夏だから虫よけは大事

「あー…やっと終わったぁ~!」


 僕は教室の自分の机で伸びをした。テストの答案用紙が先生に回収されていく。長かったテスト週間もこれでようやく終わりだ。後はテストが赤点で無い事を祈るだけである。


 琴子と一緒に先週沢山勉強したし、大体の教科で60点以上は取れているとは思うけど。60点もあれば赤点は回避しているだろう。


 そして来週からはいよいよ楽しい夏休みの始まりだ。僕は隣の席に座っている琴子にテストの出来を尋ねてみた。僕が赤点を回避できても、彼女が赤点では意味がない。


「琴子、テストどうだった?」


「う~ん…まぁ赤点は無さそうかな?」


「よっし! じゃあこれで夏休みは琴子と一緒に過ごせるね」


「うん♡ 楽しみだね夏休み♪ どこに行く?」


「とりあえず海は確定かな?」


 夏といえば海、なので夏と言えば海なのである。…思わず興奮して某政治家のような構文を使ってしまったが、おそらく夏といえば…で大抵の人はまずは海を思い浮かべるのではないだろうか?


 恋人と一緒に行く海…僕もラブコメ漫画や小説は好きでよく読むが、憧れのシチュエーションの1つであった。琴子と海…楽しいだろうなぁ。2人で一緒に泳いだり、海の家で焼きそばやかき氷を食べたり、2人で砂浜でまったりしたり…。今からワクワクが止まらない。


「武光君と一緒に海に行くの楽しみだなぁ。どんな水着を着て行こうかな?」


 そうか、海に行くという事は当然だがお互いに水着になるという事だ。そして彼女のスタイルは服の上からでも分かるぐらいに良い。なので水着を着ると…それはそれは凄い事になるに違いない。まさに夏の女神サマー・ヴィーナスと言っても過言ではないだろう。


 …一応この前彼女には学生の間は節度あるお付き合いをしようと約束したばかりではあるが、これは気を引き締めておかないとまた彼女に落とされる寸前まで行くかもしれない。…気を付けよう。


 …あれ、でも待てよ? 彼女が水着を着るという事は…彼女の水着を海に来ている他の野郎共も見る事になるという事だよな?


 僕の心に少し黒い感情が芽生える。海にはナンパ目的で来ている性欲全開の猿みたいな男もいる。そんな奴らに愛しい琴子の水着姿を見せるのはなんか嫌だ。


 なんだかんだ琴子と付き合って僕も彼女に感化されたのか、彼女に対する独占欲という物が出てきているのかもしれない。


 …やっぱり海に行くのは止めておこうかな。


「武光君どうしたの? 難しい顔して?」


 琴子が僕の表情が曇ったのを察したのか理由を聞いてきた。彼女は相変わらず鋭い。僕の表情の変化によく気が付く。エスパーか何かな?


「それはいつもあなたの事を見ているからだよ♡ だからすぐわかるの」


 また考えを読まれた。うーん…いつもその人を見ているぐらいで分かるようになるものなのだろうか? 僕も琴子の事はよく見ているが、彼女の細かな表情の変化までは分からない。


「お前らなぁ! 人の後ろでイチャイチャしやがって!!!」


 そこで前の席に座っている康太がいきなり後ろを向いて、僕たちの会話に割り込んできた。


「イチャイチャするのは付き合ってるんだから別にいいんだけどよぉ。場所を選んでやってくれ! 独り身の人間はその手の話を聞くのは辛いんだ!」


 康太の言葉に僕たちの会話を聞いていたであろうクラスの彼女がいない男子生徒たちが「ウンウン」と頷く。


 あちゃあ~。今の僕と琴子の会話はどうやらクラスの連中に聞かれていたらしい。これは恥ずかしいなぁ。どうも他人に自分の恋愛の話を聞かれるのは苦手だ。


 僕は恥ずかしさで赤くなった顔を隠すべく机に突っ伏した。琴子は逆にイチャイチャを見せつけられて嬉しいのかニコニコしていたけど。



○○〇



 本日の学校はテストがもう終わったので、後は掃除をして終了である。掃除には係が決められており、箒係、机を運ぶ係、窓を拭く係、そしてゴミを捨てに行く係がいる。僕は箒の係だった。箒で床のゴミを集めてチリトリに入れ、ゴミ箱に捨てる。


