それなのに…」


 そこまで聞いた僕は彼女に再び土下座をした。おそらく彼女は本気で僕の事が好きなんだ。


「琴子ゴメン、全部僕の勘違いだったよ」


 それを聞いた琴子はキョトンとした顔をしていたが、やがて不満げな顔をして説明を求めて来た。


「武光君、説明!」


 僕は急いで立ち上がると彼女に今までの事情を説明した。


「つまり…武光君はその勾玉の力で私の感情を無理やり書き換えたと思ってたって事?」


「その通りでございます」


「…武光君って意外と神心深いんだね。神様の力が宿った神具なんてこの世にあるワケないじゃない。それは多分不審者のおじさんがあなたをからかおうとしたんだよ」


 そう言われればそんな気もしてくる。神様なんてこの世にいない。あの勾玉はたまたま神社にいた不審者のおじさんが僕にお遊びでくれた物で、僕がずっとそれに騙されていただけなのではないかと。


 琴子の感情も勾玉を返還しても変わっていないみたいだし、実際にそれが正しいのかもしれない。


「でも武光君ってやっぱり誠実で優しいと思うよ。普通の人ならそんな事は相手に言わずにそのままにすると思う。私ならそうする」


「そうかな?」


「そうだよ。だって誠実だから相手に申し訳ないと思ったんでしょ? 優しいから相手に幸せになって欲しいと思って打ち明けたんでしょ? 普通の人にはできないよ。私はあなたのそんな所が好きになったの!」


 彼女はそう言って笑顔になりながら僕に抱き着いてきた。そこまで言われると照れくさい。


 僕は今まで誠実さや優しさなんて女の子にモテるには不要なものだと思っていた。だって実際にモテるのは横浜みたいな優しさも誠実さも欠片もないような人たちばかりだったから。


 誠実さや優しさなんて弱さの象徴、だから女の子はそんなものは評価しないという話も聞いた。


 でも今では誠実さや優しさが大事だと思える。ちゃんと見てくれる人は見てくれているのだ。だから僕はそんな人を幸せにしたい。


 僕は琴子に改めて向き直った。


「瀬名琴子さん、改めて…あなたの事が好きです。僕とお付き合いして頂けませんか?」


「もちろん! 今度手放そうとしたら承知しないから♪ とりあえず私を悲しませた罰としてキスとマーキング2時間ね♡ 今日は午前中で学校終わるし、時間はたっぷりとあるよ♪」


「えっ!? 琴子、できればお手柔らかに…」


 彼女を幸せにしよう。僕はそう決意した。


 僕たちは改めて自分たちの意思を確認し合うと腕を組んで学校へと向かった。


 …でも結局、あの勾玉は何だったんだろうな?



○○〇



~side???~


「ほっほっほ…。あの2人は上手くいった様じゃの」


 髭もじゃの男性は佐伯家近くの電柱の影に隠れながら2人の様子を見守っていた。


「少年よ。この勾玉の効力はの。あくまで美少女に好かれる『キッカケ』を作ってくれる神具にすぎん。だからあの女子おなごがお主を好きになった後はその効力を失ってくすんでいったのじゃよ」


 髭もじゃの男性は武光が神社に返還した勾玉を手に持ち、それを見つめながら言葉を続けた。


「お主はこの勾玉の力を勘違いしておったようじゃがの。この勾玉に人の感情を書き換えるような強い力は無いわい。…まぁぶっちゃけ儂の神力が弱いからこの程度の神具しか作れなかったわけじゃが…」


 この髭もじゃの男は名の有る神ではなかった。日本神話にも登場せず、この地方のごく少数の人間に信仰されていたマイナーな神である。その上、古来よりこの神を信仰していた神主の一族も途絶えてしまったせいで、この神がおはす神社も手入れされずにボロボロだった。


 神としてまともな力を行使できる状態ではなかった。しかし、縁結びの神である彼は残りの力を振り絞って武光に勾玉をプレゼントしたのである。


「最初渡す時にも言ったじゃろ? 『期待を裏切る事になれば刺されるぞ』と。つまり好きになる『キッカケ』を作ってくれるだけで、その後どうなるかは本人の努力次第という事なのじゃ。安心せい。お主は自分の魅力であの女子おなごを惚れさせたのじゃよ」


 神はその長い髭をひと撫ですると、武光からお賽銭として貰った500円を懐から取り出した。


「さて、神としての仕事もしたし。お主から貰ったこの500円でカップ酒でも買いに行こうかの。ほっほっほ!」


 神は2人が学校に行ったのを見届けるとその場を後にした。



『幼馴染にフラれた僕は神社に彼女を下さいと神頼みに行った そしたら神様からヤンデレ美少女に好かれるという特級呪物を授かった件』 ~完~



○○〇


はい、という事で2人の物語は一旦はここで終わりです。ここまで読んでいただいてありがとうございました。もしこの物語を読んで面白かったという方は☆での評価をお願います。


また「あふたーすとーりー」の方も計画していますので、詳細についてはそちらの方をご覧ください。


あとがきやキャラ説明などはまた後日あげます。

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