 そしてゴミ袋を捨てに行く係は同じ班の女の子の担当だったのだが、たまたまその日はゴミが大量にあったらしく、ゴミ袋を抱えた女の子はよろけていた。見ていられなかった僕は彼女の代わりにゴミ捨てを申し出た。


 ゴミ袋を学校の裏にある焼却炉まで持って行き、係の人に渡して教室に戻る。だがもう少しで教室という所で先ほどのゴミ捨て係の女の子に捕まってしまった。まいったなぁ、僕は早く琴子と帰りたいのに。


「えっと…佐伯君、さっきはありがとうね」


「ん? ああ、あれくらいはどうってことないよ」


「さ、佐伯君ってなんか彼女が出来てから頼りがいがでてきたと言うか…カッコよくなったよね。それに優しいし!」


「そうかな?」


 一体何が言いたいんだこの娘は? 用件があるなら早く言えばいいのに。琴子を待たしてるんだけど…。


 それに確かこの子って以前は僕の事を影で「冴えない男」とか言って馬鹿にしてなかったっけ? それなのにこの手のひら返しはなんだろう?  


 もしかして…彼女がいる男は魅力的に映るとかそういう話だろうか? 今まで全くモテなかったのに、彼女が出来た途端にモテるようになったという話を聞いた事がある。「隣の芝は青く見える」という奴だ。


 先ほど彼女は僕の事を「優しい」と言ったが、重そうなものを持っている時に助けたりするのは以前から何度もやっている。それなのにその時は何も言わなかった癖にに、今さら「優しい」と褒めてくるのか。


 僕は表情には出さなかったが、その女の子の事を冷めた感情で見ていた。手の平返しをして今更僕を褒めても彼女への好感度はプラスにはならない。それに現在進行形で彼女がいる男に色目使うか普通? 僕は彼女に気持ち悪さすら感じていた。


「佐伯君ってreinやってる?」


「やってるけど…」


「こ、これ! 私のreinID。良かったら登録しといて!」


 彼女はそう言って僕にメモ用紙を渡すとダッシュで帰っていった。


 貰ったメモ用紙をとりあえずポケットに入れ、僕は教室に入り自分の席を目指す。やっと琴子と帰れる。


 自分の席に近づくと、琴子はもう帰りの支度を整えていた。そして教室に戻ってきた僕にニコニコしながら言葉を放つ。


「武光君、他の女の子とのおしゃべり…楽しかった?」


 あっ! これは…間違いなく琴子は怒っている。顔は笑顔だが、彼女から放たれているプレッシャーは半端ない。さて、どうやって説得しようか。


「琴子、落ち着いて」


「さっき…あの女からreinIDの書かれたメモ用紙を貰ってなかった?」


 琴子はハイライトの消えた目で僕を睨む。おそらく彼女は僕と先ほどの女の子の会話を全部聞いていたのだろう。僕は急いでポケットから先ほどのメモ用紙を取り出すと彼女の前でビリビリに破いた。


「これでいい? 僕は琴子以外の女の子に興味ないし、元々こうするつもりだったよ。流石に目の前でやるのはかわいそうだったからやらなかっただけさ」


 琴子の瞳に光が戻り、彼女から怒りのオーラが消えていく。そして「はぁ」とため息をついた。


「武光君ってかっこいいから絶対あの手の女が寄ってくると思ってた。これは…今まで以上に注意しないといけないな」


「僕があんな女になびくと思う? あの娘、今まで僕を影で罵倒していたくせに、僕に彼女が出来た途端に手のひら返ししてきたんだよ? そんな娘と付き合いたくなんてないよ。それに…僕には最高の彼女である琴子がいるからね。琴子と別れる気なんて無いよ」


「…武光君♡」


 彼女は僕に抱き着いてくる。おそらく嬉しい…という愛情表現もあるが、僕への虫よけの意味も含めているんだろう。それを見ていたクラスの連中が「ヒューヒュー!」と僕らを囃し立てた。


 ちょっと恥ずかしいけど、やはりこれくらいやらないとが寄ってきちゃうんだろうな。彼女が虫よけを必死にやっていた理由が今回の件で分かった気がした。


 虫よけは大事! 僕と琴子は腕を組んで教室を出た。


○○〇


すいません、かなり長くなっちゃいました。

武光君も琴子に影響を受け始めているのと、武光君も琴子一筋という話。


今後の展開が気になるという方は☆での評価やフォローお願いします。

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